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音楽遍歴

2014年6月16日 at 11:16 AM

ヒトや動物が外界を感知するための感覚機能は、代表的なものを古くから五感と分類しています。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚がそれですが、犬は人間の100万倍の嗅覚を持つとも言われ、生き物の中でもその能力に大きな差が認められています。犬の聴覚はこれも人間の16倍あると言われ、視覚は色の識別力は低いものの、動体視力は抜群です。一方、味覚は人間の1/6しか無いそうなので、あまりグルメの食事を与えても飼い主が想うほど、犬は有難味を感じていないのかもしれません。味覚を感じるのは味蕾という感覚器ですが、この味蕾の数は歳を取るごとに減少していき、成人の味蕾の数は乳幼児の半分だそうです。つまり乳幼児の方が味に敏感で、子供の頃の好き嫌いの多さは感度が良いということ。大人になって色々なものが食べられるようになるのは味覚の感度低下という側面もあるようです。

さて、標題と話がずれていってしまいましたが、今回は個人的な音楽遍歴を(勝手に)ご披露しようかと思い、筆を取りました。個人的に思うに昔よく聴いた音楽を耳にすると、すぐにその時代に想いを馳せることができて、タイムスリップ気分を味わえます。そういった意味ではこれも多分に個人的かもしれませんが、次に挙げることができるのは嗅覚ではないでしょうか。これも昔が蘇ってくるという点では多くの方からご賛同いただけるのではないかと思います。

小学生高学年の頃だったでしょうか。家にステレオがどど~んと現れ、その姿はレコード盤を置くボックスが真ん中に鎮座して、その上部にはイコライザーなんかを含む色々なツマミがついていました。そのボックスと同じ大きさの木目調スピーカーが両脇を固め、その荘厳さを確かなものにしていたという記憶があります。親父の買ってきた演歌・ムード歌謡系のアルトサックスや映画音楽全集みたいなものを聴きかじったのが音楽コレクションとしての最初です。兄貴の買った(であろう)ビートルズの「Let it be」があって、何度も聴きました。どう聴いても「エルピー、エルピー、エルピー、エルッピ~」としか聞こえなくて、頭のLの音は聞き取れなかったです。聞き取れるようになったのは英語を学んでからだいぶ経ってからのことです。

太田裕美、小椋佳、チューリップ、荒井由実、オフコースなど所謂ニューミュージック系のレコードなど兄妹が買ったと思われるものを、これもどうせ家にあるなら聴こうという感じで聴いていましたが、今でも選んで聴くことがあるのはユーミンや小田和正くらいでしょうか。それ以前にグループサウンズ時代があって、タイガースの「真珠の首飾り」なんかもシングル盤ですが、家にあってよく聴いていたのを思い出します。

中学生になって外国のポップスに興味が移り、「全米ポップス20」、確か、みのもんた(みのみのもんた、みのもんた!ってお囃子風に番組が始まっていました)がMCをやっていたと思いますが、毎週欠かさず聴いてノートにランキングを全部書いていました。何年か書き連ねていましたね。そのノートはどこかにいってしまいましたが、その頃は新曲ばかりを追っかけていました。1972年に1位に輝いたA Horse With No Name(America)なんかはその時代の代表曲でしょうか。

お金もそんなに自由にならない頃ですから、もっぱらエアチェック(ラジオ放送の曲を録音)をして好きな曲を何度も聴いていました。好みの曲の中からどんなレコードを買うかは大問題で、限られた原資を何に使うか、かなり真剣に考えてLP盤(アルバムで15曲くらい入っていてお得)を選んだことを思い出します。今やネットで1曲単位で買えるので、アルバム作品と呼ばれるものは出なくなりました。何か1曲1曲が使い捨てみたいな感じで、作者側もやりにくい時代でしょうね。おまけにデジタル化が進み、Copy Protectionといっても、多くの人がCD借りて録音したり、ネットでもかなり自由に楽曲を自分のメモリーにDLできてしまいます。Cloudの時代になり、自分の好きなものを手元に置く必要もだんだんなくなり、「俺、2000枚もレコードあるんだぜ~」みたいな自慢も今や高齢者限定の悦の領域に入ってきたような感があります。

高校に入ってプログレッシブロックが流行り、まずPink Floydには嵌りました。「狂気~The Dark Side of The Moon」は何度も何度も聴きました。途中で針を上げることなんて出来ない程の世界観を持ったアルバムに衝撃を受けました。そこからKing Crimsonに時代を遡ると同時に、ロジャー・ウォーターズ、デヴィッド・ギルモア、レコーディング・エンジニアのアラン・パーソンズなどへと興味が深化していきました。その後、EL&Pなどに興味が広がり、Genesisで私的頂点を迎えます。GenesisのAlbumはほぼ全部買い集めて聴きまくりました。若い時分の溢れるエネルギーのかなりの部分をこういったMusician達が吸い取ってくれたように感じます。フィル・コリンズは天才!ってその頃思っていました。Beatlesも遡って色々聴きました。ジョン・レノンやポール・マッカートニーも類稀なる才能の持ち主ですし、ポールは間違いなくヒットメーカーです。ヒット・メーカーではElton Johnも欠かせませんし、QueenのBohemian Rhapsodyは間違いなく衝撃を受けた1曲です。アカペラ・バラード・オペラ・ハードロックと続くこれまでにない構成、4オクターブのフレディ・マーキュリーの美声。無謀にもカラオケで何回かチャレンジしたことがありました。大学時代にはJazzやFusion系に傾倒しました。

社会人になってからはカラオケボックスの普及により、歌いやすい、そして流行りのヒット歌謡曲を追いかけていましたね。楽器のできない私としては「聴く」から「歌う」と能動的になっていった時代と言えます。喉も立派な楽器のひとつですしね。アメリカに赴任して都合11年半滞米していましたが、洋楽はあまり聞くことはなく、日本の歌が恋しくなって、出張返りに必ず3枚くらい成田空港でCDを買い求めました。日本から曲テープも送ってもらったりもしました。仕事以外で英語が聞きたくなかったのかもしれませんね。この頃は久保田利伸に嵌って、これもほとんどのCDを買い集めました。山下達郎もこの頃全盛でしたね(もちろん今でも竹内まりあと仲良く活躍していますが)。

昔テープに録り溜めた曲をアナログ~デジタル変換して、数年前に全てPCに取り込みました。その時に曲名や歌手がわからないものをTrackIDで曲名・アーティスト名検索を行うことができたので、随分曲整理に助かりました。でも邦楽の古いものはなかなか検索できず、まだ数十曲不明のままです。今はPCに4000曲近く入っていますが、ずっと流しっぱなしにしても12日以上掛かる量になっていて、これから死ぬまで一回も聴かないであろう曲が結構あるように思います(ごめん!)。

<あまりMajorでないお気に入りの宣伝:Bobby Caldwell、Conrad Iveteky、Gipsy Kings、Gino Vannelli、Johnathan Butler、そして最近嵌ったのが角松敏生。ASKAにも再起してほしい!>

レコード、カセットテープ、8トラック、CD、そしてmp3などの様々な音声ファイルフォーマットと技術の進歩を改めて振り返って見てみると、特にアナログからデジタルに変わっていった過程で楽曲の価値が下がっていっているのがとても残念です。Creatorがその創造性を発揮できるような環境を作ることもファンの大事な活動ですね。今後もネットの進展でさらに楽曲そのものがFreeに配布されていくことでしょう。Musicianはどうやって生計を立てていくのか、もちろん地道に曲作りをしていくことは価値がありますが、商業的にはやはりコンサートに人を呼べるかどうかにかかっていると思います。ここでも変化に対応してライブな価値を生み続けられるかどうかが問われていますね。サザンオールスターズは私のちょっと先輩ですが、今でもファンの皆さんが新曲やライブを渇望する数少ないアーティストのひとつで尊敬に値します。昔の曲も古さを感じさせませんからスタンダードになること間違いなしですね。

山内惠介さんという31歳の演歌歌手は苦労の末、今やご婦人に絶大な人気を得て、日本中をイベントで飛び回っているようです。はとバス5台仕立ててファンと2泊3日の旅行にはファンの皆さん目いっぱいオシャレをして目を輝かせて参加なさっていました。ここでもTV越しではないライブ感が横溢しています。

印刷技術発展の歴史

2014年5月28日 at 11:42 AM

現存する世界最古の印刷物は日本にあります。称徳天皇が政治を任せた道鏡が西暦770年に国中のお寺にお経を広めるために配布させた経典の中に入れた「陀羅尼経」です。ろくろ焼きの百万塔に木版か銅版に彫った文字を紙に刷り取ったものが6年間かけて100万巻も刷られたということです。当時飢饉や疫病の流行、戦乱による社会不安が背景にあり、これを鎮めようと仏教を活用し(鎮護国家)、全国に国分寺を建て、大仏造立の詔も出しています。この頃は遷都も数回行われており、その当時の混迷ぶりが想像されます。冒頭に紹介した「陀羅尼経」を10万巻ずつ10の国分寺に納めました。その一部が4万巻余り今に残っていて世界最古となっています。

その後の日本では300年ほど印刷という技術は全く活用されませんでした。学問は文字が読める一部の偉い人達だけのものでしたので、沢山印刷しなければならないという必要性がなかったからです。その後も日本での印刷技術は大きな発展はありません。必要なものは手で書き写せばよいということだったようで、今でも精神修養の写経は綿々と受け継がれてきています。

やっと江戸時代になって商業が盛んになり、町民たちの間でも読み書きできる人が増えてきて、商売をするのに「読み書き算盤」が必要になってきました。寺子屋で町民の子供たちが読み書きを学び、市中では「東海道中膝栗毛」などの文芸作品や浮世絵、瓦版などが登場し、漸く本格的な印刷文化の誕生を見ることができます。

元々の印刷技術は中国から6世紀に仏教と共に伝わりました。中国では紀元前2世紀には王様が御触れを出すときに粘土にハンコを押して文書を封印していました【欧米では今でも封筒や文書、高級酒などに封蝋(ふうろう)する印璽(いんじ)がありますね】。西暦105年の蔡倫による紙の発明によって、木や石に色を付けたくない部分を彫って使う版画タイプのハンコが民間に広まり、この技法が印刷の始まりと言われています。しかしながら中国に起源を持つ印刷技術が大衆に寄与するにはヨーロッパでの発展を待たねばなりませんでした。

ヨーロッパでは哲学・科学・文学関係の本が紀元前より作られていましたが、宗教色が強まっていった中世の時代になると科学の本は神の教えに反するものとして抑圧された結果普及せず(科学史上では暗黒時代と呼ばれた)、本と言えばもっぱら教会内で僧侶たちが一冊一冊書き写した聖書でした。

14~15世紀になって、イタリアを中心に産業や貿易が盛んになり、職業芸術家や商人たちが商売をするのに(日本と同様)読み書きが必要となってきます。印刷といえばグーテンベルクがまず最初に頭に浮かびますが、15世紀中ごろに始まった彼の印刷技術の発展によって思想書や技術書、そして文学作品が多くの人の手に安価で渡るようになり、ルネッサンスに繋がっていきます。つまり教会による学問の独占が崩れ、職人(今でいう技術者です)と学者が歩み寄る雰囲気が醸成された結果、一挙に科学技術が発展していきます。前者の代表があの有名なレオナルド・ダ・ヴィンチ、後者のそれは解剖学のヴェサリウスや鉱山学のアグリコラなどです。そしてこれも歴史の教科書では定番のマルティン・ルターが当時のカトリック教会の堕落(本来罪の許しに必要な悔い改めなしに贖宥状の購入のみによって償いが軽減された)を糾弾し、聖書に書かれていない斯様な贖宥状なるものは濫用であるとの考え方に立ち、ドイツ語で自分の考えを広めることで当時重税に苦しんでいた農民たちに大いに希望を与えました。印刷技術発展と相まって後のプロテスタントの成立という宗教改革に行き着きます。ルネッサンス時代には急速に科学技術志向が高まっていき、科学の暗黒時代から脱し、それまでの観念論主流から実験に基づく実証研究の発展により数々の偉業(天文学、磁気学、医学等)が成し遂げられました。

活字印刷技術に話を戻すと、文字の種類の多い中国では比較的製作が容易い木版が主流となり、文字数の少ないヨーロッパでは銅などを流し込んで作った金属活字が盛んに使われました。前者は版を作りやすかった反面、厚い紙に印刷することが難しかったので、薄い紙に片面印刷するにとどまっていましたが、後者は版が長持ちする上、厚い紙への印刷も比較的容易であったので、聖書に見られるように早くから両面印刷がなされています。

近代の印刷技術はやはりドイツが最先端で、1600年には新聞が発行され、1833年には1時間に6万個の活字を鋳込む「活字鋳造機」が、1846年には「輪転印刷機」が実用化され、それから10年も経たないうちに1時間に2万枚以上の新聞を刷ることが可能になりました。

日本では鎖国の影響もあり、西洋の印刷技術から大きく取り残されていましたが、新聞発行は1870年、紙幣の印刷は1881年です。現在は日本の印刷技術は世界一と言われ、外国の紙幣を受注したり、印刷機械を外国に輸出したりしています。

こうしてひとつの技術の発展の歴史を辿ってみると、技術とコンテンツ(宗教、商売、文化、情報)がお互いを後押しし、進化していることがわかります。技術は単独で一直線に進むものではなく、コンテンツと重なって大きく飛躍します。何か障害があると、その進展が止まったり、Breakthroughがあって、また大きく発展したりと。ハードとソフト(コンテンツ)は車の両輪という言葉はやはり今でも生き続けていると思います。

男たちの旅路

2014年5月5日 at 10:26 AM

前出の「社会学の基礎知識」という大学時代の教科書を読み返そうとパラパラ頁をめくったら、一枚の新聞の切り抜きが出てきました。30数年前に買った本ですから、全てのページが茶色味を帯びていましたが、その切り抜きが挟まっていたページは新聞の型がそのまま転写し、濃茶色になっていました。そのページには「核家族化に伴う老人問題とその対策」とあり、その間から出てきた切り抜きの題名には「TVドラマ『シルバーシート』に寄せて」(役に立つ、立たないではなく、老人の過去を大事に)とあります。

TVドラマというのは、今でも鮮明に覚えていますが、鶴田浩二主演の「男たちの旅路」です。若かりし水谷豊や桃井かおりが24歳で共演していました。まだ家庭用ビデオは発売されたばかりで高価でしたから、放送時間を見逃さないようにTVの前に陣取っていたことを思い出します。脚本は山田太一で当時43歳。ちなみに鶴田浩二は52歳(今の私より4つ若いんだ!)。放送は76年から82年まで全13話とウィキペディアにありますので、全部見逃さずに見たのではないかと思います。鶴田は最初このオファーを断ったそうですが、その後山田との面会をプロデューサーに求め、特攻崩れとしての鶴田自身の経験・思いを脚本に投影してもらうことで出演をOKしたそうです(実は鶴田は整備科予備士官であり、出撃する特攻機を見送る立場であったとのことで戦友会から猛抗議を受けるが後に和解)。2003年に「同窓会」と称して水谷、桃井、山田3人が顔を揃え(鶴田は87年永眠)、思い出話を語る番組が組まれましたが、当時鶴田はリハーサルでも台本を手元に置かず、共演者の台詞も頭に入れた上で、自ら発した言葉のように台詞を滔々と言っていたと水谷、桃井が(まねをしようとしたが、メチャクチャになってしまい、とてもできないとすぐにやめたと)語っています。鶴田の自身を投影したこのドラマにかける強い想いが感じられる逸話です。

話の筋立ては、ある警備会社に勤める主人公の吉岡司令補(鶴田)が特攻隊の生き残りであり、戦争はどこから始まったのかという疑問を持ち続けて生きる彼を中心に、杉本(水谷)、島津(桃井)、鮫島(柴俊夫)、柴田(森田健作)ら若い世代と、仕事の中から拾い出した疑問に対し、時に激しくやり合いながら真面目に向き合い、出口を探す道筋を語るものです。前記の「シルバーシート」は全13話の中でも出色の出来栄えで、77年芸術祭大賞を受賞しています。この話は老人ホームの4人が車庫で車内にこもって都電ジャックする話ですが、老人から発せられる台詞ひとつひとつに胸を突かれます。「歳を取るってことがどういうことか歳を取るまでわからない」「自分を必要としてくれる人がいません」「私は人から愛情を感じることはあるが、私が人から愛情を感じられることはない」「名誉なんていうものの空しさがわかってくる」「自分の耄碌は自分ではわからない」「私ら捨てられた人間です、いずれあんたも使い捨てられるでしょう」「しかし、歳を取った人間はねぇ、あんたが若い頃に電車を動かしていた人間です」「踏切を作ったり、学校を作ったり、米を作っていた人間です」「あんたが転んだ時に起こしてくれた人間かもしれない」「しかし、もう力がなくなってしまった、じいさんになってしまった、するともう誰も敬意を表する者はいない」「歳をとりゃ誰だって衰えるよ、めざましいことはできないよ」「気の毒だとは言ってくれる、同情もしてくれる、しかし敬意を表するものは誰もいない」「人間はしてきたことで敬意を表されちゃいけないのかね」「いまは耄碌ばあさんでも、立派に何人もの子供を育ててきたということで敬意を表されちゃいけないのかね」「そういう過去を大切にしなきゃ、いったい人間の一生って何だい?」

死ぬまで役に立っている老人なんて希少であって、役に立たなくなった老人に対する姿勢、自分が役に立たない老人になった時の生き方を考えなければならない。老人を待たずして不慮の事故で体が利かなくなってしまうこともある。昨年同年代の数人が生死の境を彷徨った。幸い重篤にならずほっとしている。親介護の問題はいずれは誰しもが通る道筋であろう。世話になっているから、役に立たないからという理由で、不満も口に出さずに心を開かずに態度の良い老人を演じているというのは実に無念であるに違いない。役に立っている人間だけが何かが言える社会というのはどこかおかしい。怠けて世話をかけているのではない、かつては社会を支えてきて、今その力を失ったのである。

退職して個人事業を始め1年強、第二人生小学校2年生に進級した私は10~20数歳年上の方々とのお付き合いが増えた。80歳を目の前にして元気溌剌な方を見ると、私も心身ともに長く若くありたいと思う。退職してからはその努力を改めてしているつもりである。一方、現役の時代には一流企業の経営層でバリバリ活躍された方が、その後大病を患い体が利かなくなっている状況下でも遅々とご自身で一歩一歩を刻むように歩む姿にも接する。私の母は幸いに85歳でもコーラスのグループに参加して息子に苦労を掛けずに一人暮らしをしている。元気なうちに母の過去の苦労にもっと報いたいと心から思う。私は吉岡司令補のように、若者に説教するようなことはできない(説教というものは、本来ありがたい、教訓的なものなのだが、これがあまりに長すぎる時は説教する側が伝えたいことを要約できていないので、いつの間にか説教のはずが、小言または単なる愚痴になっているのもよくある話)。上から目線が一番嫌われる今の時代はいつの頃からであろうか。昔から若者が大人に向かって「偉らっそうに言うな」とかは言っていたが、それは不良の台詞と相場が決まっていた。いつの頃から社会全般に広まったのか、さほど昔のことではないように思う。偉い人が偉そうに言うのは当たり前と言えば当たり前。でも説教している人の多くはその人への愛情から発していることであろう。私自身戦争を経験した者ではないし、戦争を肯定するものでもないが、戦争を経験している人と戦争を知識でしか知らない人とでは決定的に違う刹那の必死さを強く感じる。

【敬称略】

 

組織と個人

2014年5月4日 at 12:18 PM

大学では法学部政治学科に在籍していました。卒論は東大新人会という優秀な人材を多く輩出した組織の宮崎龍介という人物研究でした。ゼミの中ではそもそもこの団体から各界に多くの優秀な人材が輩出したのは何故なのかという課題意識からスタートしていました。当時の歴史的背景、価値観、その組織の強みや思想の基盤あるいは思考メカニズムはどうだったのかが研究テーマの底流にありました。個人研究の過程で様々な人との交わりを通じて生きてきた一人の人生をなぞり研究することは、自分の中で「人間学」そのものを勉強したなあと今でも思い返します。そしてその後私自身が社会で生きていく上での礎になったと思います。

人は一人では生きていけないですし、何らかの形で仲間を作り、お互いに影響しあい、その結果として共通の目標を持って事業を始めたり、あるいは目標は異なるもののお互い刺激しあい、異なる意見を交わしあい、思考を繰り返しながら成長していく社会的動物です。そういう意味で人間が互いに影響しあい相乗効果を上げるといった観点から組織運営というのはひとつの科学なのだと思います。一人よりは二人、二人よりは三人、三人より十人、どんどん効率が良くなっていかなければ複数(組織)でやる意味はありません。指標でよく使われる「一人あたりの~~」というのはその効果を常に意識している証です。反面、組織の構成は個人の集合体であって感情を持った人達の集まりですから、組織論やその中で如何に個々が能力を発揮するかといった研究は様々に行われていますが、一筋縄ではいかない課題ですね。同じことを二人の人が同じ表情で同じ聴衆(構成員)に言ったとしても、その人の日頃の行動、言動、それまでの実績、肩書等々によって全く説得力がなかったり、逆に感動させられたりするわけですから。

学生当時、私が最も興味を持ったのは実は社会学でした。8回の引っ越しをし、沢山の書物を処分しましたが、今でも「社会学の基礎知識」という当時の教科書はずっと書棚から処分せずにいました。いずれ時間ができたら読み返そうと思っていたので、これからじっくり読む積りです。初版発行が昭和44年ですから45年前の本です。目次に目を通すと、社会の構造や家族・経営と労働・社会心理・マスコミュニケーション・社会福祉と社会問題といった項目が並んでいますが、今の社会が抱える課題は昔からそんなに変わっていないなあと感じます。逆説的に言えば、課題は昔からあったが解決されていないということです。ことによっては悪化しているかもしれない課題もありそうです。最近某所で見つけた「実務購買管理」といった本も40年、50年も前に発行された本で、読んでみると中身の構成は本当にきちんとまとまっていて、カバー範囲も十分広義に押さえてあります。30数年間の調達購買実務から離れた後にこういった本に出会うというのはなかなか皮肉なことです。

さて、話を元に戻しますが、大きな有名な会社の社員が全て優秀で清廉潔白でないのは、世の中の事件を見ても明らかです。一方で、小企業の社員は皆凡庸で覇気がないというのも全く違います。よく蟻の実験結果が例に出されますが、蟻の集団で働くのは2割、8割は怠けている。それらをきれいに分けて、働く蟻グループと働かない蟻グループに分けて、それぞれのグループを観察すると、やはりそれぞれに2割の働く蟻と8割の働かない蟻に分かれる。つまり最初働く蟻に区分された8割がサボり、働かない蟻に区分された2割が働き出すということです。但し、最近の研究では2割の働き蟻の中には働きすぎ?で働かなくなる蟻が出現し、8割の働かない蟻の中から働き蟻が出てくるという実験結果があり、どうやら8割の予備要員がいることで長く集団を存続できるというメカニズムがありそうだということです。確かに昔、社内でコーヒーカップを持っていつもぶらぶらしている先輩がいて、皆さんに他愛もない世間話を話しかけていましたが、皆この人が仕事をしていると思ってはいませんでしたが、妙に場の雰囲気はほぐれていましたね。

取引をしていると担当者やその直属の上司、関連部門の上役等にお会いして、意見交換をし、時には激論を交わすこともあります。数万人を擁する大会社であれば、全ての人に会うことは不可能ですから、極一部のお会いした人からその会社の社格や成長性、将来性を見抜かなければなりません。また会社の仕組みが個人に過度に依存するような体制になっていないかどうかも吟味しなければなりません。ですから良い誤解、悪い誤解も含めてお会いした方々の印象から会社(組織)の信頼度を図ります。調達側も営業側も本音の話ができないか探り探り関係を深めていきますが、一方で社会的動物である人間は自社の都合の悪いことをことさら喧伝しないのが通常ですし、何でもかんでもしゃべってしまう人は却って信用置けない人に見られるでしょう。組織を守りすぎた結果、組織が社会的に壊滅に至ることもあるでしょうし、個人が暴走して組織が内部分裂したり、社会的に組織としての信頼を失い衰退することもあるでしょう。個人の能力には様々なモノがあります。蟻と違って適応力も広いはずですし、怠けて見えて実は肝心なところを押さえている上役もいます。なかなか能力は見かけではわからないものです。これまで重要であった能力が技術革新によって重要度が大幅に低下したり、これまでは重要とされていなかった能力が組織の事業変革や社会の構造変化によってクローズアップされる場合もあります。この変化を予見し、タイミングを的確に捉えて組織のTransformationを行える会社が強い組織だと思います。硬直化している組織とはたとえばBrain Stormingで決まった人ばかり悦に入ってしゃべっている、上役の目を気にして当たり障りのない意見ばかりに終始する、昔の成功定理がいつまでも続くと思っている、といったものです。そうならない環境を作ることは簡単なことではありません。たまたま現在所属している組織の業務では発揮できない得意な領域を持っている人もいるでしょう。そういった人達が所属に関係なく遠慮なしにモノが言えて、ひとつの目的に向かって協力していければ、こんなに力強いことはありません。そういった意味では個人の能力を最大限に発揮するには「共通目的の共有」と「構成員すべての個人の尊重」が基礎になくてはなりません。普段遊んで見えてる人が環境の激変に遭遇したときに素晴らしい活躍をすることも決して稀ではありません。もしこういったことが皆無であるという組織体は、人材を埋もれさせていないか、考え方が固定化していないかの再点検が必要です。

ソニーにはこういった逸話が残っています。「総務部にいたころのことです。仕事に余裕があったので、組織図があれば便利だろう…と頼まれもしないのに自主的にソニーの組織図を作ったんですよ。やっと出来上がって上司に提出した。そうしたら上司を通じて盛田さんからひどく怒られましてね、こんなものをなぜ作った。誰が今どこで何をしているかなんてものは、次の瞬間に変わる。こんな組織図なんてなんの意味も持たない、と言うんですよ。」(小澤敏雄~元ソニー・ミュージックエンタテインメント会長)。時に組織図は変化への対応の障害になるものです。特に個人がその組織に馴染もうとすればするほど、その危険度は高くなっているのかもしれません。

人間とチンパンジーの違い

2014年4月18日 at 11:07 AM

京都大学霊長類研究所に松沢哲郎博士という方がおられます。画面に現れた9個の数字を0.5秒で記憶して、それを順序通り再現タッチできるというチンパンジーを映像でご覧になった方もいるのではないでしょうか。博士の研究の一端に触れる機会がありましたので、ちょっとご紹介をしたいと思います。博士はチンパンジーの知性の研究を通して、人間との比較からある特徴について仮説を立てておられますが、それが私の興味を引きました。http://langint.pri.kyoto-u.ac.jp/langint/staff/tetsuro_matsuzawa-j.html (昨年は文化功労者に選出されました)

人間とチンパンジーは500万年前に独自の進化の道のりを歩んだと言われていますが、98.77%のゲノムが共通であることがわかっています。冒頭の数字記憶再現タッチでは人間を遥かに凌ぐ能力をチンパンジーは持っていることが証明されました。これを博士はチンパンジーが人間とは違って、自然界を生き抜くために今ここにあるものを鋭く見極める能力が必要であったためと論じています。このチンパンジーの認知スタイルは目の前に見えているものがすべてであると捉えて、それを細かい点に至るまで観察し、記憶することに注がれていることを示しています。人間の男性と女性の記憶力の違いも良く話題にされますが、他人の部屋に通された時に、女性は瞬時に何がどこにあるか記憶するそうですが、男性は部屋の中の雰囲気は何となく感じて記憶しますが、個々の何がどこにあったかの記憶は総じて低い結果となることが知られています。明らかに興味の対象が違うからこういった差が生まれるのでしょうね。

さて、ちょっと横道に逸れてしまいましたが、チンパンジーの3倍もの脳を持つ人間は、そうした目の前の瞬時の記憶にその脳をあまり活用することなく、いったい何に使っているのでしょうか。博士はチンパンジーの認知が「今」「ここ」にあるものに集中しているのに対し、人間は常にそこにないものまで認知しようとしていると言っています。つまり時間や空間を超えて、ここにない「未来」を思い描くことができる能力を発達させてきたということです。この人間の発達した能力は見方を変えるとかなり厄介なもので、あらゆる物事の意味や背景、他との関係性など、実際には存在しないものについてあれこれ思い悩む。だから自分の発言した内容や行動したことについて後悔もするし、将来を悲観して絶望もする。しかし、これは一方でもう一つのそこにないものである「希望」を持つ能力を持っていることも意味するのではないかというのが、博士の説です。

チンパンジーと人間の違いのもうひとつは、手助けの「自発性」だそうです。チンパンジーも他者と関わろうとする社会的知性はあるそうですが、人間のように状況を自ら判断して、手を差し伸べるということはないそうです。人間社会には「自分のためになる行動」と「みんなのためになる行動」がずれていて、どういう行動をすべきか悩ましい状況に溢れていますが、人間は社会的知性を占める部分が多く、特徴的には①周りからの評価を気にする性質、②公正に扱われないと怒りを感じる性質、③みんなが協力するなら自分も協力する性質等があって、まあこれらが人間の人間たる所以とも言えるのでしょうね。ほとんどの方がこれら3つの関わりにかなりの時間が割かれているのではないでしょうか。昔は隠遁とか出家とか言われましたが、社会との関わりを絶ってひとりで自分自身に向き合う生き様に共感を持つ人も、社会が複雑化すればするほど多くなるようにも思います。週末に自然に触れ合って息吹を感じ取って気持ちを新たにするというのも人間の動物返りの束の間の一瞬なのかもしれません。私も最近山登りに結構嵌っています。

ちなみに博士は高校大学と山岳部で、大学に入った頃は学生運動が盛んで、授業が無かったことから1年120日山行、120日訓練、残った120日哲学を勉強されていたとのこと。その後、実験心理学に移り、色々な過程を経てチンパンジーの「アイ・プロジェクト」に参加されています。多くの人が人間が一番賢くて、人間よりちょっと頭の悪いのがチンパンジーだと勝手に妄想を抱いているけど、数字の記憶力なんてチンパンジーの方が遥かに優れていると博士は語っています。私が中盤で書いた男女の違いは決して、女性がチンパンジーに近いと言っているのではなくて、それぞれ能力の特長があるので、お互い仲良く協力してやっていきましょうね、っていう意味です。念のため。

 

アヘン戦争~東洋の没落と西洋の勃興の分水嶺~

2014年4月7日 at 6:15 PM

久しぶりに一気に読み終える本に出会いました。ライフネット生命保険株式会社の出口治明会長兼CEOの書かれた「仕事に効く教養としての『世界史』」という本です。私が購入した本は出版から1か月も経たないうちに第三刷になっていますから結構売れ行きも良いのだろうと思います。タイトルの「仕事に効く」っていうところは個人的に編集部のセンスを疑いますが、題名を置いても、中身は歴史観において新しい視点を沢山提供してくれる好著です。著者は保険会社を退職後、大学の講師などを経て現職に至りますが、これまでに訪れた都市が1000以上、読んだ歴史書は5000冊以上という博覧強記ぶりとそれを基にした大河的視点を著書の随所に見せてくれます。

私の世代が習った世界史は明らかにヨーロッパ中心の西洋史観で、ギリシャ・ローマから始まりキリスト教の流れを本流に、騎馬民族は北方の脅威で荒くれ者の集団、バイキングは北方の海賊、ムスリムは傍流異端、アジアは野蛮な後進国、自由主義を建国の旗印にアメリカが栄え、ソ連邦の崩壊による冷戦終結を経て、歴史を先導した欧米の価値観がこれからも主流を形成するといったものと記憶しています。日本にとっては第二次世界大戦の敗戦によりアメリカ流教育が強制浸透させられたこととも深い関係性があるでしょう。歴史を違った角度から勉強したいという思いは以前からあって、時間に余裕が持てるようになってからは個人的に色々調べ物をしたりしていますが、そんな時に本書と出会いました。

昨今ではG20時代からからGゼロ時代と呼ばれ、世界の警察官たるアメリカもその余裕がなくなってきたように言われています。経済的にはアジアの時代と言われ成長の中心はこれまでの先進国から新興国にシフトしてきています。政治的には中国がロシアに取って代わってアメリカと対峙する時代を迎えつつあるようです。

著書では標題に書きましたように、アヘン戦争を分水嶺にして西洋のGDPが東洋のそれを初めて凌駕したと紹介されています。興味深いのは1600年から1820年アヘン戦争以前迄は世界のGDPの半分を中国とインドで生み出していたということです。まるで将来を暗示しているかのような数字です。アヘン戦争を挟んで、1913年の第一次世界大戦直前には中印で合わせて16.3%、第二次世界大戦後の1950年には8.7%まで落ち込みました。それまで西洋は東洋のお茶や絹、陶磁器、香辛料等が欲しく、西洋列強同士1600年代の東インド会社を巡る主導権争いを代表例に、各々の権益を固めていきます。英国は綿織物に目を付け、それが産業革命による織機の発明と相まって、綿花をインドやアメリカから買い、高い生産性でインドを綿織物輸出市場から駆逐するに至りました。こうした過程を経て英国はインドを植民地化し、アヘン(勿論アヘンだけではありませんが)を作らせ、第三国の貿易商人を使って中国に輸出し、習慣性の高いアヘンが中国に蔓延することによって結果富が英国へ流出していきました。そういった流れがGDPの数字に表れています。前述したように、決してそれまでもずっと西洋が先進的であった訳ではありません。

話は飛びますが、日本が大東亜共栄圏を打ち上げた背景は、欧米諸国の植民地支配からアジアを解放し、日本・満州・支那(中国)連合を中心に共存共栄の新たな国際秩序(今のEU連合のような)をアジアに建設しようとしたものでした。しかし、アヘンが蔓延した清のあまりの衰退ぶりに、日本と満州だけででも実現しようと軍部が前のめりに突っ走った結果が先の第二次世界大戦の敗戦に繋がります。

沢山ご紹介したい話が書いてありますが、ご興味のある方は本書を読んでいただくとして、最後に科挙の話をご紹介します。科挙という制度は中国で598年~1905年まで1300年続いた官僚登用試験ですが、これは紙と印刷の技術によって、参考書が全国に配布することが可能になったことで始まりました。科挙は儒教的教養を問うもので、平原を縦横無尽に駆け抜けモンゴル帝国を治め、外国語や商業を重んじたクビライの時代に用無しとされて中止されます。10年も20年もかけて科挙の勉強をしてきたインテリ階級は仕方なく地方に散って豪族の家庭教師になったようです。日本の官僚制度も中国を模して作られていますが、教育制度同様制度疲労を来していますね。自由であれば、色々な新しい発想が実現されていくと思います。その意味で自由のない国は突然適応不全に陥ってしまう恐れがありますね。

これに関連して主君が権力を守るには二つあると紹介されています。ひとつは官僚制、一つは貴族制です(日本も大日本帝国憲法下では貴族院がありました)。貴族制は「この領地を与えるから忠勤に励め」とロイヤリティを末代まで求めるもの。反逆はない代わりに子孫が優秀であるとは限らない。官僚制は一代限りで優秀な人材を集める。しかし優秀が故に君主に取って代わる恐れもある。日本の二院制を例に取るのは飛躍しますが、衆議院と参議院だと両院ある意味がないように思いますが、貴族院とするとその有効性があるのかなと感じます。治世ではすっかり世襲はダメ、民主主義でないとダメということになっていますが、こと経営に関しては世襲制(制度ではありませんが、結果御曹司が継ぐ等)で結果を出しているところも少なからずあります。うまく良いとこ取りでミックスできればいいのですが、現実難しいでしょうね。

歴史を大河の流れと解して色々な角度から見てみると、目の前の出来事をより冷静に見られるようになってきます。受験生時代は年号と何が起きたかの順番を覚えることで精いっぱいでしたが、ここで、なぜ、どうして、この時代にこんなことが起こったのかを考えるのが本当の(地理)歴史ですね。まだまだ興味が尽きることはありません。

斜体が主に著書から引用した部分です。それ以外は私の主観です。)

 

ビッグデータ活用と組織の健全性

2014年3月27日 at 10:05 AM

企業経営者は常に現状に何らかの不満を持っており、その現状打破のための新しいパラダイムやコンセプト、テクノロジー、トレンドには敏感である。敏感なことは良いことであるが、得てして万能薬を得られるかのような錯覚に陥り、十分な思慮がないまま形だけ導入して失敗することが数多ある。新しいシステムを導入しても、それを従業員が使いこなせなくては無駄な投資になるし、景気後退を理由に投資を途中で削ってしまい重要Module欠落のまま中途半端なシステム稼働をして全く当初の期待値を得られないばかりか、対投資効果マイナスという例もよく聞く話である。要は道具とそれを使う人間のバランスが重要ということである。使い方を知らなければ道具は宝の持ち腐れであるし、知恵を使うことによって何の変哲もない棒切れが命を救う道具に変わることもあり得る。

ここ数年でビッグデータという言葉はすっかり市民権を得たようで、その運用システム会社のみならず統計学の専門家などが表舞台に現れる状況になっている。ビッグデータでは、効率的に許容経過時間内に大量のデータを処理する卓越した技術、たとえば超並列処理データベースやデータマイニンググリッドなどが必要となる。応用は様々な分野で進んでいて、ゲノミクス・気象学・金融・ソーシャルデータ分析・軍事偵察・医療記録・大規模なeコマースなど多岐に渡る。この手の新しいマーケットやテクノロジーの発展について異議を唱える積りは毛頭無いが、その扱いについて私は上述のような懸念を持たざるを得ない。既にデータ消費者プライバシーの観点から、増加する保存データと個人が特定可能な情報の統合に懸念を示している専門家は多いが、ここでは企業という組織の中で、どのようにビッグデータを扱って成果を上げていくかという視点で論じてみたい。

第一に、膨大なデータを闇雲に分析しても時間と金の浪費であるので、企業は何らかの仮説に基づいてビッグデータを解析する必要がある。初期仮説が正しいかどうかの検証あるいは反証のデータとして使うということである。第二に、果たしてそのデータの母集団は検証に値する偏りのないものであるかも重要である。初期仮説を正しいと導くためにビッグデータが使われるとすれば本末転倒である。最近では夢のSTAP細胞と騒がれた実験データや映像が改ざん捏造ではないかといった疑惑が浮上しているが、それが事実とすれば理化学研究所やネイチャーといった「権威」はそれを見抜けなかったのは何故か大いに疑問であるし、真相究明は非常に興味深い話題である。

第三に、ビッグデータのもうひとつの側面はそのデータが過去あるいはほぼ現在のものであるということである。それらデータを使い将来こうなるであろう、あるいは今後こういう対応をしていこうといった応用がされるのであろうが、その対象が過去および現在の延長線上にあるという前提で応用可能なのかどうかは十分考慮されなければならない。消費材で言えば、あたかもこれまで先進国で歩んだ道をただSpeed Upして新興国が進んできた訳ではないことを我々が知ることとなったことに似ている。電話ボックスを経ずに個人携帯端末に至った多くの新興国はその一例である。インフラが揃ってから電化製品が広まった国と、インフラがない状態で電化製品が流れ込んできた国とでは電気供給のあり方が違う。今後の下水道や交通インフラの整備も同様、最新のテクノロジーとそれぞれの地域に合わせた導入のされ方が模索されていくであろう。つまり過去現在のデータは将来を保証するものではないということである。将来は予測するものではなく、自らが作っていくものとはよく言われることである。

一方これからはアジアの時代と言われており、成長の中心をアジアが占めると予測されている。一昔前はアジアという一括りの市場で見られていたが、中国もタイもマレーシアもインドもトルコもミャンマーもそれぞれの歴史的背景と大きなGlobal化の流れの中で、それぞれに応じた社会発展(あるいは瓦解)を遂げていく。多くの企業がそれらの国々で市場を獲得しようとすれば、それはそれぞれの国の人々、その生活、社会体制、民度、文化、慣習などをまじかに観察して行われて戦略を構築していった方がGoalに早く近づけるのではないかと私は感じる。

多くの日本企業に言われる「変化対応の遅さ」は、企業の組織文化によるものではないかと最近特に感じる。多くの企業は本社が偉くて、現場は指示を受ける立場といった既成概念がまだまだ強いのではないだろうか。組織図ひとつ取っても例のピラミッド型がほとんであろう(敢えて組織図をさかさまにしている企業もあるが、従業員が上にくるのは稀で、せいぜい上は株主)。上位下達がそのまま残った企業でビッグデータを本社が解析し、現場に指示を出す。このような形で果たして機能するであろうか。ほぼ100%機能しないであろう理由は①どんなにわかりやすく、あるいは分析されたビッグデータが本社に提供されたとしても、その処理を正しくできる能力が本社にあるのか、能力不足・工数不足を理由に処理に時間が掛かれば他社に先を越されてしまう、②現場から遠く離れた本社で大きな決断が正しくできるのか、③本社でなされた大きな決断に現場が唯々諾々と従うのか、といった企業の組織健全性といった課題がそれである。東日本大震災の時に現場は一流、マネジメントは三流などと言われたが、現場の強さが日本の成長を支えていたことは衆目の一致するところである。Global化によって現場が本社から遠ざかったことと「変化対応の遅さ」は無縁でないように思う。

増々多様化する世界で、中央集権的な組織体制は見直す時期に来ているのではないか。業績に苦しむ企業の構成員は経営陣は当然のことながら、管理職も一般従業員も変革の必要性を感じているに違いない。ただ人はお仕着せの変革には抵抗する。経営陣の意向にそぐわない人間を排除して外部コンサルタント任せのトップ指針で変革を図ろうとしても大企業ほどうまくいかない。なぜならトップ主導の変革に肚落ちしない多くの従業員の存在があるからである。大企業ほど自ら変革に参加させる体制を作って小さなビジネスユニットの責任を持たせ、本社は活動を管理するのではなく、結果を管理し、現場に自由裁量を与える。本社はビッグデータ分析による提案、そして組織間の調整といった控え目な存在に変わる。本社のアシストを得た現場は事業決断を行い、それが現場で成果を上げているかどうか自らの目で確認し、修正改善していく。評価も上司の評価一辺倒ではなく成果配分型に変えていく。こうした組織変革を促すチャンスにビッグデータを機会として捉えるというのは奇策に映るであろうが、本社と現場が乖離していて血流不全のまま、ビッグデータを本社主導で進めても必ず失敗(対投資効果がマイナス)の憂き目を見ることになろう。

漢字を廃止せよ(昭和20年11月12日付け読売報知新聞)

2014年3月2日 at 12:02 PM

本日付け日本経済新聞の「熱風の日本史」というコーナーで、アメリカが太平洋戦争後に日本から軍国主義を一掃し、民主主義を根付かせるために「漢字の全廃・ローマ字採用」という動きを掛けたことを紹介しています。その論拠となったのが、日本人は漢字学習に膨大な労力を費やしているため、国際社会で常識的な知識を習得する時間がなく、愚民化されてきたというものです。驚くのはこういった主張に日本人自ら同調している人が少なからずいたことです。改革派の国語学者の金田一京助やフランス文学者の桑原武夫などもその賛同者で、志賀直哉に至っては「一番いい、美しいフランス語を国語にしよう」と、本人はフランス語を解さなかったにもかかわらず、こういった珍論を展開したそうです。

明治維新前後にもそのような動きはあり、前島密が徳川慶喜に仮名書き化を建白したとか、森有礼が英語国語論を唱えたとかしたことも紹介されていました。これらの動きは「多くの日本人が過去の日本に自信を失って、初めから出直しだと思った時に盛んになる」と中国文学者の高島俊男氏は「戦後国語改革の愚かさ」で述べているそうです。

小渕内閣の私的諮問機関『「21世紀日本の構想」懇談会』で英語を日本の第2公用語とする構想がありました。その後具体的な計画が進んだという話は聞いていませんが、最近では文部科学省が小学校の英語必修化を打ち出すなど、英語教育の拡充を図る動きは定着しつつあるようです。楽天やユニクロなど英語を社内公用語にすると宣言をしている企業もありますが、メリット・デメリット賛否両論あるでしょう。しかし、ひとたびグローバルビジネスを志し、世界中の顧客を相手にするには、企業として世界中の優秀な人材を引き付ける必要があります。その意味ではその立場にありながらも何十年も一進一退の感がある多くの日本本社の内なる国際化は避けられるテーマでは決してありません。Wikipediaによると2010年の調査で、インターネット上の主要言語は英語が27.3%でトップ、中国語が次いで22.6%、スペイン語7.8%、日本語5%と続くとあります。日本人の人口比からは日本語大健闘というところですが、情報種を広げる意味でも、文化慣習が違う民族とのCommunicationという意味でも英語をはじめとする外国語を理解することに何らのデメリットはありません。

漢字かローマ字か、日本語か英語かといった二者択一の議論こそが偏狭な精神であり、どちらもやればよいし、能力や志のある方は3つでも4つでもやればいいと思います。欧州人の多くはその歴史的・地理的背景もあって数か国語話せる人が少なくありません。中華系マレー人もマルチリンガルが少なくありません。中国人エリートも昨今は英語能力が高いです。「2つの言葉ができる人はバイリンガル、3つできるのがトライリンガル。では、ひとつの言葉しかしゃべれない人を何と呼ぶでしょうか? 」というなぞなぞがありますが、この答えは「アメリカ人」というジョークです。日本人も似たようなレベルかもしれません。私自身も英語は頑張って読んだり書いたりのレベルですから、深い思考を英語ベースでやることは困難ですし、苦痛です。やはり思考を巡らすのは日本語ですし、漢字を主体にした活字です。一目で意味の分かる表意文字の漢字と表音文字のかなを組み合わせて出来た現代の日本語は誇るべき文化財産だと思います。本の厚さを見ても日本語と英語では随分違います(電子書籍ではあまり優劣はないでしょうか)ね。

TVのクイズ番組では昔は難読漢字を答える回答者がもてはやされましたが、最近は「こんな漢字も知らないの?読めないの?書けないの?」といったおバカを売りにするクイズ番組も少なくありません。「これなら私の方がマシ」と視聴者を安心させ、日本人総白痴(差別用語になったのでしょうか、普通に漢字変換されません)化を企てている人がどこかにいるのでしょうか。

ここに語彙数推定テストなるサイトを紹介します。 NTTコミュニケーション科学基礎研究所が単語親密度を利用して開発したテストです。私の結果は何とか大学生レベルはクリアしましたが、知らない単語が結構ありました。これから勉強しなきゃと素直に思います。日本人としては、理解できない日本語が出てくると不安になってしまいます。皆さんはどうですか?

http://www.kecl.ntt.co.jp/icl/lirg/resources/goitokusei/goi-test.html

グローバル・イノベーター

2014年2月24日 at 4:36 PM

東京エレクトロン株式会社とApplied Materials, Inc.は、昨年9月24日、半導体およびディスプレイ製造装置業界における「グローバル・イノベーター」を目指し、株式対価による経営統合の契約を締結したことを発表しました。業界第1位と第3位の経営統合により第2位のASMLの2倍の売上規模になります。しかし、今後さらに大規模な開発投資が求められる半導体業界で生き抜くには、インテルやサムスン、TSMCといった大手に対して対抗できる知力と体力が必要でしょう。その決断をされた統合新会社の会長に就任される東哲郎氏のお話を伺う機会を得ました。東氏は経営者としては異色の経歴で大学時代には哲学や社会学、そして修士課程ではオランダ経済史などを学び、将来は学者の道を志していたそうです。卒業間際に就職する決意をし、当時社員200名・売上200億円規模の東京エレクトロンに28歳で入社し、96年から18年間トップを務めておられます。東芝会長の西田厚聰氏にも専務時代にお会いしたことがありますが、修士課程では西洋政治思想史を学ばれ、その関係で日本政治史を勉強されていたイラン女性と結婚されています。お二人とも揺るぎない信念を持ち、経営に当たられている印象は共通のものを感じました。学生時代に自ら「考える」という姿勢を確立されているからでしょうか、その経営における決断の裏付けとなる洞察力に並々ならぬものがあると感じました。エレクトロニクス業界でいわゆる「文系」の社長は少数派だろうと思いますが、学生時代の数年の経歴と社会に出てからの数十年のキャリアとを比較すれば、文系・理系と分ける事自体、可能性を狭めているように思います。「文系」だからメカはどうも苦手とか、エンジニアだから金勘定は好きじゃないとか了見の狭い台詞を聞くことが間々ありますが、ビジネスに関わっている以上、それに必要なものは文系・理系区別なく学ぶべきで、その点、日本はまだまだ生涯学習の考え方が浸透していないなあと思います。また私自身グローバルな交渉を行っていた場面で、リベラル・アーツ(基礎教養)の重要性は多々感じるところがありました。これから益々多国籍・多民族・多文化との接点が増えていく中、リベラル・アーツはグローバル・ビジネスにおける必須科目と言っていいだろうと思います。

ちょっと横道に逸れてしまいました。東氏の話に戻りますと「欧米を追う経営はもはや通用せず、アジアの需要を見極め、技術・品質・コスト・スピードで競争力を持つ『グローバルNo.1を目指す経営』」を標榜し、強固な統合への決断をされたとの事です。今、どれほどの日本企業が世界No.1を目指した戦略を持っているでしょうか。世界No.1を目指す戦略とTop3に入るという戦略はまるで違います。勝者総取りのグローバル・ビジネスでは中途半端な存在は市場撤退を余儀なくされます。世界中が猛烈なスピードでめまぐるしく動く現代においては時間という概念も疎かにできません。M&Aも当然視野に入りますし、企業文化の違う組織を統合することも決してたやすいことではありません。うまく行かずに破談した会社、凋落した会社は枚挙にいとまがないでしょう。しかし、その目標を定めたら一心不乱に突き進むしかありません。そこに勝機ありと決断したのですから。その強い決意を東氏に見ることができました。

そんなグローバルな世界No.1なんて話は大企業の話と切って捨て去るのは惜しいことです。中小企業でもベンチャー企業でも、世界一ではなくても、日本一、九州一、町一番の小売でもいいです。規模がすべてを制す訳ではありません。このサービスでは絶対他社に負けないとか、機能面での切り口でもいいです。他社がやらないことをやる。世界初を目指す。何かこの分野では絶対に負けないという信念を持って事に当たる企業が少なくなったような気がします。民主党が政権を取って、事業仕訳をした当時に某議員が「1番にならなきゃいけないんですか?2番じゃいけないんですか?」といって予算の削減を求めていましたが、果たして2番になる戦略ってあるんでしょうか?3番に負けない戦略って何でしょうか?1番になる戦略を取って、結果2番になることはあっても、2番になる戦略(というものがあるのか想像できませんが)を取って2番になれるとは決して思えません。

東氏は「利益志向」についても自説を展開されました。「社会に対して高い価値のある製品を継続的に提供することにより、社会に貢献し、高い利益を上げることができる。利益の大きさは我々の能力の大きさに依存する。つまり日常における全ての活動は、最大の利益を追求することを目的に行われるべきである」と。私の意見とは少々異なりますが、多くの日本企業の利益率が欧米企業に比べ低いことは事実で、これは労働環境の違いもありますが、同時に技術革新によってコモディティ化し利益の取れなくなった事業を抱え込んでしまっていることも要因のひとつでしょう。それゆえ日本企業は欧米企業より早く事業転換の芽を植え、育て始めなければグローバル競争に勝てません。それをチームワークの強さで他社が容易に追随できない要素技術と品質に昇華し、愛着をもって商品やサービスを提供していく事が必要です。日本の強みを活かしたアプローチという特性になるかもしれませんが、新興国含め、皆グローバル・イノベータ―を目指して激烈な競争を繰り広げている中で、No.1を目指す気概と信念・自由闊達な職場とチャレンジ精神、そして目標達成への熱意と責任感が今一度必要であることを再認識させていただいた東氏の講演でした。

(ちなみに東京エレクトロンは2月28日、代表取締役を含む役員4人の月額報酬を30%減額すると発表しました。同社が12年にスイスの会社を買収して本格参入したものの赤字が続き、撤退を決めた太陽電池製造装置事業を中心に2013年4~12月期に467億円の特別損失を計上し、その結果の経営責任を明確にすると同時に、事業に関わった執行役員の降格も発表しています。こういった処し方もなかなか普通の日本企業にはできないことです。)

健康と科学

2014年2月2日 at 2:01 PM

昨年末にIBMが今年で8回目になる「今後5年間で人々の生活を変える5つのイノベーション」を発表しました。その5つは次のようなものです。

  • クラスルームが生徒について学ぶ
  • 地元での買い物がオンラインに勝る
  • 健康維持にDNAを活用する
  • デジタルの番人がオンライン・ユーザーを保護する
  • 都市が市民の生活を支援する

全て深堀したくなる興味深い項目ですが、今日は3番目の「健康維持にDNAを活用する」に触れてみたいと思います。世の中には原因が解明されていない難病や治療法が確立していない重篤な病に冒されている方が少なからずおられると思います。最近報道されたSTAP細胞は若いマウス実験だけでの再現ではあるものの、これまで発表されてきたiPS細胞やES細胞などの万能細胞より短期間で簡便に(つまり安価に)細胞の初期化が行えるという点において、将来の応用の可能性が大きいと言われています。

人は死を免れることができませんが、生きている限りは極力痛みにさらされることなく、幸せに生きることを願っていると思います。PPK(ピンピンコロリ)が一番いいねと言われる所以です。

一般の方の死因というのは、やはりガンが一番多く、次いで心疾患、脳血管疾患が続きます。ガンは、これまでの研究や治療の飛躍的な進歩にもかかわらず、世界でのがんの罹患率は2008年以来10パーセント以上増加しており、毎年世界中で1,400万人を超える患者を悩ませ、810万人の患者の命を奪っているとWHOの調査報告書が伝えています。

「健康維持にDNAを活用する」とは、個々人のDNAを解読し、その患者に最も効果がある治療方法の組み合わせが提案される個別化医療が実現するということです。2003年に解読完了したヒトゲノムはABI社がゲル電気泳動技術を使って当時ひとりの全遺伝子を解読するのに8年の歳月と300億円の巨費が掛かったそうです。現在は各社がその技術を競い合ってRoche社やIllumina社が2か月で1000万円というコストで出来るそうですが、まだ一般民間人の手の届くレベルではありません。先日参加した「ナノバイオデバイス研究の最前線」セミナーでは目標を1日で10万円という低コストで実現しようとする研究者や企業からの報告を聞くことができました(もっと先には1時間1万円も夢ではないとのことです)。

個別化医療の実現には究極の個人情報とも言えるゲノムの収集と解析が必要で、GoogleやMicrosoftなどが早く100万人分のゲノムを集めた方が勝ちと言われるビジネスの主導権争いを競い合っているようです。ビッグデータ・アナリティクスやクラウドベースのコグニティブ・システムなどでは資金力の豊富な米IT企業には日本企業がなかなか対抗できないかも知れませんが、簡便に瞬時にかつ安価で遺伝子診断ができるナノバイオデバイスの分野では十分チャンスがあると思います。セミナーでは東芝がDNAチップカードでウィルスや病原菌を30分で検知する技術、パナソニックが呼気に含まれる匂い成分から健康状態を検知する技術、東レがマイクロRNA(DNAから情報を取り出してタンパク質を作る)量の変化を検出して病気診断に繋げる技術などが報告されました。世界の医療費は年間447兆円(日本は37兆円)だそうです。多くの国が財政負担に苦しむ中、痛くない診査が開発され、それが予防に繋がり、財政負担を減らし、個人個人が少しでも幸せな充実した時間が永く続けばこれに越したことはないと心から思います。今後の研究の発展を大いに期待しています。

しかしながら個人的には今後の医科学の発展が不老不死なるものに至らないことを祈ります。というのも生があって死があるのが自然の摂理と思いますし、死があることで生が輝くとも思っているからです。死因の第一位であるガンが撲滅される日が来ても、必ず生き物に死が訪れるとすれば、必ず死因があることになります。ガンに替わる死因が何であれ、医科学はその撲滅に向かって発展していくものと思いますが、それは有限なる幸福な時間の実現であって欲しいと思います。

手元に年代別の死因の第一位のデータがあります。0~4歳:先天異常、5~9歳:不慮の事故、10~14歳:ガン、15~39歳:自殺、40~89歳:ガン、90歳~99歳:心疾患、100歳以降:老衰。先天異常はまさに妊娠中のお母さん、お父さんの第一の心配を反映しています。不慮の事故は親御さんが子育て中に何回「危ないからやめなさい!」と叫んだかと想像させます。白血病などの若い人のガンは辛いですね。私も高校時代の友人を骨肉種で亡くしています。青年期の悩みは当人には死を選ぶほどの大事ですが、何とか力強く生きて欲しいですし、周囲も何かの力になってあげたいと思います。体と心は互いに影響し合うものと言われていますので、医科学の進歩を見守りつつ、自身の心のバランスを保持して、それぞれが愉快にそして有意義に暮らしていくことが求められているのではないかと思います。