驕れる者は久しからず

2019年11月10日 at 5:11 AM

先月のことであるが、女子プロゴルフ界でゴルフ場のバスタオル提供を巡ってツアー通算5勝の笠りつ子プロが副支配人に向かって暴言を吐いた事件が報道された。複数の関係者によると、笠は多くの選手がストレッチなどに利用するクラブハウス内の浴室にバスタオルがなかったことに立腹。一部報道では、コース関係者に「頭が固い。死ね」などの言葉を浴びせたとされる。

同大会では用意していたバスタオルを持ち帰る選手が多く、今年から提供をやめていたという。さらに一部の選手関係者がマナーを守らないため、荷物置き場や長いすも撤去していたとされる。ことは笠のみに限ったことではなく、プロゴルフ界の「常識」としてまかり通っていたことなのではないだろうか。

事件が表面化して日本女子プロゴルフ協会(LPGA)の小林浩美会長は謝罪したが、選手名は明かしていなかった。笠は自身の公式サイトに、直筆の声明文を掲載し自ら謝罪。当面の間ツアー出場を自粛。LPGAは笠を処分する方向で調査している。男子ツアーより人気が高く、TV放映も多かったが、人気選手の理想像と現実の姿の違いにショックを受けたファンも多かったことだろう。

ゴルフジャーナリストの舩越園子氏がこの事件を受けて、日本のプロゴルフ界の閉鎖性について記事を書いている。「日本のプロゴルフ界には、昔から『ゴルフが上手い者が人間としても上』と見なす傾向が明らかにあった。 かつて私が日本でゴルフの書き手を始めたばかりだった80年代後半ごろ。あるベテランの男子選手を数人のベテラン男性記者たちが取り巻き、その選手とウェッジの話をしていた。 そこに私も近寄り、選手の冗談めかした話を他の記者たちと一緒に聞き、他の記者たちと一緒に笑った。すると、その選手は初めて見る私を睨みつけ、『オマエ、誰だよ?何、笑ってるんだよ?オマエなんか知らねえから、向こう行けよ』。 その場にいた他の記者たちは、そうやって私が追いやられる場面を、ただ黙って眺めていた。」と。

彼女はそれから数年後、渡米し、米ツアーで取材するようになった。当然ながら彼女にとっては全選手が「初顔合わせ」だったが、選手に近寄って話を聞いていて「オマエ、誰?」「向こう行けよ」と追いやられることは決してなく、むしろ「ウエルカム」と手を差し延べてくれたと綴っている。

彼女によれば、日本のプロゴルフ界では成績や人気が上がるにつれ、スポンサー側が「選手様様」と崇めるようになり、選手の方もすっかり思い上がる人が多いという。運転を任されていたマネージャーがうっかり道を間違え、ホテル到着が大幅に遅れたとき、マネージャーを殴った選手がいたとも書いている。

過去プロゴルフ界では、2010年に三塚優子プロが遅延プレーによるペナルティを不服として途中棄権。LPGA史上最高額である200万円の罰金が科された。2018年には片山晋呉プロのプロアマ戦での不適切対応に対して30万円の罰金と厳重注意の処分がなされたことは記憶に新しい。

昨年から今年にかけて、スポーツ界の闇の体質が顕在化したケースが多かった。アメリカンフットボールの悪質タックル問題、アマチュアボクシング界の独裁体制とその崩壊、体操のパワハラ騒動、大相撲界の暴力騒動、Jリーグ・湘南ベルマーレでのパワハラ事件、テコンドー協会の独裁体制批判等々。

そんな中で今年日本で開催されたラグビー・ワールドカップは大成功を収めたと言っていい。高校の体育の授業でラグビー経験があった私ではあるが、やはりにわかファンであることには間違いなく、大会が始まるまでは心躍ることはなかった。しかし、いざ予選リーグが始まって、日本チームが勝ち進み予選リーグを突破できるかどうかが掛かったスコットランド戦ではその興奮が最高潮に達した。決勝リーグにあがって、南アフリカに敗れたものの、ラグビーというスポーツの面白さに引き込まれ、準決勝~決勝、三位決定戦に至るまでチャンネルを合わせるほどに、フィジカル面だけでなく、知的かつ戦略的な試合運びに奥深さを感じ、一瞬のプレーも見逃すまいと画面に食い入るように観るまでになった。

そして何といってもラグビーの感動をもたらしているのは「ノーサイド」である。試合開始前からニュージランド・チーム等が行う「ハカ」(呼び方は国によって違う)によって、自分自身と仲間を鼓舞する。試合前には両チームが相対し、お互い闘争心をむき出しにして死力の限りを尽くし勝ちを競う。しかし、レフリーの吹くノーサイドの笛を境に、勝ち負けを超えてお互いに健闘を称え合う姿は多くの人を感動させているに違いない。(決勝戦で敗れたイングランドチームの一部にメダル拒否の姿が見受けられたのは残念でした)

ちなみに「ハカ」で謡われるカ・マテ カ・マテ カ・オラ カ・オラの「カ・マテ」は「私は死ぬ」、「カ・オラ」は「私は生きる」という意味だそうで、自らを鼓舞する歌詞です。冒頭の他人に向かって「死ね」という意味合いとはまさに正反対の言葉と言っていいでしょう。

子供はふざけて、よく「死ね」と友達に言います。いくつまでそんな言葉を吐くのでしょうか。普通はいい大人になれば「死ね」などと暴言は吐きません。私が会社員時代に部下の中に「武闘派」と呼ばれる数人がいて、取引先に「死ね」と電話越しに言っていることを周囲の人間が聞きつけ、私に「通報」してくれることがままありました。取引先の不手際や約束破りなど、どうしても許せないことがあったとしても、大の大人が「死ね」と口に出してはいけません。本人を個室に呼んで諭すと平身低頭反省しますが、また一時の感情を爆発させることが数年に一度は繰り返されました。大人力が低いと言わざるを得ません。

当然のことながら、仕事が出来れば何をやってもいいということではありません。仕事の成功のために何をやってもいいということでもありません。周囲やファンを不快にする行為言動は、その言葉を発している本人に返ってきます。ゴルフが上手ければ、何でも許されるわけではありません。身も心も磨き、人間としての魅力を身に付けなければ、その名声はその腕からするりといとも簡単に滑り落ちてしまうものです。