|   調達科学研ホーム  |   Procurement Science Lab. Home   |

道徳の教科化を考える

2013年7月14日 at 1:24 PM

第二次安倍政権で道徳の教科化の方針が出されました。最初に私が抱いた疑問は道徳の時間がいつ無くなったんだろうというものでした。どうやら今でも週1時間の道徳の時間はあるようですが、教科ではないので教科書がなく、その貴重な時間も職員会議を理由に自習となったり、運動会などの行事の予行演習に充てられたりして実質形骸化しているようです。第一次安倍政権の2007年にも「徳育の教科化」の方針を打ち出したようですが頓挫してしまったようですから、安倍さんとしては今度こそ!という意気込みでしょう。

いじめ問題の対策の一環としての位置付けもあるようですが、いじめそのものは昔から至る所にあり、近年陰湿化・悪質化してきた面もあるかもしれませんが、一方でいじめられる側の抵抗力の問題やその周囲の対応にも大いに問題が潜んでいて、子供達だけの問題として捉えるべきものではなく、大人と子供の関わり合い、自分さえ良ければいいというような大人の社会が抱える問題も少なからず影を落としているものと思います。

私自身は道徳の教科化には賛成しかねます。教科ということは教科書があって、教師にこういった方向に導くようにといった指導要綱があり、点数化があり、どうしても恣意性を抑えることが非常に困難に思えるからです。しかしながら、道徳教育の充実は必須だと思います。今や一般教科は塾の方がうまく子供たちの好奇心を刺激して効果的に成果を出しているものと思います。そうは言っても「じゃあ学校なんてやめたら」という極論意見にも賛同できません。学校教育という中で培うべきものは学力以外にもあります。最近びっくりしたのはゆとり教育を経てきた20歳ちょっとの若者に泳げない人が多いということ。学校で水泳の授業はあったそうですが、泳げる子はプールの端から端へ順に泳がせて、泳げない子はロープで隔離され水を怖がらない程度の水遊びをやっておしまいだったそうです。船に乗っていてそれが転覆したら自力で救助が来るまで何とか生き延びる力まで養わなければ水泳の授業をやっても意味ないです。少なくとも私はそう思います。

道徳の時間(授業ではいけないです)も一つの題材を皆で議論しあって、色々な意見がああることを知り、それらを聞いて、自分の意見に修正点があればそれを行って、自分の考え方・他者との関わり方などを学ぶ時間にすればいいのです。人の痛みをわかるようになれば、少しはいじめは減っていくとは思うのです。妬みや恨みが醜いことも体感していってほしいですね。自分がより上を目指すのは良いとして、他者を貶めて自分が相対的に上がっても何も得られません。幼児の時に親の価値観で選択された色々な絵本を読むでしょう。これも道徳のはしりでしょうが、学校に入ってそれを学校に丸投げして良い子ができるのを期待するのは親として落第です。順番で行けば親が死ぬまで子供との関わりは続くわけですから、家庭内や課外の色々な機会を通じて親子共々成長していきたいものです。学校では同年代の人達との共通体験を通じた体と体のぶつかり合いや親以外の価値観を持った大人との意見交換を通じた関わりの中で、より自制心と社会性を持った大人に成長していく機会を提供できるはずです。

確か高校時代には「倫理」という授業もありました。倫理の意味は大辞林では「人として守り行うべき道」とあります。道徳よりも上等な感じがします。哲学の問いにも繋がる根源的な疑問が出てくるでしょう。道徳もそうですが、伝統的な日本の考え方を基礎に行っていくだけでは世界がこんなに狭くなった時代にそぐわないものもあるでしょう。倫理の時間に世界貿易センタービルを襲ったアルカイダの911事件を議論するのもいいでしょう。1時間でひとつの結論に行き着くなんてありえません。それぞれがどう考え、それぞれがいくばくかの自分自身の血と肉になればそれで良しです。自分の時間でもっともっと深く探究することも結構。物事を考える取っ掛かりになる程度が道徳の時間であり、倫理の時間であると思います。

道徳は戦前の修身が大本になります。全教科のうち最上位に位置付けられたのが修身です。植民地戦争が激しさを増す中、軍国主義下で政治色を強め、忠国愛国一色に染められてしまいましたが、政治利用されることなく道徳の時間が復活してくれることを願います。教師だけにその任を負わせることなく、経験豊富な社会人にも参画を求めていくのはアイデアとしてあっていいと思います。

東電株主総会

2013年6月26日 at 6:17 PM

代々木第一体育館で物々しい警備下、東電の株主総会が今日行われました。入場株主は荷物検査を課され(とは言っても空港の出国検査程ではありません)ての入場です。入り口前には多くの市民団体と思われる方々が各々の株主提案に賛同してもらおうとビラを配っていました。会場に入って東電役員の顔が見えるところでと思い、前の方に進むと「提案株主席」に気づかずに座りそうになり、その一列後方の真ん中に着席しました。三々五々集まる「提案株主」の皆さんは顔見知りのようで、それぞれ挨拶を交わしています。総会開始前段はお決まりの進行でしたが、時折経営側への怒号が飛び交うだけでなく、株主間で怒号が飛び交っています。原発反対派、古い原発の廃炉推進派、原発再稼働派あるいは東電関係株主、一般株主となかなか単純に色分けできない複雑なStake Holderの面々です。

既に夕刊で報じられていますが、結果は全て株主提案は否決され、経営側の意向に沿った決議となりました。The資本主義の結果と言ってしまえば当然ですが、一方で何か無力感のようなものも感じます。先般の都議選の投票率は低かったですが、行かなくても結果は変わらないという多くの方々と同じ脱力感を想起させました。

経営者側で壇上に登っていた方々は60~70名いたでしょうか。最前列の23名は会長以下全員男性でした。最後方の左隅に一名の女性を確認しましたが、その方は株主数と有効株個数を説明するためにいた方です。一方対照的に、株主提案の趣旨説明に立った10数名のうちの9割近くは女性でした。技術的な独自提案を説明されたEngineerと思しき男性もいらっしゃいましたが、女性が圧倒的に多かったです。私に質問の機会を頂戴できたとすれば、役員に3割くらいは(5割でもいいのですが)女性を入れたらどうかと提案したでしょう。それくらいまるで男性理論対女性理論のように見えた対立構図です。

質疑は途中で打ち切られ3時間半ほどの株主総会は主催者側の思惑通り(想定の範囲内で)終了しました。沢山の質疑応答がされましたが、公平に見てまともに回答した役員は非常に少なかったと言わざるを得ませんでした。質問論点の急所をかいくぐり想定問答集に沿った回答は少なくとも誠意を感じられるものではありませんでした。3.11以降にその職に当たられた経営陣にしてみれば火中の栗を拾ったのに、何故ここまで過去の経営者の無為無策の責任を背負わせられるのかと思っていたかもしれません。何とか切り抜けて無事総会を終わりたいという気持ち、それが明らかに表れていました。一般株主もそれを十分わかっています。国策で進められた原発の大事故。炉心融解、放射能漏れ、冷却水処理、放射能がれき、作業者の被曝、被災者への対応と後処理だけでも大変です。東電だけでは無理です。原因と責任を明確にした上で、東電で責任の持てる範囲に限定して株式会社の責務を果たしてもらいたいです。東電を矢面に立てて国の責任をうやむやにするのはやめてほしい。新規原発についてはしっかり時間を掛けて安全性を高めていくべきです。成長戦略/金になるからと焦って海外に売り歩くのはどんなもんでしょう。各国の大統領や首相が経営者団体を引き連れて官民商談しています。全部を否定するものではありませんが、やはり金より大事なものがあるはずです。

質疑に立ったひとりの女性の話に目頭が熱くなりました。質問既定時間の3分間一生懸命訴えていました。3人の子育てをされて、現在は介護の仕事に就いている方です。原発の近隣に住まわれていた方で20数年前から東電に「原発は本当に大丈夫なのですか」と問いかけていたそうです。その度に東電は「飛行機が落ちても、地震が起きても大丈夫」と所謂『安全神話』を語っていたそうです。証券会社からは「東電は大丈夫」と言われ、主人には反対されたけれども当時40数万円の東電の株を買いましたと。今日は会社を休んで初めて総会に来ましたと、こんな普通のおばさんをここに来させるほどの状況になっているにもかかわらず(経営者の皆さんは立場上本心を言えないこともあるでしょうと理解を示しつつ)、これまでの話は結局お金の話ばかりじゃないですか。私は命の話をしているんです」と時折笑いも誘いながら、しかし毅然と言い放ちました。

安倍首相は2020年までに、指導的地位に女性が占める割合を30%以上にすると述べられましたが、それでは遅いです。選挙でも「景気の問題」が一番の争点となることが多いですが、それは表層の問題であって今世界で抱えている問題の根っこの多くは実はお金の問題ではなく倫理の話なのです。特に高度成長期を終えて安定成長期に入った社会では、それを構成する人々の割合と全く異なる構成人員で社会(あるいは会社)を運営することの危うさを認識しなくてはならないと思います。なるべく多くの人が社会参画できるように皆選挙でも一票を投じて欲しいです。まだまだ日本は多様性とは程遠い状況で、これらを放置しておけば日本の国際的地位はさらに低下していくこと必至です。

Carbonless EnergyとMoneyの話

2013年6月22日 at 8:44 AM

最近ブログに対してMailやLINEでいくつかコメントを頂戴しました。PositiveなFeed Backなので書いている本人にしてみれば嬉しいのですが、反面ちょっとしたPressureでもありますね。あまりサボってもいられない気分になります。調達購買が専門の「調達科学研」ですが、調達購買を広く捉えていくと政治経済の問題に波及していきますし、もっと広く捉えれば人間の本性、地球規模の問題、人類の幸福とはという命題に至っていきます。私の専門分野はセミナーやコンサルティングの中でお話してまいりますので、ブログではちょっとはめをはずすことをお許し下さい。

株主総会が今週から来週にかけてPeakを迎えるようです。アベノミクスに乗じてという訳ではないですが、考える時間に余裕が出来ていたので、資産運用Portfolioの一環で、いくつか成長が見込まれる応援したい企業の株を昨年買っていました。株主総会のご案内の手紙が来ましたので、時間が許す限り経営者の生の声を聴くという意味において参加するようにしています。昨日は日立製作所の株主総会に出席しました。社長の中西さんは以前氏が合弁子会社のHGST副社長時代に仕事の関係でSan Franciscoの本社でお会いしたことがあります。その時のご対応、その後のMailでのFollow Upなど丁寧に応対頂いたので非常に好感を持っていました。本体の社長になられてからは果敢に事業の選択と集中を進められ、将来これからの「日立」の姿を形づくられているだけでなく昨年度4.7%の営業利益を実績として出されています(一部株主からは中期計画の5%目標に達していないのは努力不足と叱咤される場面もありましたが)。

株主総会では業績報告や決議案件、当社の課題などが一通り説明されますが、なんといっても株主総会のMain Eventは質疑応答の時間です。ここでのやりとりは、株価のちょっとした動きだけを睨んで日中売り買いを繰り返しているDay Traderの方々には感じられないであろう、会社の品格というものを感じ取ることができます。初っ端の質問は国際環境NGOのGreenpeaceの方から、十分練り上げた原稿を滔々と読み上げ、要は「原発はやめなさい」という趣旨の半ば団体のアピールも含めての発言(会場前では「原発メーカーの日立の株主総会の会場はこちら」という黒地に黄文字の案内看板をおどろおどろしく掲げていました)。それ以降の質問者の半分の方々もそれぞれ表現は違いますが同様な趣旨の発言をされていました。3.11の傷は簡単に癒えるものではありません。心情的には良くわかります。それらの抗議とも受け取れる多くの質問に対して、担当の役員と中西社長は「原子力発電を将来に亘っての重要なエネルギー源」としてこれからも安全対策に注力し推進していく、「決して(死の灰をばら撒くような)恥ずべきことをしているのではない」と決意を語られていました。

他の質問や応援の発言など多々出ましたが、感心したのは応答した全ての役員が株主をまっすぐ見据え自分の言葉で真摯に語っていた点です(勿論想定問答の準備はあったでしょうが)。こういった場面で決算報告書などの書類に現れない会社の品格というものを感じることが出来ます。私自身3.11以降、当分原発再開はないと思っていましたし、あのような事故が起きるとどうしてもNegativeな感じを持たざるを得ないのは仕方のないことだと思っていました。

そんな折、Columbia大学のJeffery Sachs地球研究所長の話を聴く機会がありました。教授曰く「近年CO2濃度は400ppmに達し危険域を超えている。過去300万年での推移は200~300ppmの間を行き来し寒冷期と温暖期を交互に繰り返していた(過去300万年のDataってあるんですね??)」。要は近年の温暖化は自然サイクルを大きく超えていて、「CO2濃度が倍になったら温度は3~5℃上昇し、海面が数m上昇、その結果100を超える沿岸都市が海に沈む」「CO2が海水に溶けて酸化し、食糧確保が困難になる。窒素化合物が水に流れ込んで汚染を引き起こす」。教授は【ANTHROPOCENE】という新語を用いて、人類が自ら人類の世紀に終止符を打つことに警鐘を鳴らしています。勝手に北斗の拳風に言えば「お前はもう死んでいる」と手遅れかもしれない懸念も表明していました。

地震の頻度は過去からそれほど変わっていないそうですが、異常気象と呼ばれる洪水、台風、干ばつ、竜巻などの発生件数は過去の頻度の数倍に上っている数字も出されていました。つまり代替エネルギーを考える時に経済計算で考える時は過ぎていて、すぐにでもCarbonless Energyに代えていかないと地球はあと30~40年しかもたない。それは新興国にはできなくて先進国がやらなければならない義務であり、挑戦であると締めくくっておられました。原発反対を唱える方々がArmishのように一切電気を使わない生活をされるのであれば一貫性はあると思いますが、電気のない生活が出来ない多くの人達は本当に真剣にエネルギーの節約とCarbonless Energyへの切り替えを行わなければならないと切に感じた講演でした。

前段で揶揄したDay Traderが操るMoneyも個人の眠れる金融資産であったり、大切な老後を支える年金基金であったりと個人個人にその意図は無くともMoney Gameに一役買っていたりするわけで、身の回りの事柄とそれを取り巻く大きな仕組みの両方を見極めて身を処していく必要がありますね。来週は東電の株主総会に行ってきます。

梅雨入り宣言と予測精度

2013年6月3日 at 3:04 PM

気象庁は今年平年より10日早い関東甲信地方の梅雨入りを5月29日に発表した。しかしながら、天気は至って良好。東京は一週間先まで雨の降る予報はない。もしかして気象庁そのものも早まったと後悔しているかもしれない。普段から気象庁の予測精度はあまり期待できないと思っている人は少なからずいると思うが、かと言って天気予報を見ない人は少数であろう。運動会やBBQ、そんなイベントを前にして天気に無頓着ではいられまい。

このお天気ビジネス、Needsはあるが、顧客の満足できるレベルに至っていないので、設備投資が掛かるものの、まだまだ新規参入の余地のある業種であると言える。実際、特定顧客に対してより精度の高い情報を提供している会社はあるし、コンビニの弁当の仕込み量や飲料水の仕込みはそういった情報に大きく依存している。

私は今日は外出する予定は無かったが、梅雨の合間の晴れ間にしては随分ピーカンなので、たまに気分転換に出掛ける近くの大池公園に散歩に行ってみた。いつもように公園遠周を歩いていると、正面からランニングの女性がこちらに向かって走ってくる。ゆっくりのスピードなので、特に目を留めることもなくさっと視界から過ぎ去っていく姿のはずであるが、なんとその女性は少し驚きの表情を浮かべ、今までしたこともないのではないかと思われるムーンウォークで後ずさりし、踵を返す形で右手の小道に走り去っていった。まさか私を見て恐怖を感じた訳でもなかろうが、気に留めることもなく歩きすすむと、彼女の行動に合点がいった。体長1m以上もある蛇が舗装された小道を横断中であったのだ。鎌首をあげることもなくスルスルと身をくねらせて進んでいくので、しばし足を止めて「一体、どこへ向かうのか」観察したくなった。その大蛇(横浜では大蛇の部類かと)はPaceを変えることもなく我が道を行くかのごとく池の方向に向かっている。果たして最後は池に入るのか?私も距離を保ちながらそっと池の方向に歩み寄っていく。

大蛇は池の手前までいって、その石積みの段差にびびったのか、右へ逸れて池の周りを少しなぞったあと、来た方向の草むらへ舞い戻ろうとする。水は嫌いか? さてもう少し見てみようか、見るのは止めて先へ行こうか少しの逡巡があった時に、回りの動物の鳴き声に気付いて回りを見渡すと、周囲には7~8羽の鳩が私を囲むように手摺の上に、あるいは池の石積みに集まってきている。そのうちの1羽か2羽が聞きなれない奇妙な鳴き声を発したかと思ったその次の瞬間、池の向こう岸から何十羽もの鳩がヒッチコック「鳥」宜しく私の方へ猛烈な勢いで飛んできて頭を啄まんばかりに羽を大きく広げて着地態勢を取っている。その羽音の大きさに直感的な恐れを感じた私は、その場を一目散に逃げ去った。よかった糞をかけられなくて・・・・

多分、鳩たちはこれまでの経験から池の近くの人間は餌をくれるものと思い込んで、仲間を次々と呼んでいたのであろうと勝手に解釈した。でなければ、鳩に襲われる謂れも心当たりもない。

蛇に近寄り観察、鳩がたかってきて、そこから逃げ去るという、平日の平和な公園では全く想定外の数分の出来事であった。事が起こった今ですら現実だったのかどうなのかさえ定かでない。鳩にあんなに恐れを感じたこともない。

予測とはかくも脆く困難厄介極まりないものである。天気は悪い方に外れれば怒りたくもなるが、良い方に外れたら人間はその結果に寛容なものである。製造業の需要予測も上方修正には何とかやってやろう、お客様をお待たせしてはいけないとMotivationが上がるが、下方修正の場合は注文キャンセル、残材処理と全く後ろ向きな仕事で、かつお客様には何一つBenefitを差し上げられない。いっそ需要予測なんてやめたらという気分になる時もあるが、投資判断ともなれば、ある程度長期に亘る需要予測無しではビジネスは成り立たない。需要予測と同時にどういった販売戦略でどの程度シェアを取るかといったまさに製販一致した腹落ちした計画を立ててしかるべき責任者が責任を持って進めるべきものである。既存事業の場合はその経験と知見も積まれているので、そんなに大きく外れるものではないだろうが、全く新規の事業となると非常に困難な作業になると思われる。その際の最大のRisk Managementは多くの人の意見を聞くことである。様々な経験や知見、趣味、人脈、多様な人がいればいるほど、予測の確度が高くなる。少なくともRisk Factorを明らかにすることはできる。大企業でも中小企業でも企業の大きさを問わずいつも決まった人が意見を引っ張り、限られた経験とバイアスの掛かった判断で結論に持っていくことや、いつも同じメンバーで寄り集まって肝心な核心議論が抜け落ちて結論に至ることが一番危険である。会社組織の風通しの良さこそが予測困難な状況に際してRiskを避けて前へ切り開いて進むことのできる最大の武器である。No Risk, No Returnとはそういった回避策(戦略とは如何に戦をせずに勝つかということ)を充分取った上での不退転の決意を示すのであって、それなしでは単なるギャンブル。最後は天から糞が降ってくる運命が待っている。

観光立国日本へ

2013年5月16日 at 11:36 AM

昨日の日経新聞夕刊に「電車は時刻通りに正確に来るし、町は清潔で空気もきれい。治安が良く、深夜でも女性が普通に街を歩ける。人は優しくて親切だし、食事は美味しい。生け花や茶道にはおもてなしの心が込められている。能や文楽などの伝統芸能は奥が深く、惹きこまれてしまう。トイレは冬でも暖かく、温水洗浄便座は画期的な発明だ。織物の伝統は建築設計の進化にも通じる」と留学生のスピーチでの日本の印象が書かれていました。

私もアメリカ生活を11年半経験したり、色々な国を訪問したりしたので、日本の良い点、これら本当にそう思います。そして留学生の方がそのように感じてくれたことをとても嬉しく思いますし、沢山の方にそういった想いをもってもらいたいと思います。

あるランキング調査によると、行ってみたいとする日本の国の魅力は第3位だそうです(ちなみに第1位はイタリア)。しかしながらInboundの実数は第30位だそうで、最近は国を挙げて誘客をしている韓国に追い抜かれたそうです。日本にはこれまでの円高で来にくかった面もあるとは思いますが、アベノミクスで円安に振れましたし、どんどん観光客の皆さんに来ていただきたものです。最近ではタイの方など海外からの観光客が本場のラーメンを食べに来られるようですが、私も赴任期間中、日本に出張で来て、一番食べたかったのがラーメンでした。日本の食文化のみならずおもてなしの心など、どんどん日本の良いものを輸出して、本場の日本にも遊びに来てもらって日本を経済・文化両面で活性化したいですね。

昔、竹村健一氏が「日本の常識は世界の非常識」なんて言ってましたが、良い「日本の常識」を「世界の常識」にしていく努力もしていきましょう。上述のなぜ日本に来たいのに来ないのかの理由のひとつに「外国人への親近感が低い」というのがあります。確かにアメリカ在住時は目が合えば挨拶するのが常識でしたが、日本では知らない人とは目を合わさないし、挨拶もしませんね。外国人の方を見かけたら気さくに挨拶をしましょう。日本人の場合、言葉も壁も大きいかもわかりませんが、困っている外国人を見たら声を掛けてあげましょう。通じなかったとしてもあなたの誠意や優しさは通じます。ユニクロや楽天が社内用語を英語にしていますが、いずれは壁も低くなっていくと期待します(先日、竹中平蔵氏の話を聞きましたが、大学の入試にTOEFLを導入したのに続き、公務員試験にもTOEFLを導入して官からも英語力の底上げを図るらしいです)。

一方、都市の競争力某ランキングに目をやると東京はいつも第4位だそうです。上位4都市は変わらずNY、London、Paris、Tokyoだそうです。Londonはオリンピックの年に第1位になったそうですが、オリンピックで都市再開発をやると効果があるんですね。東京もオリンピックが来たらランクは上がるでしょうか。

さて、東京を第1位にするために何をすればいいのかというSimulationをしたそうです(By竹中氏)。3つの難を解決すればいいのですが、それは①物価が高い、②規制が多い、③アクセスが悪い、だそうです。竹中氏は小泉内閣の規制緩和の中心閣僚でしたから「さもありなん」といった感じでしょう。確かに外資を呼び込むにはこれら全て(①は難しそうですが)を変革していかなければならないというのは納得ができます。そのうち羽田空港と新幹線(リニア新線?)がつながるかもわかりませんが、乗り換えなしのアクセスは皆さん望むところでしょう。竹中氏は経済特区の話にも触れて、アベノミクス第3の矢である成長戦略は政府には具体的な事業を興すことはできない、特区を作って優良な会社に進出してきてもらって、その方々に民間の知恵を絞ってもらって経済を活性化したい(増収)、政府はその器をつくるとの事でした(確かに「民間投資を喚起する成長戦略」と安倍内閣では謳っています)。全国にいくつできるかわかりませんが、複数の経済特区が立ち上がりそうです。であれば、当然規制緩和とアクセスの改善は取り組まなければならない課題ですね。

これで財政の健全化(第4の矢)に向かえば言うことなしです。日本人は皆親切なのに、外国人には親切に見えないようなので、ちょっと勇気を持って外国人に接しましょう。日本に来ている外国人は少なくとも日本に悪い印象を持ってきている人たちではないと思いますし。

 

CSV (Creating Shared Value)

2013年5月16日 at 10:27 AM

ハーバードビジネススクールのマイケル・ポーター教授が提唱したというCSVという言葉が目に留まりましたので、考え方を勉強してみました。

基本的には社会問題の解決にビジネスの手法を持ち込んで解決していこうという考え方です。世の中には環境問題、貧困問題、障がい者雇用、住宅問題、健康問題など課題が沢山ありますが、一般にこれら社会問題は政府や自治体がやることで企業は関係ない(企業は税金を払っていますから、それらで賄ってくださいという考えが一般的でしょう)とされています。勿論主に大企業ではCSR活動を通じて良い評価を受け、良い市民を生み、害悪を減少させ、ステークスホルダーと良い関係を結ぶといった活動も行っています。社会問題解決の為に様々なNGO、NPO、ソーシャルビジネスも活動していますが、ポーター教授によれば、それらの活動は大規模に展開する技能や資源に乏しく、小規模の人を助けることはできても何億人もの人を助けることができないと論じています。

企業は利益をあげる力があるから社会問題を解決できるのであって、社会問題対策と利益創出は相反するものだと考えることは企業が多くのビジネスチャンスを逃しているとポーター教授は指摘しています。多くの企業がステークスホルダー間の利害関係のバランスを取らなければならない状況であったり、たとえば経済的な成功と環境的な成功はトレードオフ関係だと考えたりすることは危険な考え方だともしています。

日本は敗戦後、少なくない企業がCSVの考え方を持っていて、日本の再建の過程で多くの起業家・経営者が資本主義を通じて国家再建をしようと企業活動を行っていました。昨今の例をとれば震災が起きたら何ができるかと企業に問うと、寄付をしますとか、ボランティア社員を現地に派遣しますなどの答えが返ってきますが、社会変革のためには寄付からビジネスへの思考の変化が必要だとポーター教授は説いています。

たとえば住宅問題を例にとれば、寄付金に頼った財団から安価の住宅を提供するより、安価な家を建てる力を持つ企業のビジネスモデルを創造することができれば規模がさらに拡大し、問題解決にパワフルに寄与できて、社会的価値を増すことができるのです。

現代の若者たちは育ってきた時代背景から社会問題に関心が高く、多くの人が医療、環境、低所得、貧困といった社会的課題にNGOなどに参加して情熱をもって取り組んでいる人が少なくありません。その意識やその気持ちは素晴らしいもののその効果は限定的小規模で、根本的問題解決にはなりません。やはり構造問題に取り組まないと多くの人を助けることはできないわけです。

我々はどうやらモノの見方が狭くなってしまって、本来の企業の存在意義、あるいは企業が提供する社会的な価値、収益をあげることによってどのような社会的価値をもたらすことができるのか忘れてしまったようです。企業が持っている資源や専門性を使って社会問題を解決する、そして利益をあげて、社会的価値を増大させる、これがCSVの考え方の基本と理解しました。

第四回早稲田会議

2013年5月8日 at 4:15 PM

今日は毎年この時期に早稲田大学井深大記念ホールで行われる早稲田会議記念講演会に参加しました。2010年から始まったこの会議は正式にはCEOラウンドテーブルと呼ばれ、2日間に渡って経済人や学者が非公式で議論を行う場として催されています。私は一般公開となっている記念講演会に第二回目から出席していて、過去ファーストリテイリングの柳井正氏、コマツの坂根正弘氏が登壇し、今回は前中国駐在全権特命大使の丹羽宇一郎氏が登壇しました。

「日本のこれから」~企業は人なり~と題された講演では最近の日中韓の関係、中国が低成長期に入ったとする見解、日本の人口減少に触れ過去の延長線上に日本の繁栄はない、国を挙げて教育投資を行い、個人個人はもっと自立をしていかなければならないといった論旨を展開されました。

私の印象に残ったのは冒頭、中韓のトップが繰り返し口にしたという「中国の夢」(習近平主席)、「韓国の幸福」(朴槿惠大統領)というそれぞれの国の目標目的です。
国を率いるトップが何のために政(まつりごと)を行うかは国民として大いに気になることであり、それが論点として選挙が活性化し、健全な形で民意が反映されていくのが理想の姿のはずであろうと思います。前述の2国が民意を反映した民主主義か否かといった体制の議論は別にしても、「理想」を語らずして進歩はないと私は思います。

丹羽氏によれば中国の予算のうち最も大きなものは教育費(30兆円相当)、次に社会保障・就職関連、そして農林水産、公共投資と続き、これら合計で国家予算の半分近くにまで達するとの事。すっかり軍事費に大層費やしているのかと思っていた私の目を開かせていただきました。ちなみに国防予算は教育費の1/3程度だそうです。少なくとも中国上層部が教育分野こそがこれからの「中国の夢」の実現に最も必要だと認識して手を打っているということは伝わってきます。

一方、日本の教育予算はOECD加盟国でGDP比最低といった数字も丹羽氏は紹介していましたので、私なりに調べてみました。行政の縦割りだったり、地方予算で賄っている部分があったり、家計負担で塾などが流行っていたりと一概に日本の教育費が低いは言えない点もあるようです。共産圏とは比較しにくい話ですが、少なくとも日本には統一された教育国家戦略はないと言わざるをえないでしょう。これは今の日本にどんな国になろうとしているかといった目標目的意識が希薄だからなのではないでしょうか。

安倍総理の「三本の矢」の最も大事な成長戦略には、Life ScienceとEnergy革命が主要候補と丹羽氏は語っておられましたが、こういった成長分野に教育投資を含めて着実にやっていかなければならないと私も思います。民とか官とか言っている場合ではないのでしょう。時間は掛かるでしょうが、掛かるからこそ簡単には追いつかれない強みのある産業に育つものと思います。いつまでも日本の高度成長を支えた電機・自動車にばかり依存していてはいけませんね。もちろん各産業でInnovationを起こす努力は否定しませんが、新興国ができるようになっている領域に投資をしていっても経済合理性から言って回収の見込みが立ちません。

講演後の丹羽氏と早稲田大学ビジネススクールの内田和成教授との対談で出ていた話ですが、「日本人は皆同じことをやりたがる、隣と競争して勝った負けたと一喜一憂」と日本人の同質性・同胞性の現代における脆弱性を指摘していました。第三回の坂根氏も同じことに触れていたのを記憶していますが、氏は「強み弱みは状況によって反転するので、日本の特質を生かしてやっていけばいい」といった論旨を展開されていました。

いずれの議論も私なりに共通性を整理すると、「外に出よ」「自立せよ」「人を気にするな」「個性を磨け、そしてそれを際立たせよ」といった文言になりましょうか。今の私個人に関して言えば「毎日一歩でも1㎜でも前進しているかどうか」を自らに問いかけながら自分の頭で考えて、そして明日に向かっていきたいと思います。

行政改革推進本部

2013年4月17日 at 12:20 PM

漸くブログを書ける時間が出来ました。
平成25年4月5日、安倍総理は国会内で、第2回となる行政改革推進本部を開催しました。
この会議では、「行政事業レビューの実施等」、「調達改善の取組み」について議論され、安倍総理は次のように述べました。

「行政改革を進めていく上で、無駄の撲滅への取組みを不断に行っていくことは極めて重要です。
その際のインフラともなる行政事業レビュー及び調達改善計画について、政府一体となって取り組むことといたします。
各閣僚におかれては、一層のリーダーシップを発揮し、積極的に無駄の撲滅に取り組んでいただくようお願いいたします。
行政改革は、政府全体に関わる重要事項であり、行政改革推進会議における審議を踏まえつつ、この本部を中心として進めてまいりますので、各閣僚には引き続きご協力いただくようによろしくお願いいたします。」
http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg7779.html

ギリシャやスペインなど政府の債務肥大化で、そのあおりを受けて若年層の失業率が信じられないほどの高率に至っています。
日本もこのまま放置していては同じ轍を踏むことになりかねません。
若い人たちが夢や希望を持てる国にすることは我々の使命でもあります。政府による調達改革がスタートした時に、私は内閣府にメールを送って、その活動に協力したいと申し出ましたが、何も返信はありませんでした。

でもいずれは政府の無駄遣い撲滅に協力し、生きたお金の使い方にいくばくかでも貢献したいと思っています。

調達科学研ブログ

2013年3月25日 at 4:39 PM

近日中にスタートします。