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父の死

2013年12月30日 at 10:30 AM

12月12日12時過ぎに電話が鳴った。父の死を知らせる電話だった。満87歳(昭和2年2月2日生まれ)を迎えようという年齢であったし、病院通いをしていた時期もあったので、私としては心の準備をしていた積りであったが、やはりその知らせは「突然」であった。故あって父とは過去20年で一度しか会っていない。最後に会ったのは6年前、生前お世話になった大叔母の葬儀の場であった。父は私が現れることを全く予期していなかったのか、老人性痴呆症からなのか、その場での第一声は「どちら様でしょうか?」であった。さすがに名前を告げると「おぉ、来てくれたか」という返事であったが、父の放蕩にあきれ果てずっと別居していた母に対しても同様の「挨拶」であったことを後日聞いた。そんな父のあっけない最期の知らせであった。

兄夫婦が実家の近くに住んでいて、葬儀の手配を進めてくれていたので、知らせを受けて、取るものも取りあえず「父」が安置された大学病院に向かおうとしていた私は、その日は兄に頼り全てを託すこととして、翌朝の出立とした。葬儀場に着くと大きな和室の部屋で「父」は装束を纏い静かに眠っていた。長年の無沙汰を心で詫びつつも、勝手気儘に、そして自由にかつ無邪気に終えた父の87年の人生に思いを馳せ、そのちょっと痩せた顔に私なりの最期の挨拶をした。

兄の手配により手狭な葬儀場から幾分大きな葬儀場に移ることとなった。葬儀社から手配されたであろう「送り人」が移送前に体を清めてくれるということである。私も映画では見たことがあったが、実際には初めての経験をした。比較的若い感じの男女ふたりが非常に礼儀正しい挨拶の後、手際よく、しかし「父」に十分な敬意を払いその「作業」は淡々と進んだ。小一時間くらい掛かったであろうか。男性によって底の浅いバスタブが持ち込まれ、その上に金属枠のネットが重ねられ、お湯の入ったポリタンクがポンプと手際よく繋がれ、シャワーの準備が整った。その間、女性は「父」の爪を手足10本丁寧に切ってくれる。ひげも丁寧に剃ってくれる。仏への愛おしさすら感じられる一つ一つの作業に私は感動すら覚えた。そして同時に一抹の恥ずかしさを感じざるを得なかった。

いよいよシャワーという段になって、私と兄はそのふたりに手伝いを求められて、4人掛りで「父」を持ち上げネットに乗せた。女性は「父」の頭を腕で抱えるようにして、男性は腰のあたりをしっかり支え、私は肩を、兄は両足首を持ってその手伝いを行った。紛れもなくその男女がその作業の主役で、兄弟は補助者であった。そんなに長い時間ではなかったはずであるが、「父」の皮膚の弾力は生身のそれと変わらないものであったにもかかわらず、その皮膚の温度は想像以上に冷たく、その作業が終わった後もずっとその冷たさが手のひらに残った。

男女はその後もいつもの作業をいつもの通り行っていたのだと思われるが、体だけでなくシャンプーもリンスも丁寧に行ってくれた。洗髪の作業の度に頭部が揺れるので、その反動で、すっと「父」が起き上がってくるような錯覚に囚われた。途中、男性から「最期のご洗髪、なさいますか?」と聞かれ、予期せぬ問い掛けに兄弟ふたりとも躊躇して固まってしまった。生まれてこの方親の髪をシャンプーしたことはない。それら一連の作業はほとけに対しての敬意が最初から最後まで行き届いていた。死化粧の程度や好みは勿論のこと、いつものヘアスタイルはどんな感じですか?と聞かれても私は数十年前のイメージしかなく、上はふんわり目で、横はピッタリ目でと確信の無い返事をするのが精一杯であった。真新しい装束を身にまとい、六文銭の紙シートを入れた肩掛けや三途の川を渡る道中に必要だと思われる木の杖も添えられ、生前おしゃれであった父らしい、「父」の旅支度はひとつの抜かりもなく整った。

移った先のセレモニーホールは「平安会堂」というところであった。私が幼少の時からあったものであるが、当時は「平安閣」という結婚式場であった。兄もここで結婚式を挙げている。係りの人にそんな話をしていると、数年前には改装して葬儀専門の会堂に衣替えをしたということだった。結婚式が減って、葬儀が増えるということなのであろう。ドーナツ化現象を早くから迎えていた私の実家近辺ではまさにそうした社会の変化が起きていた。それを父の死で再確認させられた格好である。この会堂の従業員の方々は訓練が行き届いているのだろう、非常に礼儀正しく丁寧に対応してくれた。宿泊施設も最新の設備が施され、運び込まれた棺が安置されるガラス越しの部屋を除けば、広々としてリゾートホテルと見紛うほどである。後から駆け付けた妹のふたりの娘はその部屋の豪華さに大喜びであった。ひと昔前であれば、一晩中線香や蝋燭の火を絶やさぬよう親族が交代で寝ずに目を配っていたものであるが、今は12時間もつ小振りの蚊取り線香のような線香と、太い蝋燭がその代わりを務めてくれる時代となった。数時間おきに「父」の顔を数十分見ては涙していた7歳下の妹が一番心を込めて父を見送ってくれた。

この会堂の従業員の少なからざる人達は、以前には結婚式を執り行っていたのではないだろうか。だとすればいくら冠婚葬祭と一括りにできるとしても、「喜びのイベント」から「哀しみのイベント」に大きく変わっているのだから、その頭と心の切り替えはとてつもなく大変なことだったに違いない。従業員が総入れ替えになったとは、この地方都市では考えにくい。大手の葬儀社の傘下に入っているのだと思うが、ほとけへの接し方、遺族への配慮、色々な新しい知識を研修において学んでいったのでないか。決まった時間間隔で、礼を逸することなく、ほとけが抱えたドライアイスを交換してくれるその姿に、勝手な想像をした。

人は長い人生の中で転機が必ずやってくるものと思う。変化の流れの速い現代に至っては尚更の事であろう。過去の良き日は良い思い出にするものであって、そこに佇んで、そこに固執して、そこに拘っていては生きていけないと感じる。先輩に教わり、自分流に造り上げ、後輩に教えていく。その中身は変化して当然。変化してこそそこに自分の存在を感じることができるはずである。

行く河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず、 よどみに浮かぶ泡沫は、且つ消え、且つ結びて、久しくとどまりたるためしなし、世の中にある人と住家と、またかくの如し(方丈記 鴨長明)。今日という日は、残りの人生の最初の一日と思って2014年を迎える。

 

調達組織の在り方とその活性化

2013年12月6日 at 11:12 AM

10~11月にかけて講演会・企業セミナーなどいくつか続けて行いました。事務局が参加者にアンケートを取ってくれるので、参加者のフィードバックや調達に携わる人たちが今どんな悩みを抱え、どんなアドバイスを求め、どんなことを知りたがっているのかなど多くの参考情報が手元に残ります。そんな内容を咀嚼しながら、来年以降の演題に考えを巡らせています。参加者の質問やアンケートによく記載される項目のひとつに「人材育成」があります。このグローバルな市場で活躍できる人材がいない、どうしたら良いか?というのがその典型例です。

企業によっては「人財」と表記して人材を重要なAssetとして認識しているところも少なからずありますが、人を育成していくということは長期的視野に立って時間を掛けて行うものなので、業績が悪くなったから人材育成に掛ける費用を削りますなんて言っている会社はそもそも人材育成を語る資格はありません。言っていることとやっていることにGapが生じる理由の一つはManagementのKPIに人を育てたら評価される仕組みがないことです。予算は取っても、その結果を追わなければ、予算の無駄遣いか、予算未消化のいずれかで終わってしまいます。どういった人材が必要なのか、長期の事業計画からそのコンピテンスを明確にした上で個々人Custom Madeの育成プランが必要です。レールを敷くこと、経験を積ませること、上司がその背中を見せて範を示すこと、必要な知識はその過程で自分で勉強して得るものです。

そもそも人材育成は上役が部下に対して考えるものですが、実はその上役が範を示すことがなかなか難しく、それゆえ非常に有用なこと、あるいは実は一番重要なことなのかも知れません。世の中反面教師ということもありますが、それは少数であるべきですね、企業としては。大方反面教師では職場のMotivationが上がるはずありません。これがMotivationの重要性に繋がります。馬に無理やり水を飲ませるのではなく、自然と水場に行くように環境づくりをすること、上層部はその環境を自らの実践を以って作る責務があります。

ドラッカー語録に「労働力はコストではなく資源である」というのがあります。企業が従業員の意欲(Motivation)を高めるような関係を築く人事Managementが重要性だと指摘しています。これらは調達部門に限ったことではなく、どの職場にも当てはまりますね。一方、調達部門の特徴のひとつは、その所属の多くがProfit Centerではなく、Cost Centerであるという点です。言うなれば間接部門として扱われているということです。開発購買が叫ばれ、企画設計段階からの原価低減がこれだけ必要とされてきているのに「間接部門」という呼ばれ方はないですね。これが調達部門のMotivationに大きく影響していると私は思っています。

グローバル調達という点では、語学も勿論重要なFactorで、先日日経新聞に掲載された各国英語ランキングで日本は50位。韓国23位、中国34位、タイ43位、ベトナム44位の下位に位置しています。20年前にタイのバイヤーに指導に行った時に皆英語を解するのに非常に苦労していたことを覚えていますが、今は日本がその下なのかと思うとウサギとカメの寓話を想起させます。こういったことも含めてこれから1か月くらいかけて標題の演題の答えを導き出していきます。

Blockbuster全店閉鎖発表

2013年11月13日 at 5:42 PM

米ビデオレンタル大手のブロックバスターは来年1月前半迄に営業中の直営店約300店を全店舗閉鎖すると発表した。ピーク時3000店を誇ったブロックバスターは日本で例えるならTSUTAYA。そこが全店閉鎖してしまうマグニチュードは想像に難くないであろう。インターネットを通じた動画配信が主流となり、DVDレンタルの需要が急激に縮小しているため、全店閉鎖に追い込まれた恰好である。私が駐米中にはアメリカ人の定番として金曜日には好きなDVD(古くはVHSカセット)を何枚も借りてきて、友人と一緒にポテチしながら 「ながら視聴」して深夜まで楽しむのがかなり一般的だった。DISCレンタルからNetworkへの転換を象徴する出来事である。この流れは必ず日本にもやってくる。

ブロックバスターは現在、米衛星放送2位のディッシュ・ネットワークの傘下であるが、遡ること2010年9月に連邦破産法第11章を申請して倒産に追い込まれた。ブロックバスターを倒産に追いやったのが、店舗を持たずに郵送でDVDを貸し出すネットフリックスなどの新業態である。ブロックバスターも遅ればせながら 郵送でのDVDレンタル業務で追随したが時遅し、今回の発表でこの配送センターも閉鎖する。

ディッシュ・ネットワークは2011年4月にブロックバスターを買収して立て直しを図ったが2年半で断念ということか。ディッシュは「ブロックバスター」のブランド名を活用し、既に衛星放送やネットを通じた動画配信を手掛けており、 今後はデジタル配信事業に注力するとのことである。

Music Deviceの歴史をひも解いても1962年にコンパクトカセットテープが、1982年にCDが登場。1992年にMD、2001年にiTuneとTape→Disc→Net配信と変遷が見て取れる。これらの変遷は単に技術変化として捉えるだけでなく、これら技術の変化を通じて消費者の価値観の変化をももたらしている点が注目すべき点だと思う。音楽・映像コンテンツの「所有からの開放」とも言えるだろうか。お気に入りのレコードやCDなどを買い集めて棚に並べて自慢するのは50代以上の世代か、マニアに限られ、一般には聴きたい音楽を聴きたい時にStockではなくFlowで扱うのが特に若者には多いのではないか。

レイチェル・ポッツマンとルー・ロジャースの書いた「SHARE」の所有から共有に変わっていく価値観、エネルギー問題の観点では消費から循環型社会への要請、ネットワークとリスク回避は集中から分散を志向するなど、ビジネスで同世代の男性が集まって議論していたのでは社会変化の対応に追いつかない気がする。企業の重要案件こそ老若男女あらゆる観点から指向性の検証をすべき時代である。

一神教と多神教

2013年10月29日 at 2:43 PM

アメリカに駐在していた時に立食パーティなどの席でタブーとされる話題は政治や宗教の話であると言われました。親しい仲間内ではそうではないでしょうが、激しい論争になる可能性があるので避けた方が宜しいということなのだと思います。しかしそういったことが実は社会では重要で、私のブログでは話題に挙げていきたいと思います。

世界の宗教人口はキリスト教が22.5億人で一番、次にイスラム教15億人。それにユダヤ教1.5億人を加えると世界の55%以上の人達が唯一神教、つまり唯一の神を崇み他の神々を認めない信者です。いずれも聖書の預言者アブラハムに繋がる「アブラハムの宗教」と呼ばれ、兄弟宗教とも言えます。言ってみれば同じ神を信じているわけですが、何千年と争いが絶えませんね。どれほど多くの人が「殉教」していったのでしょうか。

最近、欧州ではキリスト教信者(毎週日曜日に教会へお祈りに行く人)が減っている一方、世界的にはイスラム教が勢力を伸ばしていると聞いています。日本人は無宗教とか言われて「信じる宗教がないなんて何てことなの!?」と非文明人のように思われていた時もありましたが、世界的にもだんだん宗教に頼らなくても生きていける、あるいは信心している時間が無くなるほど忙しくなってくると宗教心は薄れてくるのかもしれません。個人的に自立してくれば必ずしも宗教ではなく自らの信条を支えに生きていく人が増えてくるのかもしれません。

日本では一般的には山や川など自然に恵まれ、自然信仰から所謂八百万の神を信仰する多神教神道が起源とされ、その後の仏教の伝来やキリスト教の布教などにより紆余曲折はありましたが、現代社会では神と仏を合わせた神仏習合が多数を占めています。憲法で保障された宗教の自由により様々な宗教団体が存在し全国に22万(宗教法人18万)あると言われています。日本は文化的にも諸外国から新しい文化や異文化を取り入れるのがうまく、排他的な歴史はそう多くはありません。寛容な民族と言えるかもしれません。多神教はもともと複数の神様が存在するので、一つ二つ増えても大勢に影響ないということなのでしょう。

ゾロアスター教やバラモン教も一神教に括られますが、他の神を排他しません。神道・道教・ヒンドゥー教は多神教で、ギリシャ神話・北欧神話・ケルト神話などキリスト教化以前の神話には沢山の神が出てきて、多神教と言えます。紀元前15世紀頃アナトリア半島に王国を築いたヒッタイト帝国は高度な製鉄技術によりメソポタミアなど周辺国を次々と征服しましたが、それぞれの神を内に取り入れて弾圧や消し去ることはしなかったそうです。

今は世界の半数以上の人達が唯一神しか認めず、多神教の私から見れば不毛な戦いに終始している姿は痛々しさを感じます。それが人々を救うはずの宗教の姿なのかと。イスラム教の教義には一夫多妻が認められています。アフリカにも宗教とは関係なく一夫多妻制が認められている国がありケニアには特に多いと聞いています。日本でも上流社会における側室制度や富裕商人が妾を持つということも社会的に認められていました。それらの中には戦いに明け暮れるため、男子が少なくなり、それを補う形で制度として定着したという見解もあります。この場合は戦時における戦士を作るための仕組みだったと言えましょう。社会が安定化してくると一夫多妻制の必要性は減少していくのだろうと思います。

戦いは貧しさを生み、貧しさは教育の機会を奪い、成長のチャンスを与えられず延々と社会の底辺で生きていかなければならない人生の何と悲しい事か。憎しみの連鎖から何も得るものはないと歴史が証明していると思います。他人への寛容さを持って、自己の鍛錬を以って平和な社会の実現に向かってほしいと思います。実は私の小学校卒業の寄せ書きには「世界平和」と書きました。今、それが蘇ってきました。

 

日本の財政再建

2013年10月27日 at 4:17 AM

財務省は2013年8月9日国債・借入金・政府短期証券の残高合計が1008兆円6281億円に達したと発表した。これはGDPの2倍以上、国民一人当たりで言うと792万円の借金を背負っている計算である。将来の人口が減っていくことを考えるとその負担は相対的にさらに大きくなっていくことになる。

政府もこの状況にこれまで手をこまねいてきたわけではなく、1997年度予算編成方針で「財政健全化目標について」を閣議決定し、この年を財政構造改革元年と位置づけ改革に乗り出している。また2001年には郵政民営化を争点に小泉内閣が誕生し、プライマリーバランスつまり単年度の黒字化に向けての財政の立て直しに着手している。しかしながら、その改革は挫折と数字合わせの会計操作に終わっており、以降赤字国債発行が急増していったことは記憶に新しい。遅々として進まぬ財政再建に取り組む姿勢を見せ、国民の大きな期待と支持を取り付けて政権交代を成し遂げた民主党政権は、「政治主導」を旗印に掲げ、無駄を省き国民の負託に応えると言ったものの、事業仕分けなどは拘束力がなく表層的に終わり、結果的には子供手当・高速道路無料化・公立高校無償化などのバラマキが残り、外的要因としては2008年のリーマンショックからの景気後退にも悩まされ期待の大きさの反動で求心力を無くし瓦解していった。

政治家は選挙のたびに選挙民に対して耳触りの良い支出増や減税などのリップサービスが求められ、政権交代が頻繁であればあるほど財政再建の道は遠ざかる。これから3年間は選挙がない安倍内閣がアベノミクス3本の矢でデフレ脱却を果たし、経済成長軌道に乗せ、本丸の財政再建を果たすラストチャンスになる歴史的に重要な時期である。

国の財政と民間企業の財務とは性質を異にするものであるが、歳出歳入のバランス・収支のバランスという意味では相通じるものがある。日本の場合は借金の9%程を外国に依存し、9割以上は国内で償還されているため、ギリシャのような問題はすぐには起きないものの、言ってみれば将来世代にツケを回して現在世代がむさぼっている状態である。この状況下で若者層の投票率が低いというのが私は全く理解できないのであるが、かといってもう日本から出ていくといった強者もそう多くはないらしい。年金には期待できないと諦めている若者の声もよく聞く。日本の資産と負債ではまだ若干資産が多いが、ある学者の試算ではこのままいくと2017年にも債務超過になるらしい。まだまだ諦めてしまうような末期的状況ではないが、最終的には社会保障の質低下や課税強化をしなければ破綻の道を歩む。特に若年層にとって自分たちの将来をより明るく迎える為の権利である投票権をなぜ行使しないのか。放っておいたら身勝手な現在世代がこの世からいなくなってしまった後に、財政赤字の拡大→経常収支の悪化→自国通貨の暴落・信用低下→金利上昇→財政破綻というシナリオが現実味を帯びてくる。これまで10数年低金利が続いてきたので、国債の金利負担は少なかったが、アベノミクスが奏功すれば金利は上がり、財政再建の道はまた険しくなってくるのである。

そもそも財政再建とは景気動向に左右されない、つまり景気回復による収入増を期待しない前提で考えなければならない。これまで楽観的な指標を基に改革を先送りしてきた前政権・官僚ひいては国民の無責任を反省すべき時である。アベノミクスを期待する半面、期待しすぎる楽観論を前提にした財政再建は如何なものかと思う。民間企業で言えば売り上げ増に頼らない構造改革みたいなもので、原価低減すなわち歳出削減をしなければならない。10%の消費税だけで財政再建できないのは多くの学者が指摘しているところである。今の国のかたちを続けていたら、世代間格差が広がるのみならず活力のある国づくりはできない。折角テイクオフ仕掛っている成長戦略も画餅になりかねないのである。

マクロの財政再建議論は多くの方々がこれまでも行っており、その中では社会保障の見直し、経済成長戦略、直接税から間接税へのシフト、公務員制度改革、一般会計と特別会計合わせての透明性、財政規律の法制化などある。並行してミクロの実践論ともいうべき、ある限られた予算の中でどのように効率的に予算を使い最大限の効果を出すかといったValue Engineering的視点がもっと脚光を浴びてくるに違いないと思い、己の剣にも磨きをかけなければいけないと思っているところである。

 

 

 

イプシロン3度目の正直とMRJ3回目の開発遅れ

2013年9月18日 at 5:28 PM

宇宙航空研究開発機構(JAXA)とIHIエアロスペースが開発したイプシロンロケット試験機が2013年9月14日14時、2度の延期を経て無事に空へと飛び立った。当初は8月22日の打ち上げ予定であったが、信号中継装置の誤配線により延期され、同月27日の打ち上げ予定も自律点検装置がロケットの姿勢異常を誤検知したため、打ち上げ19秒前にカウントダウンが中止され、再延期されていた。私は27日のTV中継を見ていたので、管制塔のカウントダウンがZeroになっても噴射も水蒸気も轟音も出ない画面にあっけにとられていた。現場で発射を疑わずに長時間待っていた子供たちの不安な顔がとても印象的だった。

イプシロンロケットは、2006年度に廃止されたM-Vロケットの後継機として2010年から本格的に開発が始まり、全体設計に新しい技術と革新的な打ち上げシステムを採用することで、簡素で安価で即応性が高くコストパフォーマンスに優れたロケットを実現することを目的に開発され、最終的にはM-Vロケットの約3分の2の打ち上げ能力と約3分の1の打ち上げ費用(30億円以下)を実現することが具体的な開発目標だそうである。新たに開発した搭載点検系の機器と簡素な地上設備をネットワークで結んで自律点検機能を持たせることにより、数人とパソコン数台でロケットの打ち上げ前点検や管制を行うことが可能となり、原理的にはインターネットを通じて世界中のどこからでもパソコン1台(もう1台はBack Up)で全ての管制が可能とのことである(セキュリティ上から現実的ではないが)。

正直2回目の失敗をTV画面で見たときはガックリし、日本の技術はどうした?とその瞬間思ったが、新しい挑戦には失敗はつきもので、これから新興国がこぞって通信衛星を上げることになれば日本の技術力がコスト競争力をもって新しい市場を切り開くことになることを大いに期待している。逆にこれまでこういった今後成長が期待される新しい市場に日本の技術力のベクトルが向いてなかったのではないかという印象を持った。今後の商用化の中で今は日本が弱いとされるハッカー対策やセキュリティ対策を施して国際競争力のある、万全なシステムを構築して欲しい。リーダーの森田氏は打ち上げ成功後に「打ち上げるまでに異常対応の手順を100以上考えてきたが、それらがみな無駄になった」と笑顔で語った。

もうひとつの期待のビジネスであるMRJ(Mitsubishi Regional Jet)であるが、そもそもは2002年経済産業省が推進する事業の一つであった新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が提案した計画をベースとして、三菱航空機が独自に進める日本初の小型のジェット旅客機である。日本が独自の旅客機を開発するのはYS-11以来40年ぶりなので、航空機ファンならずとも期待は相当大きいものがあろう。

2008年に三菱航空機は事業化を発表し、9月の時点では2011年に初飛行、2013年に納入を開始する予定だった。1年後の2009年には胴体と主翼の設計変更に伴い初飛行を2012年第2四半期に、初号機納入を2014年第1四半期に見直した(実はJAXAも機体開発に協力している)。そして更に3年半後の2012年4月には、開発並びに製造作業の進捗の遅れから、試験機初飛行を2013年度第3四半期に、量産初号機納入を2015年度半ば~後半に延期になった。そして今年2013年8月22日には装備品について、パートナー各社と協力し、安全性を担保するプロセスを構築することに想定していたよりも時間が必要だとして3回目の開発スケジュール(試験機初飛行予定を2015年第2四半期に、初号機納入予定を2017年第2四半期に)の遅延を発表した。

実に事業化発表後5年間に初号機納入が4年も遅れたということである。素人目には飛行機を飛ばすのとロケットを飛ばすのは技術面から言えば、後者の方が難易度が高いと思うのだがどうだろう?しかし、事業化には多くのパートナーの存在があり、その関係者の一体感の強弱がプロジェクトの成否の大きなファクターになっているのではないかと推測する。企業で言えば共通の志・社内の風通し、社外との関係で言えば信頼関係・責任感。新たな挑戦に対して賛辞は惜しまないが、グローバルな連携が不可欠なプロジェクトが増える中、他山の石となる事例である。

台北紀行

2013年9月14日 at 5:23 PM

まだまだ暑い日が続いていますね。言い訳になりますが、暑さのせいですっかりブログの更新をさぼってしまいました。早く涼しくなって外へも繰り出したいですね。

今月の初週に台北を訪れました。出張では何十回となく訪問した台北ですが、観光する機会はほとんどなく、それまでは故宮博物館と北投温泉くらいしか行っていませんでした。

今回は3泊4日。一番の目的は私が社会に出たての頃に以降の生き方・考え方に影響を与えてくれた(私の中の)3聖人のうちのお一方に10年ぶりにお会いする為でした(他のお一方は私が駐米中に鬼籍に、もうお一方はご健在)。御年77歳になられるこの方からは自由奔放に生きるエネルギーを教えていただきました。今でも私以上にお元気で、10年の歳月を経てまたまたエネルギーを注入していただくことと相成りました。鬼籍に入られた方からはダンディズムを、そしてもうお一方からは論理的な思考を教えていただきました。いずれの方も私に教授したという意識はなかろうかと思いますが、若かりし頃の私が社会を生き抜いていく上で掛買いのない財産を勝手に頂戴したものであります。私自身成長していく過程で以降人生の基本的な教えをいただく方にお会いすることはなくなりましたが、若かりし頃にこういった方々にお会いしたことは紛れもなく今の私の存在を確かなものにしてくれています。感謝感謝です。

台北に滞在中、圓山大飯店、孔子廟、科学教育館、国民革命忠烈祠、228和平公園、龍山寺、中正紀念堂、淡水、象山、総統府、国父紀念館などを回りました。街々にあるお寺には常に参拝客が大勢訪れていて、その信仰心の高さに驚きました。地下鉄では博愛席というSiver Seatには空いていても若者は座りませんし、お年寄りにもすぐに席を譲ってあげていました。儒教の精神はきちんと受け継がれています。孫文(中国では孫中山)や蒋介石(台湾では蒋中正)の存在はあの銅像ほどの大きさがあるかどうかはともかく、少なくとも孫文の悪口を言う人には私は会ったことがありません。中華民国の建国の父の威厳はいささかも損なわれていることはありませんでした。(ちなみに私の卒論は孫文の辛亥革命を日本で支援した宮崎滔天の息子で、のちに各方面に多くの人材を輩出した東大新人会に所属した宮崎龍介という人の人物研究でした。宮崎龍介は1927年蒋介石と日中連携を意図して会談しています。)

国民革命忠烈祠は、誤解を恐れずに言うとすれば日本でいうところの靖国神社みたいなものです。辛亥革命を始めとする中華民国建国および革命、抗日戦争などにおいて戦没した英霊を祀る祠で、文烈士祠、武烈士祠約40万人余りが祀られています。実は安倍総理は3年前にここを訪れています。その当時は馬英九総統は総統府で歓迎レセプションを催し、中でも唯一忠烈祠に祀られている日本人の山田良政(辛亥革命に協力した日本人で1900年10月に清に捕えられ殺害された最初の日本人とされる)について安倍(当時元)総理は説明を受けたと報道されています。今回、私はそういった施設を訪れてそれぞれの国を、一部にはアジアの将来を想って英霊となった皆様に合掌してきました。

当時のアジア各国の知識人達は西欧列強にアジア分割植民地化されるという強烈な危機意識の中にいたと思います。孫文は1924年神戸で日本に対して大アジア主義の主張を呼びかけたことも、一方で日本政府内における欧米列強への対抗策が北進論・南進論であり、最終的には大東亜共栄圏という形に集結されていったことも、根っこは同じところにあったと思います(今回訪問した総統府内部見学では吉田松陰から井上毅までその思想が受け継がれたと流暢な日本語で説明された)。それぞれの人達の想いとは違った形で第二次世界大戦敗戦を日本は迎えます。勿論私は戦争を肯定する立場ではありませんし、歴史の事実は大事です。それにもまして、何が人を突き動かしたかが問題の本質であると私は思っています。これからも歴史を顧みつつ、将来がより良い未来となるように、今はぶつかり合って牽制し合っている東アジア諸国が前を向いて進んでいけないものかとの思いを新たにした台北訪問でした。

観光立国日本へ(その2)

2013年8月6日 at 4:39 PM

お気に入りのTV番組のひとつにテレビ東京の「YOUは何しに日本へ?」というのがあります。日本の国際空港に居合わせた外国人に問いかけて、気になる返答をした人(番組内では性別・年齢問わず名前ではなく『YOU』と呼称)に密着取材をさせてもらうといった企画の番組です。最近は外国人がいないであろう日本の田舎にも行って、住んでいる外国人を探し出して「Why are you here?」とインタビュー行う企画もあります。

私がこの番組を好きな理由は多くの外国人に日本を好きになってもらいたいし、好きと言ってくれる外国人の人は日本のどんなところが好きなんだろうということを理解したいからです。多くの外国人が日本を好きで、住んでくれて、あるいは文化に興味を持ってくれて、旅行に来てくれて、また来たいと言ってくれて、普通の日本人以上に奥深いところまで勉強してくれていて、時にこちらの不勉強を思い知らされたりするのが楽しみです。

サラリーマン時代には他者を寄せ付けない「忙し顔」をしていたからか、あまり街中で外国人の人に話し掛けられることはなかったのですが、今はFreelanceで余裕を持って歩いているせいか、先日は御成門駅で声を掛けられました。英語ではありましたが、カタコトでしたので、英語を母国語とする方達ではないのでしょう。見た感じとアクセントから多分スペイン語系でしょうか。可愛い娘さんと夫婦ふたりの3人家族で日本に旅行に来たようです。私のImageでは彼らの質問に流暢に答えて、じゃあEnjoy in Japan!と笑顔で別れ、日本にさらに良い印象を持ってもらった満足感に浸って家路につくつもりでいました。

質問は至って簡単で「銀座に行きたい」ということでした。ところがこれが結構難題でした。今や皆SuicaやPasmoを使っているので、切符を買うことはありません。でも彼らは切符を買わなければなりません。そして御成門から銀座に行く最短ルートは都営三田線で西高島平方面に向かって日比谷に行って、そこで営団地下鉄日比谷線に乗り換えて北千住方面に向かって銀座で降りるということです(そもそも地理感覚と地名を知らないと日本人でも口で言われて一回ですんなり頭に入っては来ないですよね)。これもスマホで調べればすぐ出てくるのですが、切符を買わなきゃという意識が強く働きすぎて、券売機の上のスパゲッティのような路線図を指さして260円掛かるよと言うのが関の山。待てよ、都営と営団は別料金だっけ??券売機で乗り換え駅を間違えて押すとまずいぞ、その券売機の画面は彼らが悪戦苦闘したのを物語るかのように英語表示になっていて、駅名表示は見にくいことこの上なし。。。。

時間が掛かっている言い訳を英語で呟きながら四苦八苦していると、父は「銀座はTaxiでいくとどれくらい?」、あまり違っても迷惑になるだろうからと色々考えていると「大体でいいから」と督促される始末、「1500円くらいなかあ」と当てずっぽうで答える。じゃあタクシーで行こうと家族同士で納得し合ったらしく、目の前から消えていきました。今、Taxiサイトで調べたら980円と出ました。結論から言えば、Taxiで行くのが料金的にも時間的にも正解だったと思うのですが、自分のImageと全くかけ離れた情けない状況になってしまい、打ちひしがれてしまいました。

もっと外国人観光客に優しい鉄道にしましょうよ!とJR私鉄各社に呼びかけたいです。券売機で行きたい駅名がアルファベット順に並んでいて簡単に切符が買えて、切符には乗り換え案内が外国語表記されるとか。今は3人の家族が日本を思う存分楽しんで、良い思い出を作って帰国して欲しいと願うのみです。

Hiroshima Girls

2013年8月6日 at 3:47 PM

被爆地・広島は今日、68回目の原爆忌を迎えました。恥ずかしながら昨夕のTVで私は初めて「Hiroshima Girls」なる存在を知りました。1945年8月6日8時15分、広島に原爆が投下され顔や首や腕にケロイドや身体障害を負った少女25人が、その10年後の1955(昭和30)年5月5日、山口県の米軍岩国基地から、一機の輸送機に乗ってニューヨークへ飛び立ちました。これは米国人ジャーナリストであるノーマン・カズンズ氏らの呼びかけで彼女らに米国で最先端の医療を受けてもらう為に実現したものでした。

TVで紹介されていた笹森恵子(しげこ)さんはその一人で、皮膚移植など回復手術を何十回と受けられたそうですが、首や唇にはその痛々しい痕が残っています。笹森さんは後年ノーマン・カズンズ氏の申し出を受けて養女になる決断をし、米国で教育を受け、お子さんも授かり、看護師の仕事の傍ら、世界各地で英語による被爆体験証言活動を続け、命の大切さや平和を伝える活動に取り組んでいるそうです。

25名のHiroshima Girlsは皆さん高齢になられて既に亡くなった方も少なくないと聞いていますが、突然の想像を絶する被爆という不幸に見舞われ、一方で原爆投下した当事国アメリカのジャーナリストに手を差し伸べられて、その自らの人生を生き抜いて来られたという数奇な事実に複雑な思いが過ります。今年になって日本へ帰国されたと聞いています。

同じ過ちを繰り返してはならない事は言うまでもありませんが、人間が過ちを犯すことも逃れようのない歴史の事実です。過ちそれ自体も加害者と被害者の立場によって不可避であった、いや回避できたと意見が異なる場合もあるでしょう。過ちを劣化させることなく伝えていくこと、そして少しでも過ちと感じたならば、その罪をどういう形で償うのか、そしてそれぞれの運命と向き合い、最後には人の過ちを許せるか。

「罪を憎んで人を憎まず」という言葉は孔子の記した『孔叢子』刑論の「古之聴訟者、悪其意、不悪其人」から来ていますが、キリストの教えである聖書(ヨハネ福音書8章)にも「Hate not the person but the vice」とあります。時間は掛かることでしょうが、解かり合う道は決して暗黒ではないと信じます。

話はちょっと飛びますが、高倉健が擦り切れるほど読み込んだと言われる座右の書「男としての人生――山本周五郎のヒーローたち」(木村久邇典著、グラフ社)の中に
『ゆるすということはむずかしいが、もしゆるすとなったら
ーここまではゆるすがここから先はゆるせないということがあれば
それは初めからゆるしてはいないのだ』という一節があるそうです。

道徳の教科化を考える

2013年7月14日 at 1:24 PM

第二次安倍政権で道徳の教科化の方針が出されました。最初に私が抱いた疑問は道徳の時間がいつ無くなったんだろうというものでした。どうやら今でも週1時間の道徳の時間はあるようですが、教科ではないので教科書がなく、その貴重な時間も職員会議を理由に自習となったり、運動会などの行事の予行演習に充てられたりして実質形骸化しているようです。第一次安倍政権の2007年にも「徳育の教科化」の方針を打ち出したようですが頓挫してしまったようですから、安倍さんとしては今度こそ!という意気込みでしょう。

いじめ問題の対策の一環としての位置付けもあるようですが、いじめそのものは昔から至る所にあり、近年陰湿化・悪質化してきた面もあるかもしれませんが、一方でいじめられる側の抵抗力の問題やその周囲の対応にも大いに問題が潜んでいて、子供達だけの問題として捉えるべきものではなく、大人と子供の関わり合い、自分さえ良ければいいというような大人の社会が抱える問題も少なからず影を落としているものと思います。

私自身は道徳の教科化には賛成しかねます。教科ということは教科書があって、教師にこういった方向に導くようにといった指導要綱があり、点数化があり、どうしても恣意性を抑えることが非常に困難に思えるからです。しかしながら、道徳教育の充実は必須だと思います。今や一般教科は塾の方がうまく子供たちの好奇心を刺激して効果的に成果を出しているものと思います。そうは言っても「じゃあ学校なんてやめたら」という極論意見にも賛同できません。学校教育という中で培うべきものは学力以外にもあります。最近びっくりしたのはゆとり教育を経てきた20歳ちょっとの若者に泳げない人が多いということ。学校で水泳の授業はあったそうですが、泳げる子はプールの端から端へ順に泳がせて、泳げない子はロープで隔離され水を怖がらない程度の水遊びをやっておしまいだったそうです。船に乗っていてそれが転覆したら自力で救助が来るまで何とか生き延びる力まで養わなければ水泳の授業をやっても意味ないです。少なくとも私はそう思います。

道徳の時間(授業ではいけないです)も一つの題材を皆で議論しあって、色々な意見がああることを知り、それらを聞いて、自分の意見に修正点があればそれを行って、自分の考え方・他者との関わり方などを学ぶ時間にすればいいのです。人の痛みをわかるようになれば、少しはいじめは減っていくとは思うのです。妬みや恨みが醜いことも体感していってほしいですね。自分がより上を目指すのは良いとして、他者を貶めて自分が相対的に上がっても何も得られません。幼児の時に親の価値観で選択された色々な絵本を読むでしょう。これも道徳のはしりでしょうが、学校に入ってそれを学校に丸投げして良い子ができるのを期待するのは親として落第です。順番で行けば親が死ぬまで子供との関わりは続くわけですから、家庭内や課外の色々な機会を通じて親子共々成長していきたいものです。学校では同年代の人達との共通体験を通じた体と体のぶつかり合いや親以外の価値観を持った大人との意見交換を通じた関わりの中で、より自制心と社会性を持った大人に成長していく機会を提供できるはずです。

確か高校時代には「倫理」という授業もありました。倫理の意味は大辞林では「人として守り行うべき道」とあります。道徳よりも上等な感じがします。哲学の問いにも繋がる根源的な疑問が出てくるでしょう。道徳もそうですが、伝統的な日本の考え方を基礎に行っていくだけでは世界がこんなに狭くなった時代にそぐわないものもあるでしょう。倫理の時間に世界貿易センタービルを襲ったアルカイダの911事件を議論するのもいいでしょう。1時間でひとつの結論に行き着くなんてありえません。それぞれがどう考え、それぞれがいくばくかの自分自身の血と肉になればそれで良しです。自分の時間でもっともっと深く探究することも結構。物事を考える取っ掛かりになる程度が道徳の時間であり、倫理の時間であると思います。

道徳は戦前の修身が大本になります。全教科のうち最上位に位置付けられたのが修身です。植民地戦争が激しさを増す中、軍国主義下で政治色を強め、忠国愛国一色に染められてしまいましたが、政治利用されることなく道徳の時間が復活してくれることを願います。教師だけにその任を負わせることなく、経験豊富な社会人にも参画を求めていくのはアイデアとしてあっていいと思います。