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同一性と変化の矛盾

2014年9月16日 at 9:10 AM

植民地時代において侵略国に勝手に線引きされた国境によって、民族対立による内戦は世界中のどこかで止むことなく続いています。宗教あるいは民族を基にした同一性の反映でもありますが、歴史を紐解くとその同一性や継続性の根拠は薄弱であることが少なくありません。企業においてもDNAの話は時折話題になり、凋落している企業には「~らしくない」「~らしからぬ」といった修飾語で語られることがあります。一方、企業トップは「変わらないのが最大のリスク」と号令をかけて、変革を促します。よく「変えてはいけないものは維持継承し、変えるべきは大胆に変える」といった指針が出たりしますが、果たして何を変えずに、何を変えるかが具体的に語られないと従業員は戸惑いますね。

ギリシャ神話で「テセウスの舟」というお話があり、ギリシャ時代から議論され続けているテーマのひとつです。ある漁師が木の舟を漕いで毎日魚を捕りに行く。来る日も来る日も魚を捕りに行くので、木の舟は傷んでくる。腐るところも出てくる。岩にぶつけて破損してしまうこともある。その都度、漁師は新しい木で修繕をする。漁師は歳を取り、もう漁には出られなくなる日が来る。そしてその息子にその舟を引き継がせる。息子も同じように毎日漁に出る。舟の傷みは以前よりも酷く、その都度、また修繕をしていく。そして孫の代に引き継がれていく。そうして代々受け継がれた舟はいずれ全ての部材が入れ替わる。もう最初の代の舟の材料はひとつも残っていない。それは果たして同じ舟と言えるのかどうか。

アリストテレスは、舟を構成している木材という「質料」(ヒュレー)が変化したとしても、その舟を舟たらしめている設計図に相当する「形相」(エイドス)は維持されているので、テセウスの舟は「同じ」であると結論付けました。

しかしながら、もしこの舟を漁師の目の前で壊し、全く新しい材料で寸分違わず同じ構造で新しい舟を作ったとしたらどうでしょうか。「形相」は維持されているが、舟の連続性がないので、同じ舟とは思えないでしょう。今風に言えば単なるコピーや2号機でしょう。博物館に行って、古代遺跡から発掘されたが形が崩れている本物と、完全に元の形を再現した復元品とでは前者の方に有難味を感じる人が多いのではないでしょうか。

テセウスの舟は100年経って材料が全て入れ替わっても、一日で作り替えたとしても材料が全て変わったという点では一緒ですが、心情的には前者の方がよりオリジナリティ(元祖)や連続性を感じます。「同一性と変化の矛盾」という社会心理学講義(小坂井敏晶著)では、全ての部品が交換されても、それにかかる時間が十分長ければ、同じ舟(つまり同一性を維持している)と感知される。つまり同一性はアリストテレスが語った対象自体に備わる性質で決まるのではなく、それに納得感を感じるか否かの心理現象であるという主旨のことを述べています。

さて、頻繁に語られる日本人の特異性や異質性ですが、これまでの観点で見てみると、日本人と言わず、どんな民族でも100年もすれば総入れ替えとなります。総入れ替えになっているものの日本人という同一性は存在しているように思えます。一般に民族の同一性は文化や血縁(DNA)の連続性をもって維持されていると理解されています。しかしながら、太古から変わらず現代に引き継がれているものは果たしてどれほどでしょうか。いや何かありますかと問い掛けざるを得ない程、圧倒的に変化してきたものの方が多いでしょう。歴史を学び、古典に源流を求め、同一性を感じようとするノスタルジアやルーツを遡る心情は誰しも持っているものでしょう。しかしたとえば天皇の正当性を謳う万世一系も天照大神の神話から始まっていますし、南北朝時代の混乱もありました。壇ノ浦の戦いで海に沈んだとされる三種の神器はどうなっているのでしょうか。私は決して天皇制を否定している訳ではありませんが、日本において最も長く続いているであろう建国の礎である天皇制でさえも100%揺るぎないものとは言えません。個々人が納得すればそれでよいのですが、一方でそういった錯覚に陥り、思想を固定化してしまう可能性は少なくないと思っています。

日本人は毎日0.002%ずつ入れ替わります。身の回りでの生き死にも稀にしか体験しません。ですから日本人は変わらず同一性を保っていると思いがちです。先の大戦では多くの人が亡くなり、アメリカ進駐軍GHQによる価値観激変がありましたから、その当時生きていた方々は強烈な変化を体験したことと思います。戦後世代はそうした経験がないので、変わらない平和なニッポンを頭の中に描き切っているでしょう。しかし、現代人で「源氏物語」を原文で読める人が極々少数の研究者だけであるとか、教科である古文でさえ読解に自信を持てる人は少ないのではないかと思います。1000年も前の日本人と現代人は会話はできないでしょうね。実際には変わっている部分が多いどころか、生きている間にも価値観が大きく変わっているにもかかわらず、案外現在に固執していることが少なくないなと反省を込めて思います。

企業もDNAがあると思っているのは錯覚で、それぞれの思い込みで実態のないものにすがっているだけかもしれません。同一性を保ち、変化していくというのは大いなる矛盾であって、変化は実態、同一性は錯覚です。「この世に生き残る生き物は、変化に対応できる生き物だ」としたダーウィンの進化論は世代連続性を述べていますが、一個人がその人生を心安らかに生きていくためには変化に対応しつつ、同一性の錯覚も必要なのかもしれません。

テレビ朝日の「劇的ビフォーアフター」という番組は5年ほど続いているでしょうか。極たま~に観ることがありますが、古い家が匠によって新しく生まれ変わり、リフォームされた家に家族皆大喜びで入るという趣向です。特にお年寄りの住んでいる家では以前の古い家の床柱などの材料を再利用して、家は新しくなったけれども、じいちゃんが建てた家だよ、断絶していないよと、世代継承しているかのような錯覚を工夫しているものが紹介されます。

乱世を生きた鴨長明の「方丈記」の冒頭の一節「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」。川は川に違いないけれども、同じ水はひとつとしてないってことですが、乱世に生きていない私には無常観が強すぎて足元がグラっと来てしまいます。

企業の社会的責任と環境保護

2014年9月10日 at 10:16 AM

ニールセンが今年第一四半期にインターネットが利用できる世界60か国の各国1000人規模に調査を行ったところ、3年前に比較して45→55%と10ポイント「社会・環境活動に積極的に取り組む企業が提供する製品とサービスをもっと購入したい」と回答しました。私は二つの点でこの調査結果に興味を持ちました。

ひとつはたった3年で10ポイント伸びて、世界中の消費者の半数以上が企業ブランドを社会的責任や環境保護といった視点で見ているということです。もう一点は、この調査を地域別に表すとアジア太平洋(64%)、中南米(63%)、中東・アフリカ(63%)、北米(42%)、欧州(40%)となっていて、環境意識の高い欧州が地域別で見ると最も低く、次いで北米と先進地域は相対的に低い値となっていることです。この結果には正直驚きました。この結果は色々な解釈ができると思いますが、社会環境意識の高い欧州がその経済的停滞によって、以前より意識が低下したと見ることもできるでしょうし、多くの欧米企業がその社会環境意識に対応し、ある種当たり前になってきてしまった結果、それほど大きな選択要因にならなくなってしまったと見ることもできるでしょう。日本マクドナルドの売上は前年同期比25%減だそうですが、競合の多様化とサービスのマンネリ化が底流にあるでしょうが、直近では何と言っても一中国工場の鶏肉問題ですね。消費者の購買判断に大きな影響を与えたものと思います。

話を元に戻すと、この調査を3年前と比較したポイント増加率でも新興国が総じて高い数字を示しており、企業にとって社会・環境問題への取り組みは比較的裕福な心に余裕を持っている先進国または富裕層のみならず、世界的規模で対応していかなければならない課題と認識する必要がありそうです。

特にアジア太平洋と中東・アフリカ地域における世代間の差異は顕著で、大部分が発展途上のこれらの地域では、持続可能性に向けた行動を支持する新世紀世代(21~34歳)の回答者は、持続可能性に向けた行動に賛成する意見がX世代(35~49歳)の回答者に比べて平均3倍で、ベビーブーマー世代(50~64歳)の回答者に比べて平均12倍となっています。若い世代が社会環境問題に非常に高い関心を持っていて、それだけでなく購買行動にも表してくることは将来のビジネスプランを考える上でも決して無視してはいけないトレンドであると思います。

翻って原価企画の3段階を示すと、第一段階:当該製品の原価管理としての原価企画(主に原価進捗管理)、第二段階:当該製品群別利益の企画管理としての原価企画(事業カテゴリー全体の利益管理)、第三段階:当該製品群の顧客・社会Benefitの創造管理としての原価企画(顧客Benefitのみならず、社会Benefitを希求し、社会貢献)となります。なかなか一企業が第三段階に至るのは難しいことですが、上記調査結果を見ると、こういった消費者の変化に背を向けて、自社の利益ばかりを追いかけていると、いつの間にか市場から隔離されていたといったことになりかねません。

優良と言われる大企業でも第二段階のところが多いと思われますが、そういった企業でも、売上・利益の長期トレンドを過去10年スパンで眺めてみると、それらが低下している企業は少なくありません。つまり長年にわたって社会的Benefitを生み出していないという証左になります。景気がどうの為替がどうのと言い訳を言ったところで、消費者つまり社会に認められなければ企業の発展も成長もありません。短期的利益に走ると長期的投資を怠りがちになり企業の強みを失っていきますので、一度ジリ貧路線に入り込んでしまうと企業の復活は容易なことではありません。

第三段階の企業として有名なのはネスレです。世界で十数億人が深刻な栄養不良に直面している一方で、飽食に明け暮れメタボとなっている人がいる。十分な水や食料を確保できない人がいて、一方でカロリー取り過ぎの栄養過剰な人がいる。こうした栄養問題の「二重負担」は世界的問題と言えるでしょう。ネスレは慢性疾患と微量栄養素欠乏症の両方に対して、対処療法ではなく積極的に予防的アプローチを先頭になって行っています。

ネスレはこういった世界的規模の大きな問題を一企業だけで解決できるものと考えてはいませんが、それを一企業の責任と考え、「共通価値の創造」に向かって自社の強味を生かして、かつ事業活動を通じて行っていることに惜しみない賛辞を送りたいと思います。

学校教育の改革待ったなし

2014年8月12日 at 4:21 PM

大辞林には「教育とは他人に対して意図的な働きかけを行うことによって、その人を望ましい方向へ変化させること。広義には、人間形成に作用するすべての精神的影響をいう。その活動が行われる場により、家庭教育・学校教育・社会教育に大別される」とあります。社会教育を除いては、主に未熟な人間に対して成熟した人間が何らかの働きかけを行って、その成熟した人間の思う望ましい方向へ導くという意味合いがあります。一番身近な例は親子の関係です。最近はMonster Parentなる人達が登場して学校教育の現場を混乱させているようですが、学校教育に躾から学力から試験対策まで何でもかんでも期待するのは明らかに間違っています。教育基本法の義務教育の規定には「各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎を培い、また、国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的として行われるものとする」とあります。前段は個人の、後段は国家及び社会という集団に貢献する人間形成を行うという目的を掲げています。親として子の幸せを願い、思うところの教育を施すことは必ずしも教育基本法の精神と100%合致するとは限りませんから、それぞれの家庭のオリジナリティを持った家庭教育は非常に重要で、両親・祖父母・兄弟姉妹・同居する人全てが好む好まざるとに関わらず影響力を持つことになります。

しかし、何と言っても義務教育期間の9年間に加えて、幼稚園・高校・大学などその前後合わせた20年弱の学校教育という存在は最も人間形成に大きく影響を与えていると言えましょう。ここで教育基本法の前段に注目したいのですが、「各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎を培う」という目的に今の学校教育は適っているのか、かねてより疑問に思っていました。平均点を上回る子供たちの量産より、それぞれの子の強みや興味を持っていることをもっと伸ばしてあげる方向に舵を切るべきです。当たり前なことはコンピュータがかなりのことをやってくれる時代です。単なる知識の詰め込みは却って考える力の欠如につながります。もし、前述の目的を学校教育が果たせないとなれば、いずれ不要になるでしょうし、一部しか果たせないということであれば、その残りの部分を他のシステム(仕組み)に委ねなければならないと思います。教科書は明治16年から当時の文部省(今の文部科学省)の認可事項になっていますから、国家という枠を外れた教育は現行法下では学校教育に期待しえないとまず認識しなければなりません。グローバル化によって、経済や社会や文化や宗教が国家を超えて動いていることは皆さん周知の通りです。

日本の高度成長を支えたものは日本国民の教育レベルの高さであったとは定説として言われていることです。アメリカから持ち込まれた品質管理を本国より実践的に消化して成果を上げたのも均一的な思想、学力、労働観などが大いに影響していると思います。日本の全国的かつ統一的教育は、江戸時代後期に幕府や諸藩が領内に設けた学校、寺子屋、私塾等がその素地となりました。後の中学・高校の母体となった藩校が270校、寺子屋に至っては数万校あったと言われます。明治14年に制定された小学校教則綱領では、小学校の教科として【初等科】:修身、読書、修辞、唱歌、体操、【中等科】:初等科に加え、地理、歴史、図画、博物、物理、裁縫(女子)、【高等科】:中等科に加え、化学、生理、幾何、経済(女子は家事経済)が規定されました。その当時に必要であると考えられた学科が並んでいるのでしょうが、文言だけ見ると、かなり難しそうですね。当時の小学生は消化できていたのでしょうか。以降、教育指導要綱によって教科や教える内容やポイントは改訂が加えられてきました。しかしながら、将来を見据えて、これからの学校教育に期待できることは何かという視点から、大きく発想を転換しなければならない時代なのではないでしょうか。

これから社会に出ていく子供達に何が必要なのか、と考えるとやはり「自分で考える力」「創造(想像)性」「コミュニケーション能力」であろうと私は思います。コンピュータ革命に始まり、ここ数十年のIT革命はこれまでの教育の有り様を根本から変える影響を与えています。産業革命はBlue Colorの労働の形を大きく変えましたが、IT革命はWhite Colorの価値を大きく変えていきます。肉体労働に取って代わる機械から、知的労働を変えるRobotの登場に繋がります。その時、人間は社会にどのような価値を生み、自らの充実感や満足感を得るのか、その下地の教育を施すことが求められます。知識ばかりでなく、緊急事態発生時のサバイバル知識や体験、それを可能にする体力作りも重要ですね。

そもそも「各個人の有する能力を伸ばしつつ」とありながら、今の学校教育ではできる子が足踏みを余儀なくされています。出来ない子、その科目の理解が弱い子に合わせて授業が進められていますから、基本理念と矛盾しています。学力は先生に教わらなくても今やネットでも本でもタブレットでも最新ソフトがいくらでもあります。それらを個人で行おうとするとお金が掛かりますから、無料の義務教育と同じとはいきませんが、自分で学ぼうという気があれば高額な授業料など必要ありません。未だにお受験の為に高額な教育費をかけているご家庭もありますが、そのCost Performanceの低さに気付かないのが不思議でなりません。

いまや学校のメリットは集団生活いわゆる疑似社会を経験するくらいしかないのではないかとさえ思えます。学力の違いによって理解力は違いますから、学力向上はそれぞれの能力に応じたネット学習でも十分その目的は果たせるものと思います。過去、内閣総理大臣の諮問機関である臨時教育審議会で素晴らしい提案は数多くされています。個性重視の原則を謳い、個人の尊厳・自由と規律・自己責任の原則を確立させる。国際化、情報化への対応。情操や意志の養成。心豊かな人間の育成、文化と伝統の尊重と国際理解の推進を重視。これらは何十年も前の昭和と平成の前後に答申されたことですが、残念ながら私にはその変化が見えません。生涯教育を促進すると同時に経験豊富なリタイア世代の社会人の活用をもっと実行に移すなど、「各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎を培う」という教育基本法の目的に合致するような改革をしなければ、現行の学校教育の存在は危うくなる一方であると思うのですが、一体、何が障害となっているのでしょう?

Sustainabilityと人間の欲望

2014年8月10日 at 2:40 PM

暑い夏が続いていますね。去年は鰻の稚魚が激減して、蒲焼の値段が高いという理由に加え、そんなに減っているのであれば、鰻だけが食べ物ではないしということで土用の丑の日にも遠慮して食べるのを控えました。今年は稚魚が豊漁で卸値も2割ほど安いと聞いていましたので、遠慮せずに何回かいただきました。食べるとやはり美味しいですし、あの口全体に広がるふわふわ感と香ばしい香りは、間違いなく幸福感を運んできてくれます。あくまで気分の持ち様なのでしょうけれど、元気になったような気もします。

しかし、残念ながら世界の科学者らで組織する「国際自然保護連合(IUCN)」は今年6月、絶滅の恐れがある野生生物を指定する最新版の「レッドリスト」にニホンウナギを加えました。法的な拘束力はありませんが、資源量が回復しなければ輸出入が規制され、将来更なる取引価格の上昇を招く可能性があるとのことです。指定の理由は生息地が減少したことや過剰な捕獲、環境汚染や海流の変化も考慮した結果であるという説明です。ニホンウナギは東アジアに広く分布する回遊魚です。回遊魚は、地球環境レベルで海流や水温が変化すると、それに伴ってエサとなるプランクトンの発生状況が変わり、その魚にとって良い条件が揃っている時は爆発的に増え、状況が悪ければあまり増えないという特性を持っています。この変化は周期的に変動することが知られており、マグロやカツオ、それにアジやイワシなども該当します。確かに昔は今年は豊漁で家計に優しいとか、不漁だったので消費者の手には届かない高値になったとかニュースで報道されていましたね。最近は日本食ブームというやや嬉しい傾向が、先進国のみならず経済的に豊かになってきた新興国でも起こりました。寿司に代表される生魚の需要が大いに高まり、それを満たそうとする乱獲に拍車をかけてしまったこともあり、これらの規制が必要になってきたのは無理からぬことです。

クロマグロの漁獲規制論議も記憶に新しいですが、「中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)」が昨年12月、各国は2014年の未成魚の漁獲量を2002~04年の実績に比べ15%以上減らすことで合意しています。もうひとつの団体である「北太平洋におけるまぐろ類及びまぐろ類似種に関する国際科学委員会(ISC)」は、現在の規制や管理措置が完全に実施されたとしても回復は期待できないとして、更なる漁獲量削減の必要性を指摘しています。

捕鯨問題も日本にとっては難題続きですが、こちらは資源としての側面に加え、「知的生物だから食すべきではない」「太古からの食文化としての正当性」など文化・環境保護観点からは言うに及ばず、政治・宗教的色彩も帯びて日本は劣勢に立たされっぱなしです。ノルウェーはIWCの捕鯨禁止令を1993年以降守っていません。独自の数量制限を設定して商業捕鯨を続けていますが、それでもミンククジラは増えているとして禁止令を無視し、自国の正当性を主張し続けています。データ精度が十分確保されているのであれば、個人的にはこの選択もありだと思います。知的生物だから云々の話は別のところでしてほしいですね。牛や豚はバカだから食べてもいいという理由はないですよね。食べない理由は宗教的な背景も含めて個人の自由として認められて当然ですが、食べるなという理屈は感染など人体への害を除けば、これを強制する説得性を持ちえないのではないかと思います。

いずれにせよ、食す人達、捕獲により生計を立てる人達、自然保護の主張する人達の全ては「水産資源が無くなったら困る」人達ですから、その共通目的を共有しえる関係です。その意思を持って合意形成に努力していただきたいものです。先月末に日経新聞電子版が行ったアンケートによると、ニホンウナギの漁獲制限に95%の人が仕方ないと理解を示し、78%の人が輸出入の禁止など国際的な取引規制の対象にすることに賛同しています。将来にわたって水産資源を次世代に継承していくことは現世代の責務です。多くの人がそこに理解を示していますから、密猟や抜け駆けを許さず、共通目的の下で地球規模での管理体制実現を求めたいと思います。

一方で技術進歩の進展もあります。近畿大学のクロマグロ完全養殖成功といった朗報もありましたし、実はニホンウナギの完全養殖も4年前に独立行政法人水産総合研究センターによって成功しています。あと3年で実用化したいと意欲をのぞかせています。こういった地道な水産技術の進展、関係者の皆さんの努力に拍手拍手ですが、それを盾に乱獲解禁とならないような人類の自制心を期待したいものです。

持続可能性(Sustainability)という言葉は、もともと水産資源を如何に減らさずに最大の漁獲量を得続けるかという「水産資源における資源評価」という分野の専門用語であったそうです。今では様々な分野でこのSustainabilityという言葉が使われるようになり、化石燃料に代わる再生エネルギーの開発や、金属のリサイクル等でもその考え方が浸透しています。原発の核廃棄物処理を例に取ると、埋める以外の解決案が無いまま進めるというのは、将来世代へのツケ、問題先送りという無責任なことですから、全く恥ずかしい限りであると私は思います。今後の技術革新による解決を勿論期待していますが、事実上もんじゅの核燃料サイクル計画は破綻してしまいましたから、原発政策の一時凍結は止む無しと思います。

遡ること16世紀の大航海時代にヨーロッパ諸国が植民地政策と称して略奪していった資源は数限りなくあります。まだ地球の全貌がわからず、果てしなく続く海原の先には黄金郷があると信じられていた時代です。未開の地に黄金や香辛料を求め、天然資源を安く貪り、労働力としての奴隷を売買し、他国に後れを取ってはなるまいと自国のみの繁栄を求めていった時代です。今やグローバルの時代となり、周りの環境から全く隔離して自国・自地域・自分だけが繁栄することはできません。大航海時代に一攫千金を求めて新大陸を目指した冒険者たちは、一方では数々の伝染病を持ち帰ることにもなりました。植民地時代から始まる森林伐採は、それまで密林という自然体系の中で密かに生息していたウィルスを世界中に撒き散らしてしまいました。人はこれまで好奇心と欲望の名のもとで多くのパンドラの箱を開け、その都度対策を講じてきました。今でも新たなるパンドラの箱を探す旅を続けていますし、将来開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまうかもしれません。

地球における生命の誕生は約40億年前に遡りますが、このプロセスを100年に短縮して火星を人間の住める惑星にするテラフォーミング(http:下記)という計画があることを最近知りました。人間の創造性の無限の広がりと欲望の果てしなさ、そして生命共存という賢明さはどこでどう鼎立するのか、永遠にしないのか私の想像力を遥かに超えているのでわかりませんが、飽くなき挑戦を止めることは誰にもできないというFreedomが現世の活力を生んでいることは否定できません。

http://quest.arc.nasa.gov/mars/background/terra.html

Conscious Capitalism

2014年8月1日 at 11:12 AM

「世界でいちばん大切にしたい会社」コンシャス・カンパニー(翔泳社)は多くの示唆に富む好著である。ここで語られるのは、ホールフーズ・マーケットの創業CEOであるジョン・マッキー氏が自らの体験に基づき自社を「人を幸せにする経営」に変貌させていった挿話と、短期的利益重視に立った経営と長期的視点に立った経営では後者が好業績生むという数多の実例である。冒頭では、この四半世紀資本主義は正しい軌道から外れてしまい、歴史上最も富を作り出せる素晴らしい仕組みであるにも関わらず、ほとんど悪者として非難の的になってきたという認識から始まる。労働者を搾取し、消費者を騙し、金持ちばかりを優遇して貧乏人には冷たく当たって不平等を作り出し、個性を認めず、コミュニティを分断し、環境を破壊する元凶として描かれがちな資本主義。企業家や経営者は利己心と欲得で動くものとレッテルを張られ、時に罵詈雑言を浴びせかけられる存在となってしまった。筆者は「縁故資本主義」(様々な規制を政府が作り、政治とコネがあるビジネスが有利となって正当な競争が阻害されているもの)がその代表例で、その土壌の広がりが誤解を生んでいると指摘している。日本の時代劇でも越後屋と悪代官という組み合わせは定番を超えてお笑いの域まで昇華された感と言えなくもないが、世の中にその類型はまだまだ多く見られる光景なのかもしれない。昨今の習近平国家主席による政治腐敗・汚職摘発は前政治局常務委員の周永康氏にまで及んだと新聞が報じているが、内実は「ミニ文化大革命」と言われる権力闘争で、政治中枢に居座る者は皆五十歩百歩と揶揄する声も少なくない。

創業当初こそ苦難の連続ではあったが、その後順調に業績を拡大したホールフーズ・マーケットは1981年に70年ぶりと言われた大洪水に見舞われる。店は2m以上の床上浸水となり、店内の装備や在庫品は何もかも破壊されてしまい、損失額は40万ドルを超えた。自社の経営資源だけで回復できる状況にはなく、破産状態となってしまった。ジョンはわずかに残った復興心を奮い立たせ、絶望の淵から少しずつ復旧を始めたが、全く予想もしていなかった素晴らしいことが起こったのだった。何十人もの顧客や近所の人々が、作業服を着てバケツやモップを携えて、店に集まってくれたのだ。「この店を潰してたまるかい。落ち込むのはこの辺にして掃除を始めよう。さあさあ、仕事に取り掛かろう。」と手伝いをかって出てくれたのだ。ジョン等創業者や社員は抑えきれない涙を流しながらも、身体の内側からエネルギーが突然湧いてきて、希望の光を実感することができた。ジョンは「どうしてここまでしてくれるのですか?」と尋ねないわけにはいかなかった。「ホールフーズは私にとって本当に重要なんです。ホールフーズがなかったらこの町に住みたいとは思わないでしょう。それほどこの店は私の生活にとって大きな存在なのです。」という答えが返ってきた。顧客にそれほどまでに愛されていたという実感はジョンが店の再開を強く決意するのに十分であった。

手を差し伸べてくれたのは顧客だけではなかった。他のステークホルダーからも支援の申し出が沢山あった。洪水で無一文になり給料も払える状態ではなかったが、多くの社員は払えるようになるまで無給で働いてくれた。何十社ものサプライヤーがツケで商品を置いてくれた。投資家もホールフーズを信じて追加投資をしてくれた。銀行から追加融資が受けられたので、在庫を新たに積むこともできた。こういった多くのステークホルダーの後押しを得て、ホールフーズは幸運にも洪水後わずか28日で店を再開することができた。もしステークホルダーが一丸となってホールフーズにあれほどの思いやりを示してくれなかったら、一体どうなっていただろう。今日110億ドルの売り上げを計上するまでに成長したホールフーズは30数年前に間違いなく潰れていただろう。

筆者はこの状況を「ステークホルダーの統合」という言葉で表現している。ステークホルダーとは言うまでもなく、ビジネスに影響を及ぼし、あるいはビジネスから影響を受けるあらゆる関係者のことである。「意識の高い会社」(Concious Company)はステークホルダーの一人一人が重要で互いに繋がり依存しあって、ステークホルダー全員の価値の最適化を目指すものである。全員が共有目的(企業の存在目的)とコアヴァリューによって動機づけられており、もし主要ステークホルダー間に紛争が起きて、誰かが得をすると誰かが損をするというトレードオフの関係ができそうになると、Concious Companyは人間の創造性に関する無限の力を発揮して「Winの6乗」の解決法を創り出して紛争を乗り越え、互いに依存しあうステークホルダー間の利害調整を図ることができる。

実際のビジネス社会ではステークホルダー間の利害関係は複雑だ。あちらを立てればこちらが立たずというトレードオフばかりだ。私もそういった多くの問題に直面して、打開策というよりは妥協策を模索していたひとりである。ちなみにJAL再建に力を発揮した稲盛氏は「トレードオフ」という言葉を禁句とした。京セラ時代からとのことであるが、その意味が本書を読んでわかったような気がする。品質と価格はトレードオフとかいうが、それを言ったらInnovationは生まれない。両方を満足するからこそ、これまでにない商品やサービスの差別化ができて、結果として顧客に受け入れられ、社会に貢献することができる。身近な例で言えば、掃除機の吸引力と騒音。これを両方満足する為に多くの技術者が課題に取り組んでいることであろう。吸引力を上げると騒音はうるさくなるトレードオフ関係ですと言った途端にinnovationは絶対起こらない。

いっとき企業の目的は株主価値の最大化だと言われた。企業によっては長期的投資を渋り、期間利益の最大化を達成し、一般従業員の何百倍もの報酬を期間経営者が得て去ったのち、その企業が低迷迷走した例は少なくない。株主はステークホルダーの重要な一員であるが、他全てのステークホルダーがサーバントになるのは明らかに間違っている。売上や利益といった数字が目的化すると知恵が出てこなくなるものだ。数字を前にして妙案を挙げた人を私は見たことがない。揺るぎない共有目的があればこそ、その達成に向けてステークホルダーの全員が何とかしたいと知恵を絞るものであろう。人は数字のみで心を動かされることはない。Concious Capitalism(意識の高い資本主義)とはあらゆるステークホルダーにとっての幸福と、金銭、知性、物質、環境、社会、文化、情緒、道徳、そして人間の尊厳を同時に創り出すような、進化を続けるビジネス・パラダイムのことである。

本来の(自由競争)資本主義はわずか200年の間に、①世界の85%の極貧(1日1ドル未満)を16%にまで激減させた。②1800年初頭に10億人を超えた人口は今日70億人を超えたが、これは公衆衛生・医療・農業の生産性の拡大が大きく寄与している。③一度に数百万人の命を奪う疫病から人々を救い、平均寿命は30歳から68歳まで伸びた。④この40年間で栄養失調者割合は26%から13%へ半減した。この傾向が続けば21世紀中に飢餓がなくなると言われている。⑤極一部のエリートしか読み書きできなかったが、今日識字率は84%である。⑥わずか120年前には民主主義国家でさえ女性や少数民族には参政権がなかったが、今は53%を超える。⑦1910年にアメリカで高卒の学歴を持つ人の割合はわずか9%だったが、現在はおよそ85%。そして25歳以上の40%以上が大卒以上の学歴を持っている等々の成果を上げてきた。

本来の資本主義を取り戻すというConcious Capitalismが脚光を浴びてきたのは、こういった歴史的社会変化と無縁ではないだろう。資本家と労働者が対立関係にあった時代においては、資本・知識・情報・社会参加などの観点で圧倒的な格差があった。しかし(自由競争)資本主義と民主主義の下、多くの人々が教育の機会を得て、IT革命による情報へのアクセス自由度が増大し、肉体的苦痛や精神的緊縛から解放され、心の安寧を得ることできた。資本家と労働者といった対立概念は一部の抑圧地域を除けば、すっかり昔のものとなった。以前よりもはるかに複雑な事柄を理解し、これに対応できる人々が多くなってきているのだ。個人が投資家であり、生産者であり、消費者の時代である。争奪による自分だけの幸せを希求しても決して長期的な安寧を得ることはできない。金銭は現代社会において生きる上での必要条件ではあるが、人生の喜びを感じさせてくれる十分条件ではない。Concious Capitalismは、多くの人々の幸せが、自分のそして家族や友人の幸せに帰することを理解してきた人々の増加によってもたらされた福音とも言えるニューパラダイムなのではないだろうか。

財政再建はドイツには出来て日本には出来ないのか

2014年7月5日 at 11:55 AM

ドイツが2015年に財政均衡を実現し、赤字国債の発行を46年ぶりに停止する見通しとなったと7月3日にマスコミ各社から報道された。2日に閣議決定された予算案では好景気で税収が膨らんで財政赤字が消滅。借金をしなくても歳出が賄える状態になるとのことである。

一方、日本政府は、2013年6月に骨太方針(経済財政運営と改革の基本方針)を閣議決定し、中長期の財政健全化に向けて2020年度までに黒字化するという財政健全化目標を掲げた。目標通りいけばドイツに5年遅れということになるが、本当に可能なのかどうか不安視するのは私だけであろうか。

ドイツの単年度財政収支は実は2012年から黒字転換しており、政府総債務残高も2012年をピークに減少し始めている。GDP比率で見ても1992年の40%からジリジリ上がり2012年には82%まで上昇したが、今年は70%台半ば、2017年には70%を割り込む見込みと報じられている。

日本の政府総債務残高のGDP比率は今年242%、ほぼずっと一貫して上昇し続けている。日本が高度成長を謳歌している時期には資産も増加し、負債が増えても大きな問題にはならないが、日本のそれが80%を超えたのは1994年バブル崩壊の後遺症がまだ残る時代で、1996年に100%超え、2009年に200%を超えてしまった。失われた20年と俗に言われているように1991年から日本の安定成長期は終焉を迎えた。にも関わらず財政支出は垂れ流し、国債発行という麻薬でここまで財政赤字を増大させてきてしまった。選挙のたびに甘い汁に吸い寄せられ衆愚政治に陥ってしまい、2009年期待をもって政権交代に成功した民主党は埋蔵金も掘り起こせず、中途半端な強制力の無い劇場型パフォーマンス事業仕分けしか行えず、子ども手当に代表されるバラマキを行って財政再建どころか、それまでの自民党時代と変わらず新規国債発行額を更新し続けていった。

2012年3月末の日本のバランスシートは、負債総額は1088兆円、資産総額は629兆円と専門家が試算していた。私は1000兆円を超える借金だけを捉えて声高に危機を煽るつもりはないが、一家のバランスシートが家屋敷を売っても400万円超えの借金が残る(便宜上兆円を万円に置き換えた)状態を誰しも健全とは言わないだろう。国債の95%は国内貯蓄で賄われているので、財政破綻はしないという論理がまかり通っている向きもあるが、国の借金と国民の資産をごっちゃに考えてはいけない。計算上、今の出生率では日本人は950年後にひとりぽっちになってしまうそうであるが、その時には借金と資産は一人のものなのでチャラみたいな絵空事を真顔で言う人がいるが、それまでに国家が破綻していないわけがない。愚政が続けば国民が国民であり続ける保証もない。世界中には国が滅び流浪する民や、国を捨ててあるいは追い出されて移住している人達が巨万といる。1900年代に始まった日本人のブラジル移民だって、奴隷解放令に伴う労働力不足を補うために導入され渡伯したものの、現地の居住環境は悪く労働は過酷で賃金の悪さなどの待遇が悪かったために、「棄民」(日本国に棄てられた民)と呼ばれたのである。

財政再建には法的拘束力のある財政規律を設けて、中期的に進めていかなければならない。ドイツやアメリカのそれに比べて、日本の政治的コミットメントはその決意のほどが感じられない。EU では1977年6月締結の「安定と成長に関する協定」で財政赤字のGDP 比及び債務残高のGDP 比の限度が規定されている(罰則規定がある。しかし近年の財政困難国の相次ぐ出現により一部骨抜き緩和がなされ、ドイツの将来の負担が懸念される)。アメリカでは1990 年代において「OBRA90」「OBRA93」が制定され、財政健全化に効力を発揮した。最近では政権と議会の一歩も譲らない攻防で政府予算執行が出来なくなる事態が起きるほど、その真剣度を伺わせる。

オバマ政権は2020年までに3.8兆ドルの財政赤字を削減するという壮大なシナリオを作成し、「年金支給年齢69歳への引き下げ」「連邦政府の人員10%削減」「軍事費を聖域化せず」などの歳出削減措置を行う一方で、必要な歳入増のため「ガソリン税のアップ」「不動産ローンの税軽減措置の一部カット」など国民に負担をさせるという政策を掲げ実行中である。スターバックスCEOのハワード・シュルツは、財政赤字を解消するまで全ての政治的キャンペーンへの献金をストップしようと呼びかけ、200名近い大企業経営者が同調した。アメリカの資本主義には知性も魂も存在し、世界中の多くの夢を持った大志を惹きつけている。

日本でも遡ること2002年度予算では、財政規律維持のために「国債30兆円枠」が掲げられた。しかし、2004年度予算編成においては、国債発行額は「一般政府の支出規模の対GDP比を上回らないものとする」という新たな緩和指標が導入され35兆円超の国債発行が行われた。

国民のニーズに合致しない無駄な公共サービスを停止させ、国民に適切な租税負担を求めるという基本中の基本の効率性を是非実践していってほしい。今の安倍政権には特に財政規律を守るべき指針はない。基礎的財政収支の目標もあくまで目標であり、今年のようにアベノミクスで税収が回復しても、粗方法人税減税に使われ、不透明な成長戦略頼みに終始し、財政再建に充てるようなことがなければ、日本の財政再建は進むはずがない。それでも長期金利は0.6%以下にあるので日本国債の信認は維持されているとか楽観論を吹聴する人もいるようだが、借金はいずれ返す必要があるものという基本は個人でも国家でも変わることはない。

100年前に起きた第一次世界大戦から今日まで

2014年7月2日 at 10:34 AM

1914年6月サラエボでオーストリア=ハンガリー帝国の皇太子夫妻が暗殺されたことを引き金に起きた第一世界大戦は第二次世界大戦に比べて日本人の記憶に実感としてほとんど残っていないのが実情であろう。

しかしながら、その時代背景は今日本を取り巻く状況に酷似している。その意味で今一度第一次世界大戦を考察してみることは意味深いことであると思う。ひとつは今でもボスニア・ヘルツェゴビナでは英雄視されるボスニア系セルビア人の暗殺実行青年ガヴリロ・プリンツィプの存在。初代韓国統監を務めた伊藤博文を暗殺した安重根の記念館が今年1月に中国のハルビン駅に開設されたことを想起させる。ガヴリロ・プリンツィプのオーストリアでの存在は、身ごもっていた皇太子妃をも殺した残虐な人間として憎しみの対象となっている。暗殺グループは7人で構成されていたといいガヴリロ・プリンツィプは下っ端の実行犯。決して発作的に銃弾を向けた個人の単独事件ではない。それまでセルビア人の感情を逆なでする事柄が色々あったと記されている。だからといって暗殺が正当化されるはずもないが、事が起こってからではもう遅い。事件が起こった理屈付けは必ずできる。正当性があろうがなかろうが可能ではある。勝てば官軍、負ければ賊軍のごとく歴史的強者がその理屈を正当化していくだけである。日本と中韓の間に横たわる歴史認識という名の政治的かつ感情的なしこり。北朝鮮やロシアも一筋縄ではいかない相手ではあるが、会話があるという点ではまだマシである。偶発的な事件が起きないように最大限の外交努力が必要である。そして万が一その偶発事件が起きたら、早く火消しに回らなければならない。誰しも戦争は望んでいないが、ギリギリのせめぎ合いが起きうることは想定しなければならない。

1年以内には終結するであろうと大方が予想した第一次世界大戦は4年以上続いた。戦死者は1000万人以上と言われる。皆、なんて馬鹿なことをしたんだと思った。オーストリアには兄弟国のドイツやイタリアが加担した。当時新興国として台頭してきたドイツに我が物顔で欧州の地を荒らされては堪らないと、フランスやイギリス、ロシアがセルビア側についた。日本も日英同盟を盾に連合国側について、ドイツが権益を持つ青島や、植民地支配していた南洋諸島を攻略した。結果は皆さんご承知の通り連合国側の勝利に終わるが、4年以上に亘る大戦で欧州本土は荒廃し、第二次世界大戦でも同様に大きく傷ついた経験を経て、1950年に発表されたシューマン宣言を発端に、ヨーロッパは結束していかなければならないという意識が広がり、復興と平和の実現を目指した欧州連合の形成に繋がっていく。当時の新興国ドイツの存在は今の中国を想起させる。大国中国がこれまで虐げられ、失ってきたものを取り返そうという中華思想が頭をもたげてきた状況とドイツの反ユダヤ思想は底流で同質のものがあると感じられないであろうか。これが二つ目のポイントである。

不戦の誓いは日本の平和憲法で高々と謳われている。昨日、臨時閣議で政府は集団的自衛権の行使を容認するための憲法解釈変更を決定した。私見としては解釈というグレーな対応ではなく、憲法改正そのものの議論をすべきであるという立場ではあるが、政治の世界は裏も表も入り乱れ、単純ではないし、危急の事態に備え、時間をいたずらに掛けている場合でもない状況かもしれない。某政治家が「集団的自衛権の行使とは(行先のわからない)アメリカが運転する車の助手席に乗るということですよ!」といっていたが、喩としてはわかりやすい。車に乗るのが安全か、乗らずに歩いていくのが安全かは、その状況環境認識に寄ろう。不戦の誓いだけで自国の国民の生命・財産が守られると思うのはいささか楽観的に過ぎる。戦争を起こさないために事態に向かい合うのであって、背を向けたのでは後ろから斬りつけられる。その危機意識あっての議論であるべきで、どうぞどこからでも斬りつけてきなさい、潔く世界平和を叫んであの世にいきますと宣言する国家に残る人がどのくらいいるのだろうか。これまで何もしないで今の日本の平和があるわけではない。これが三つ目の視点である。

日本は第二次世界大戦敗戦後、米国を中心とする連合国から全くの無力化を意図して占領されていた。ドイツが4年で占領を終えたのに対して、6年半も日本が占領下に置かれたのは、途中から戦略変更があったからである。1950年の朝鮮戦争でソ連の朝鮮侵攻があり、西側陣営の防波堤を日本に作らざるを得なくなってしまった。日本の警察予備隊を増強し、「武力を全く持たない」はずの日本に自衛権という名の防戦権を与えたのは他ならぬアメリカである。そこから日本の自衛隊の解釈は訳の分からぬ理屈付けに終始してきた歴史がある。最後の最後に自国を守るのは自国民である。敗戦後の歴史によって、日本の自衛権発動はその発想そのものを縛られてきた。今後、この縛りは変化していくものと思うが、当分無くなりはしないだろう。親日国を増やし、アメリカのみに頼る体制を徐々に変化させ、脅威と正面から対峙し、しかし必要以上の緊張を回避して、不戦の誓いが単なる「戦争反対」のシュプレヒコールにかき消されることの無いように、実効性のあるものにしていくことが平和への不断の努力であると思う。

音楽遍歴

2014年6月16日 at 11:16 AM

ヒトや動物が外界を感知するための感覚機能は、代表的なものを古くから五感と分類しています。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚がそれですが、犬は人間の100万倍の嗅覚を持つとも言われ、生き物の中でもその能力に大きな差が認められています。犬の聴覚はこれも人間の16倍あると言われ、視覚は色の識別力は低いものの、動体視力は抜群です。一方、味覚は人間の1/6しか無いそうなので、あまりグルメの食事を与えても飼い主が想うほど、犬は有難味を感じていないのかもしれません。味覚を感じるのは味蕾という感覚器ですが、この味蕾の数は歳を取るごとに減少していき、成人の味蕾の数は乳幼児の半分だそうです。つまり乳幼児の方が味に敏感で、子供の頃の好き嫌いの多さは感度が良いということ。大人になって色々なものが食べられるようになるのは味覚の感度低下という側面もあるようです。

さて、標題と話がずれていってしまいましたが、今回は個人的な音楽遍歴を(勝手に)ご披露しようかと思い、筆を取りました。個人的に思うに昔よく聴いた音楽を耳にすると、すぐにその時代に想いを馳せることができて、タイムスリップ気分を味わえます。そういった意味ではこれも多分に個人的かもしれませんが、次に挙げることができるのは嗅覚ではないでしょうか。これも昔が蘇ってくるという点では多くの方からご賛同いただけるのではないかと思います。

小学生高学年の頃だったでしょうか。家にステレオがどど~んと現れ、その姿はレコード盤を置くボックスが真ん中に鎮座して、その上部にはイコライザーなんかを含む色々なツマミがついていました。そのボックスと同じ大きさの木目調スピーカーが両脇を固め、その荘厳さを確かなものにしていたという記憶があります。親父の買ってきた演歌・ムード歌謡系のアルトサックスや映画音楽全集みたいなものを聴きかじったのが音楽コレクションとしての最初です。兄貴の買った(であろう)ビートルズの「Let it be」があって、何度も聴きました。どう聴いても「エルピー、エルピー、エルピー、エルッピ~」としか聞こえなくて、頭のLの音は聞き取れなかったです。聞き取れるようになったのは英語を学んでからだいぶ経ってからのことです。

太田裕美、小椋佳、チューリップ、荒井由実、オフコースなど所謂ニューミュージック系のレコードなど兄妹が買ったと思われるものを、これもどうせ家にあるなら聴こうという感じで聴いていましたが、今でも選んで聴くことがあるのはユーミンや小田和正くらいでしょうか。それ以前にグループサウンズ時代があって、タイガースの「真珠の首飾り」なんかもシングル盤ですが、家にあってよく聴いていたのを思い出します。

中学生になって外国のポップスに興味が移り、「全米ポップス20」、確か、みのもんた(みのみのもんた、みのもんた!ってお囃子風に番組が始まっていました)がMCをやっていたと思いますが、毎週欠かさず聴いてノートにランキングを全部書いていました。何年か書き連ねていましたね。そのノートはどこかにいってしまいましたが、その頃は新曲ばかりを追っかけていました。1972年に1位に輝いたA Horse With No Name(America)なんかはその時代の代表曲でしょうか。

お金もそんなに自由にならない頃ですから、もっぱらエアチェック(ラジオ放送の曲を録音)をして好きな曲を何度も聴いていました。好みの曲の中からどんなレコードを買うかは大問題で、限られた原資を何に使うか、かなり真剣に考えてLP盤(アルバムで15曲くらい入っていてお得)を選んだことを思い出します。今やネットで1曲単位で買えるので、アルバム作品と呼ばれるものは出なくなりました。何か1曲1曲が使い捨てみたいな感じで、作者側もやりにくい時代でしょうね。おまけにデジタル化が進み、Copy Protectionといっても、多くの人がCD借りて録音したり、ネットでもかなり自由に楽曲を自分のメモリーにDLできてしまいます。Cloudの時代になり、自分の好きなものを手元に置く必要もだんだんなくなり、「俺、2000枚もレコードあるんだぜ~」みたいな自慢も今や高齢者限定の悦の領域に入ってきたような感があります。

高校に入ってプログレッシブロックが流行り、まずPink Floydには嵌りました。「狂気~The Dark Side of The Moon」は何度も何度も聴きました。途中で針を上げることなんて出来ない程の世界観を持ったアルバムに衝撃を受けました。そこからKing Crimsonに時代を遡ると同時に、ロジャー・ウォーターズ、デヴィッド・ギルモア、レコーディング・エンジニアのアラン・パーソンズなどへと興味が深化していきました。その後、EL&Pなどに興味が広がり、Genesisで私的頂点を迎えます。GenesisのAlbumはほぼ全部買い集めて聴きまくりました。若い時分の溢れるエネルギーのかなりの部分をこういったMusician達が吸い取ってくれたように感じます。フィル・コリンズは天才!ってその頃思っていました。Beatlesも遡って色々聴きました。ジョン・レノンやポール・マッカートニーも類稀なる才能の持ち主ですし、ポールは間違いなくヒットメーカーです。ヒット・メーカーではElton Johnも欠かせませんし、QueenのBohemian Rhapsodyは間違いなく衝撃を受けた1曲です。アカペラ・バラード・オペラ・ハードロックと続くこれまでにない構成、4オクターブのフレディ・マーキュリーの美声。無謀にもカラオケで何回かチャレンジしたことがありました。大学時代にはJazzやFusion系に傾倒しました。

社会人になってからはカラオケボックスの普及により、歌いやすい、そして流行りのヒット歌謡曲を追いかけていましたね。楽器のできない私としては「聴く」から「歌う」と能動的になっていった時代と言えます。喉も立派な楽器のひとつですしね。アメリカに赴任して都合11年半滞米していましたが、洋楽はあまり聞くことはなく、日本の歌が恋しくなって、出張返りに必ず3枚くらい成田空港でCDを買い求めました。日本から曲テープも送ってもらったりもしました。仕事以外で英語が聞きたくなかったのかもしれませんね。この頃は久保田利伸に嵌って、これもほとんどのCDを買い集めました。山下達郎もこの頃全盛でしたね(もちろん今でも竹内まりあと仲良く活躍していますが)。

昔テープに録り溜めた曲をアナログ~デジタル変換して、数年前に全てPCに取り込みました。その時に曲名や歌手がわからないものをTrackIDで曲名・アーティスト名検索を行うことができたので、随分曲整理に助かりました。でも邦楽の古いものはなかなか検索できず、まだ数十曲不明のままです。今はPCに4000曲近く入っていますが、ずっと流しっぱなしにしても12日以上掛かる量になっていて、これから死ぬまで一回も聴かないであろう曲が結構あるように思います(ごめん!)。

<あまりMajorでないお気に入りの宣伝:Bobby Caldwell、Conrad Iveteky、Gipsy Kings、Gino Vannelli、Johnathan Butler、そして最近嵌ったのが角松敏生。ASKAにも再起してほしい!>

レコード、カセットテープ、8トラック、CD、そしてmp3などの様々な音声ファイルフォーマットと技術の進歩を改めて振り返って見てみると、特にアナログからデジタルに変わっていった過程で楽曲の価値が下がっていっているのがとても残念です。Creatorがその創造性を発揮できるような環境を作ることもファンの大事な活動ですね。今後もネットの進展でさらに楽曲そのものがFreeに配布されていくことでしょう。Musicianはどうやって生計を立てていくのか、もちろん地道に曲作りをしていくことは価値がありますが、商業的にはやはりコンサートに人を呼べるかどうかにかかっていると思います。ここでも変化に対応してライブな価値を生み続けられるかどうかが問われていますね。サザンオールスターズは私のちょっと先輩ですが、今でもファンの皆さんが新曲やライブを渇望する数少ないアーティストのひとつで尊敬に値します。昔の曲も古さを感じさせませんからスタンダードになること間違いなしですね。

山内惠介さんという31歳の演歌歌手は苦労の末、今やご婦人に絶大な人気を得て、日本中をイベントで飛び回っているようです。はとバス5台仕立ててファンと2泊3日の旅行にはファンの皆さん目いっぱいオシャレをして目を輝かせて参加なさっていました。ここでもTV越しではないライブ感が横溢しています。

印刷技術発展の歴史

2014年5月28日 at 11:42 AM

現存する世界最古の印刷物は日本にあります。称徳天皇が政治を任せた道鏡が西暦770年に国中のお寺にお経を広めるために配布させた経典の中に入れた「陀羅尼経」です。ろくろ焼きの百万塔に木版か銅版に彫った文字を紙に刷り取ったものが6年間かけて100万巻も刷られたということです。当時飢饉や疫病の流行、戦乱による社会不安が背景にあり、これを鎮めようと仏教を活用し(鎮護国家)、全国に国分寺を建て、大仏造立の詔も出しています。この頃は遷都も数回行われており、その当時の混迷ぶりが想像されます。冒頭に紹介した「陀羅尼経」を10万巻ずつ10の国分寺に納めました。その一部が4万巻余り今に残っていて世界最古となっています。

その後の日本では300年ほど印刷という技術は全く活用されませんでした。学問は文字が読める一部の偉い人達だけのものでしたので、沢山印刷しなければならないという必要性がなかったからです。その後も日本での印刷技術は大きな発展はありません。必要なものは手で書き写せばよいということだったようで、今でも精神修養の写経は綿々と受け継がれてきています。

やっと江戸時代になって商業が盛んになり、町民たちの間でも読み書きできる人が増えてきて、商売をするのに「読み書き算盤」が必要になってきました。寺子屋で町民の子供たちが読み書きを学び、市中では「東海道中膝栗毛」などの文芸作品や浮世絵、瓦版などが登場し、漸く本格的な印刷文化の誕生を見ることができます。

元々の印刷技術は中国から6世紀に仏教と共に伝わりました。中国では紀元前2世紀には王様が御触れを出すときに粘土にハンコを押して文書を封印していました【欧米では今でも封筒や文書、高級酒などに封蝋(ふうろう)する印璽(いんじ)がありますね】。西暦105年の蔡倫による紙の発明によって、木や石に色を付けたくない部分を彫って使う版画タイプのハンコが民間に広まり、この技法が印刷の始まりと言われています。しかしながら中国に起源を持つ印刷技術が大衆に寄与するにはヨーロッパでの発展を待たねばなりませんでした。

ヨーロッパでは哲学・科学・文学関係の本が紀元前より作られていましたが、宗教色が強まっていった中世の時代になると科学の本は神の教えに反するものとして抑圧された結果普及せず(科学史上では暗黒時代と呼ばれた)、本と言えばもっぱら教会内で僧侶たちが一冊一冊書き写した聖書でした。

14~15世紀になって、イタリアを中心に産業や貿易が盛んになり、職業芸術家や商人たちが商売をするのに(日本と同様)読み書きが必要となってきます。印刷といえばグーテンベルクがまず最初に頭に浮かびますが、15世紀中ごろに始まった彼の印刷技術の発展によって思想書や技術書、そして文学作品が多くの人の手に安価で渡るようになり、ルネッサンスに繋がっていきます。つまり教会による学問の独占が崩れ、職人(今でいう技術者です)と学者が歩み寄る雰囲気が醸成された結果、一挙に科学技術が発展していきます。前者の代表があの有名なレオナルド・ダ・ヴィンチ、後者のそれは解剖学のヴェサリウスや鉱山学のアグリコラなどです。そしてこれも歴史の教科書では定番のマルティン・ルターが当時のカトリック教会の堕落(本来罪の許しに必要な悔い改めなしに贖宥状の購入のみによって償いが軽減された)を糾弾し、聖書に書かれていない斯様な贖宥状なるものは濫用であるとの考え方に立ち、ドイツ語で自分の考えを広めることで当時重税に苦しんでいた農民たちに大いに希望を与えました。印刷技術発展と相まって後のプロテスタントの成立という宗教改革に行き着きます。ルネッサンス時代には急速に科学技術志向が高まっていき、科学の暗黒時代から脱し、それまでの観念論主流から実験に基づく実証研究の発展により数々の偉業(天文学、磁気学、医学等)が成し遂げられました。

活字印刷技術に話を戻すと、文字の種類の多い中国では比較的製作が容易い木版が主流となり、文字数の少ないヨーロッパでは銅などを流し込んで作った金属活字が盛んに使われました。前者は版を作りやすかった反面、厚い紙に印刷することが難しかったので、薄い紙に片面印刷するにとどまっていましたが、後者は版が長持ちする上、厚い紙への印刷も比較的容易であったので、聖書に見られるように早くから両面印刷がなされています。

近代の印刷技術はやはりドイツが最先端で、1600年には新聞が発行され、1833年には1時間に6万個の活字を鋳込む「活字鋳造機」が、1846年には「輪転印刷機」が実用化され、それから10年も経たないうちに1時間に2万枚以上の新聞を刷ることが可能になりました。

日本では鎖国の影響もあり、西洋の印刷技術から大きく取り残されていましたが、新聞発行は1870年、紙幣の印刷は1881年です。現在は日本の印刷技術は世界一と言われ、外国の紙幣を受注したり、印刷機械を外国に輸出したりしています。

こうしてひとつの技術の発展の歴史を辿ってみると、技術とコンテンツ(宗教、商売、文化、情報)がお互いを後押しし、進化していることがわかります。技術は単独で一直線に進むものではなく、コンテンツと重なって大きく飛躍します。何か障害があると、その進展が止まったり、Breakthroughがあって、また大きく発展したりと。ハードとソフト(コンテンツ)は車の両輪という言葉はやはり今でも生き続けていると思います。

男たちの旅路

2014年5月5日 at 10:26 AM

前出の「社会学の基礎知識」という大学時代の教科書を読み返そうとパラパラ頁をめくったら、一枚の新聞の切り抜きが出てきました。30数年前に買った本ですから、全てのページが茶色味を帯びていましたが、その切り抜きが挟まっていたページは新聞の型がそのまま転写し、濃茶色になっていました。そのページには「核家族化に伴う老人問題とその対策」とあり、その間から出てきた切り抜きの題名には「TVドラマ『シルバーシート』に寄せて」(役に立つ、立たないではなく、老人の過去を大事に)とあります。

TVドラマというのは、今でも鮮明に覚えていますが、鶴田浩二主演の「男たちの旅路」です。若かりし水谷豊や桃井かおりが24歳で共演していました。まだ家庭用ビデオは発売されたばかりで高価でしたから、放送時間を見逃さないようにTVの前に陣取っていたことを思い出します。脚本は山田太一で当時43歳。ちなみに鶴田浩二は52歳(今の私より4つ若いんだ!)。放送は76年から82年まで全13話とウィキペディアにありますので、全部見逃さずに見たのではないかと思います。鶴田は最初このオファーを断ったそうですが、その後山田との面会をプロデューサーに求め、特攻崩れとしての鶴田自身の経験・思いを脚本に投影してもらうことで出演をOKしたそうです(実は鶴田は整備科予備士官であり、出撃する特攻機を見送る立場であったとのことで戦友会から猛抗議を受けるが後に和解)。2003年に「同窓会」と称して水谷、桃井、山田3人が顔を揃え(鶴田は87年永眠)、思い出話を語る番組が組まれましたが、当時鶴田はリハーサルでも台本を手元に置かず、共演者の台詞も頭に入れた上で、自ら発した言葉のように台詞を滔々と言っていたと水谷、桃井が(まねをしようとしたが、メチャクチャになってしまい、とてもできないとすぐにやめたと)語っています。鶴田の自身を投影したこのドラマにかける強い想いが感じられる逸話です。

話の筋立ては、ある警備会社に勤める主人公の吉岡司令補(鶴田)が特攻隊の生き残りであり、戦争はどこから始まったのかという疑問を持ち続けて生きる彼を中心に、杉本(水谷)、島津(桃井)、鮫島(柴俊夫)、柴田(森田健作)ら若い世代と、仕事の中から拾い出した疑問に対し、時に激しくやり合いながら真面目に向き合い、出口を探す道筋を語るものです。前記の「シルバーシート」は全13話の中でも出色の出来栄えで、77年芸術祭大賞を受賞しています。この話は老人ホームの4人が車庫で車内にこもって都電ジャックする話ですが、老人から発せられる台詞ひとつひとつに胸を突かれます。「歳を取るってことがどういうことか歳を取るまでわからない」「自分を必要としてくれる人がいません」「私は人から愛情を感じることはあるが、私が人から愛情を感じられることはない」「名誉なんていうものの空しさがわかってくる」「自分の耄碌は自分ではわからない」「私ら捨てられた人間です、いずれあんたも使い捨てられるでしょう」「しかし、歳を取った人間はねぇ、あんたが若い頃に電車を動かしていた人間です」「踏切を作ったり、学校を作ったり、米を作っていた人間です」「あんたが転んだ時に起こしてくれた人間かもしれない」「しかし、もう力がなくなってしまった、じいさんになってしまった、するともう誰も敬意を表する者はいない」「歳をとりゃ誰だって衰えるよ、めざましいことはできないよ」「気の毒だとは言ってくれる、同情もしてくれる、しかし敬意を表するものは誰もいない」「人間はしてきたことで敬意を表されちゃいけないのかね」「いまは耄碌ばあさんでも、立派に何人もの子供を育ててきたということで敬意を表されちゃいけないのかね」「そういう過去を大切にしなきゃ、いったい人間の一生って何だい?」

死ぬまで役に立っている老人なんて希少であって、役に立たなくなった老人に対する姿勢、自分が役に立たない老人になった時の生き方を考えなければならない。老人を待たずして不慮の事故で体が利かなくなってしまうこともある。昨年同年代の数人が生死の境を彷徨った。幸い重篤にならずほっとしている。親介護の問題はいずれは誰しもが通る道筋であろう。世話になっているから、役に立たないからという理由で、不満も口に出さずに心を開かずに態度の良い老人を演じているというのは実に無念であるに違いない。役に立っている人間だけが何かが言える社会というのはどこかおかしい。怠けて世話をかけているのではない、かつては社会を支えてきて、今その力を失ったのである。

退職して個人事業を始め1年強、第二人生小学校2年生に進級した私は10~20数歳年上の方々とのお付き合いが増えた。80歳を目の前にして元気溌剌な方を見ると、私も心身ともに長く若くありたいと思う。退職してからはその努力を改めてしているつもりである。一方、現役の時代には一流企業の経営層でバリバリ活躍された方が、その後大病を患い体が利かなくなっている状況下でも遅々とご自身で一歩一歩を刻むように歩む姿にも接する。私の母は幸いに85歳でもコーラスのグループに参加して息子に苦労を掛けずに一人暮らしをしている。元気なうちに母の過去の苦労にもっと報いたいと心から思う。私は吉岡司令補のように、若者に説教するようなことはできない(説教というものは、本来ありがたい、教訓的なものなのだが、これがあまりに長すぎる時は説教する側が伝えたいことを要約できていないので、いつの間にか説教のはずが、小言または単なる愚痴になっているのもよくある話)。上から目線が一番嫌われる今の時代はいつの頃からであろうか。昔から若者が大人に向かって「偉らっそうに言うな」とかは言っていたが、それは不良の台詞と相場が決まっていた。いつの頃から社会全般に広まったのか、さほど昔のことではないように思う。偉い人が偉そうに言うのは当たり前と言えば当たり前。でも説教している人の多くはその人への愛情から発していることであろう。私自身戦争を経験した者ではないし、戦争を肯定するものでもないが、戦争を経験している人と戦争を知識でしか知らない人とでは決定的に違う刹那の必死さを強く感じる。

【敬称略】