初等科國史

2020年2月8日 at 12:13 PM

昨年10月に[復刻版]初等科国史が配本された。これは戦時中に国民学校(小学校)で歴史教科書として使用されていたものである。戦後すぐにGHQにより廃止・回収・処分され、日本の歴史から抹殺された教科書である。敗戦後、GHQ占領下で日本国民は、ほぼ洗脳に近い形で思想教育をされたことは、今や明らかにされた事実である。端的に言えば、日本の弱体化(二度と西洋国家に歯向かうことのないように)と民主化(戦争遂行に有効な縦社会の命令系統の破壊)を推し進めた。
具体的には陸海軍の解散、軍需産業の停止、治安維持法の廃止、特高警察の廃止、財閥解体、農地改革(大規模地主から国が強制的に土地を買い上げ、それを安く小作人に売り渡す)、皇室財産の接収(当初、天皇制の廃止を目論んだが、国民の総反乱に合うかもというマイナス面、あるいはアメリカの目論みに利用し誘導できる、というマッカーサーの判断。しかし、いずれ絶えるように皇族の縮小化は図った。今まさに男系男子の皇室継続危機にさらされている)、天皇の人間宣言、政教分離等により、国民の一体化を阻む施策(国家神道の廃絶)を次々と断行した。靖国神社も焼き討ちにする案があったが、イエズス会のブルーノ・ビッター神父の「いかなる国や民族にも戦没者を祀る権利はあり、それをいかなる外国人も禁止する事はできない」という意見により中止されたことを知る人は少ない。

教育勅語が廃止され、教育基本法が制定された。軍国主義教育は廃止され、民主主義教育が実施されるようになった。新たな日本国憲法が制定されたが、実質的にはGHQのエリート集団がアメリカの日本統治において都合の良いように6日で書き上げた継ぎはぎだらけの欠陥品と言わねばならない。国際法においては戦勝国が敗戦国の法律を変えてはならないという決まりがあるが、そうではないという体裁を繕っただけの日本国憲法であることということを今一度再認識したい。GHQによる日本統治政策は単に軍国主義の廃絶を目的にしただけのものではなく、以後日本がアメリカの脅威にならないよう、古人から伝えられてきた日本精神の連鎖を断ち切り、あらゆる反逆の可能性をつぶしていくものであった。そしてトルーマンが、敗戦国の日本を奴隷化(人間獣化計画)する為に用いたのは、3S政策といって、「セックス、スポーツ、スクリーン」であり、これに国民の快楽を向けさせる、まさに日本人の愚民化政策であった。さらにWGIP(War Guilt Information Program)により、徹底的に「戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつける」ことに成功したのである。「平和憲法」とは戦争の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認により構成されるが、これで国民の生命と財産が守られるはずはない。ゲーム理論でいうところの全員AllC(全てにおいて協調、全員平和主義で他国に攻め入ることはない)の世界だけで通用する話で、現実の世界には必ず裏切り者が出てくる。なぜなら全員が全員を信頼しきっている状態があるとすれば、その時は一人だけ裏切れば、勝者総取りとなれるので、必ずそういった輩が出現するのです。今の日本国憲法はAllCというあり得ない状況下でしか機能しない平和ボケと言われても仕方がない「平和主義」憲法なのです。

初等科國史において、第16代仁徳天皇の逸話が書かれている。「民家から一筋の煙も昇らないのをご覧になって、三年間税を停止した。御生活はきわめて御不自由となり、宮居の垣はこわれ、御殿もかたむいて、戸の隙間から雨風が吹き込むほどになって行きましたが、天皇は少しもおいといになりませんでした。三年の後、かまどの煙が、朝もや夕もやのように一面に立ち込めると、天皇はたいそうお喜びになって『朕すでに富めり』と仰せになりました。」と民草(国民)を心から想う天皇の治世が描かれており、そのお気持ちは平成から令和にかけても確実に現天皇陛下にも引き継がれているこということを確信できる。

日本の国体や歴史は、幾多の危機(大化の改新、建武の中興、明治維新など)にさらされ、そのたびに幾多の忠義の人々が命を捨てて守り抜いたものである。「その間、皇恩になれ奉って、わがままをふるまい、太平に心にゆるめて、内輪もめを繰り返し、時に無恥無道の者が出たことは、何とも申し訳ないことでありました。しかし、そうした場合でも、親子・一族・国民が、互いに戒め合い、不覚をさとし、無道をせめて、国も災いを防いできました。」と連綿と紡いできた日本の歴史を振り返ることができる。

大東亜戦争に関しては、「400年前から葡西、ついで蘭英露が、最後に米が東亜をむしばんできた。日本は早くからその野心を見抜いて、国の守りを固くし、東亜の国を励まして、欧米勢力の駆逐に努めてきた。その大業を完成するために大東亜戦争を行っている。英米は『民主主義対ファシズムの戦争』と喧伝しているが、日本は『正しき東亜の実現と国土の自衛戦争』を目的とし、日満支三国が力を合わせて東亜新秩序の建設に励むこと」で戦争を遂行してきたとする。

文明開化に関しては、「『独立自尊』の福沢諭吉流個人主義・『人の上には人はなし』の自由民権流思想・『封建の陋習』を一掃しえたと思い上がった国民の常識により、『封建の美風』をも一掃して、歴史を忘れ、血を忘れた低俗なる功利主義者に化し終わっていった」と解説文で林房雄の「勤皇の心」の一文を紹介している。「明治の中期以降、金の権力は次第に日本の社会を腐敗させ、明治維新が一度回復した清潔なる国体の理念は混濁し、厚顔なる偽善者と金肥りの俗物と、巧言令色のおべっか者が世を支配し、内に文明開化を唱えつつ、外に欧米者流に追従して、国は西洋の半植民地に化し果てんとする趣を呈した」という一文は、今一度、大和心を取り戻せと予言しているかのようでもある。

三島由紀夫とも交流のあった林房雄は一度はマルクス主義に陶酔した人物であるが、のちに転向している。当時の日本には、国内の危機から脱する手段としてマルクス主義を選択し、日本の国体そのものの破壊を目指したものもいた。急進的な近代知識人なるものは、近代化、合理主義、資本主義の無原則な進行に力を貸し、民族の伝統文化、信仰、それに基づく共同体の解体を推し進めようとした。しかし歴史が証明したマルクス主義は「古い思考」に囚われているとみなされた民衆を、収容所に送り込んで強制労働の中「改造」し、それに従わぬものを粛清する左翼全体主義思想であった。

明治から昭和にかけて、日本はアジアにおける唯一の近代国家として輝かしい発展を果たした。しかし、同時に近代化と資本主義の急速な発展がもたらしたものは、富の格差であり、伝統的価値観と共同体が、全て「資本」の論理によって解体される時代でもあった。さらに国際社会においては、グローバリズムの脅威、ナショナリズムの勃興、近代以前の価値観が宗教原理主義として暴発、東アジアにおける覇権主義大国の暴力が国際秩序を脅かす時代となってしまったのである。「消された」教科書を読むにつれ、いつの世でも歴史に学ぶことは多いと改めて感じさせられる。