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個人の借金と国の借金

2016年7月8日 at 10:53 AM

今週末は3年に一度の参院選です。18歳以上に参政権が与えられましたから、自分の将来に幾分かの影響を与える政治に、若い方には特に自分なりの考えを反映した投票行動に結び付けてほしいものです。月末には都知事選挙も行われますが、あまりに”Sekoi”都知事辞任の幕切れに大東京は大丈夫かと思う半面、あの程度の方でも都政は安泰という風にも受け取れます。随分前から都知事は人気投票的なものでありましたし、選挙活動を全く行わずに当選した有名人も過去にはおりました。立候補者に政党が乗っかる形はメガシティ東京都知事選ならではという感じもしますが、一方で負け戦と知りながらも志を高く持って、孤高の戦いを挑む勇者もいらっしゃいます。メディアだけの報道に翻弄されず、ネットの発達した時代ですからご自分で候補者を調べてほしいと思います(かくいう私は都民ではないのですが)。

さて、参院選に向けて自民党はアベノミクス推進を謳っていますが、なかなか実感はなく、世界的にも経済の低迷は覆い隠しがたく、日本一国ではもはやどうにもならないという袋小路にいる感がありますね。野党はまさに野合で、聞くべき主張は全くありません。しかし、消費税10%への延期は英断とは言い難いもので、本気で財政再建する気があるのか不安になります。
以前のブログでも触れましたが、「日本の1000兆円超の国の借金はあるのかないのか」論争は未だに続いています。整理すると「ない派」は国債の多くは国民が持っていて、国の借金は国民の資産である。ゆえに日本は心配するほどの状況ではない。財務省が危機を煽って税収を増やしたいだけと主張。「ある派」は国の借金なんだから返すのが筋。現世代が使うだけ使って、そのツケを将来の子供たちに回すなんて、なんて無責任なんだという論調です。国の借金は国民一人当たり800万円超という財務省の数字がそれを後押しします。

そもそも個人と国や企業などの団体はその性質が異なります。人間は必ず死にますから、死んで借金が残れば債権者が困ります。貸した金は忘れろ、借りた金は忘れるなという言葉がありますが、金が絡むと人間関係は厄介なことになりがちで、最悪は人間関係が破綻してしまいます。
企業の貸借対照表は右側に借方があり、その構成は負債と純資産です。左側は貸方で資産です。企業はよくGoing Concernと言われ、永続性を前提にした組織体です。しかし、会社倒産、会社整理ということになれば、債務を清算しなければなりません。債務超過とは、債務者の負債の総額が資産の総額を超える状態であり、資産を全て売却しても、借金などの負債を返済しきれない状態のことを言います。鴻海傘下となったシャープはこれにあたります。貸借対照表で言えば、負債(債務)が資産(財産)を上回った状態ですから、資本(純資産)がマイナスとなります。すなわち、資産の全てが他人資本(負債)によって賄われており、しかも全資産を売却してもまだ負債が残るという状態です。
健全な企業でも借入金はあります。将来の成長のために資金を調達し、成長分野に投資をし、付加価値を上げて、企業収益を上げ、また再投資することで価値を生んでいるのです。無借金経営の優秀な会社もありますが、Going Concernの企業は負債だけを見て、これを無くさなくてはとは考えません。企業の成長のために健全なバランスを保つようCFOなりが目を光らせているのです。

さて、国の場合はどうでしょう。国が倒産するとはどういうことでしょう。一般的にはデフォルト(債務不履行)のことです。
2001年にアルゼンチン国債はデフォルトとなりました。2001年のアルゼンチンの経済成長率は-11%という大幅な落ち込みを記録しました。アルゼンチンペソは、デフォルト前の3分の1~4分の1まで下落してしまいました。しかしながら、会社の株と違い、デフォルトしても通貨の価値はゼロになってはいません。国によっては自国通貨を持てず、あるいは自国通貨が事実上取引不可能な信用状態にあるので、US$が事実上の通貨という国も少なからずあります。
国の債務には対外債務と国内債務の二つがあります。国内債務の返済というのは、新規に紙幣を発行すれば、返済が可能なので、日本の場合には借金がない(より正確に言えば、返す必要がある借金はない)というロジックが成り立つのです(自国通貨を刷りすぎれば通貨の価値が落ちて、ハイパーインフレになるという可能性はありますが)。この点が、よく引き合いに出されるギリシャとの大きな違いです、ギリシャは財政状況が良くないにも関わらずユーロ圏入りしてしまいました。ギリシャは対外債務が多く、EU加盟国のギリシャはユーロで借金を返さなければなりません。ユーロを刷る権限はギリシャにはありませんから、緊縮財政や外貨獲得によってユーロを捻出しなければなりません。できなければ、デフォルトとなってしまいます。

日本の国債は約95%が国内で消化されています。ゆえに、イギリスのEU離脱決定後、一般に安全資産と言われる(ここも実は怪しいのですが)円が買われ、一時100円を割り込む円高に進んでしまったのです。
国の財政と政治運営は切ってもきれない関係です。日本の場合、単純化すれば、国は国民から借金をしている、国民は国債という資産を有している、国の財政はこれから人口が減る中、高齢者は増えていき健康保険や年金負担は増えていく、ゆえに政府は消費増税を行い、将来の負担増に対応しようとしているわけです。将来の負担増に耐えうる構造改革をするには、当然のことながら、収入を増やす努力をすると同時に、支出を減らす努力をしなければなりません。行政改革などの名のもとに構造改革をしようというポーズは見られますが、本気なのでしょうか? 集めた税収で国民を扶養している側面があり、被扶養度が高い人ほど既得権を失わないような投票行動に出ます。財政再建のために無理やり既得権益を剥奪しに動けば、選挙に落ちて実行できなくなる。民主主義の難しさとも言えますし、民主主義とは財政赤字を生む構造を内包しているとも言えるのでしょう。

個人の借金は生きているうちに返すか、返せず(返さず)貸し手に迷惑をかけるかのいずれかです。会社の借入金も同様ですが、債務超過で倒産すれば貸し手、主に金融機関が焦げ付きを出すことになります。国家はどうでしょうか、国家が消えてなくなるということは国民もいなくなりますから、日本のように債務のほとんどが国内債務なのであれば、トータルでチャラ。国債を最後に持っていた人がババ抜きの負けになりますが、それまでの間に国債は売り浴びせられて、最後にはほぼ紙くず同然になるでしょう。ところが国家が消えてなくなるというのは海に沈んでしまうような島国でなければ、清算するという状況はおいそれとは生まれないようです。先に例を挙げたアルゼンチンも3回はデフォルトになっていますし、他にもそういう国はいくつもあります。でもアルゼンチンは消えてなくなってはいない。国家は企業よりもしぶとく生き延びていくのです。無限と言ってもいいかもしれません。無くなってしまえば困るのは債権者ですから、債権者にそれを支えさせる構図を国は巧妙に作り出し、俺が倒産したら困るのはお前だよと言わんばかりに痛みの伴う改革を先送りしていきます。日本では、債権者である国民が、なぜか国の借金を背負い、消費増税は致し方ないというロジックを納得させられ、いつのまにか無駄遣いに蓋をしてしまうずる賢い政治家・官僚に丸め込まれてしまうのです。

サルは目先のバナナを必ず取りに行きます。社会学では目先の利益にとらわれないのは人間だけと解説されています。人間が元から目先の利益にとらわれなかったかと言えば、そうではないでしょう。狩猟民族はその日の食べる分だけ捕獲して生きていました。家族や集落単位でモノを考えるようになり、大きな集団で社会構成員の最大幸福を実現していこうと徐々に考えるようになり、農耕文化が広がると、その社会範囲は広がっていき、益々「社会に生きる」人間の姿がより際立ってきます。食料保存技術が広がると長いスパンで生活を捉える知恵が出てきます。そして財を貯える術を手にした人間は、さらに長期的利益を考えられるようになってきました。人間が目先の利益にとらわれなくなっていくのは社会の存在が非常に大きいのです。人間は相互の関係性を維持拡大することで、効率性や生産性や付加価値を向上させてきたという歴史が浮かび上がってきます。

最近、目先の利益に飛びつくようになった人が目につくのは、そうした社会性が急速にグローバル化して広がりすぎてしまい、そのメリットを享受できない人が享受できている人に比べ、圧倒的に多数になってしまった結果なのでしょう。イギリスのEU離脱決定に至った国民投票もその流れで解釈できると思います。この歯車の逆回転がいつまで続くのか、いずれまた正回転に変わると思いますが、いつのことになるかは予測がつきません。またこの逆回転・正回転の変化のタイミングを狙って目先の利益を獲得しようとする多数の中から「少数の成功者」が生まれるのでしょうね。

大津事件に見る司法の気概

2016年6月19日 at 5:14 PM

ロシアと日本の関係は興味深い。戦後一貫して北方領土問題を抱えてはいるものの、クリミア併合で欧米諸国から一斉に非難の的となっていることを思えば、安倍晋三首相とプーチン大統領の関係は表面上比較的良好と言える。
過去最も大きな事件といえば1904年2月から約1年7か月戦った日露戦争であろう。当時のロシアは強大な軍事力を有した列強であり、不凍港を求めて極東地域への南下政策を採っていた。日本にとっては虎の子の朝鮮半島の利権を取られてしまえば、日本の独立さえも危ぶまれる状況であった。幸いにもロシア拡張主義に懸念を持つ英米の支援を得て、勝利のうちに講和に持っていくことができたわけだが、バルカン半島をめぐって一敗地にまみれていたトルコや、ロシアの支配下にあったフィンランドは日本の勝利に快哉を叫び、多くの有色人種国家の独立への勇気付けとなったと言われている。

一方、日本軍に次々と敗れたロシアは、内政においても帝政に対する民衆の不満が増大し、その年ロシア第一革命が起こり、制圧はしたものの12年後のロシア2月革命へと帝政の弱体化が進行することになる。
革命によりロシア最後の皇帝となったニコライ2世(在位22年)は、日露戦争や第一次世界大戦において指導的な役割を果たすものの、レーニンの命により一家虐殺されてその一生を50歳で終える。
ニコライ2世は子供の頃は女の子っぽかったと称されているが、帝王学を通じて露仏英独語を解し、歴史・政治・経済・軍事にも通じていたという。
22~23歳の時にギリシャ王子ゲオルギオスと共にアジアを中心にして1年弱の旅行をしている。本人は気が進まなかったようだが、両親の勧めと弟の同行もあり、楽しんでいたようである。

1891年4月27日最後の訪問国として日本・長崎に到着した一行は、約3週間日本に滞在した。国力の差を知る日本政府は未来のロシア皇帝を国賓待遇で迎えた。そうした接待が功を奏したのか、ニコライ(皇太子)は「長崎の家屋と街路は素晴らしく気持ちのいい印象を与えてくれる。掃除が行き届いており、小ざっぱりとしていて彼らの家の中に入るのは楽しい。日本人は男も女も親切で愛想がよく、中国人とは正反対だ」と日記に記している。一時は本当に日本人妻を娶ろうと思ったともいわれる。

日本での旅も後半に差し掛かり、大津を訪れ琵琶湖や唐崎神社を見学した一行が京都へ戻る途中に、人力車に乗ったニコライを滋賀県警の津田三蔵巡査がサーベルで襲い掛り、ニコライは右耳を負傷した。世にいう「大津事件」である。この時の斬撃により終生ニコライは後遺症や頭痛に苦しむことになる。この頃の日本の「恐露症」はかなり大きかったらしく、皇太子が来るのは日本を占領するための下見だとまことしやかに言われていた。そういった社会背景が津田という狂人を生んだのであろうが、津田本人は殺すつもりはなかったと後述している。

当時のニコライの記憶ではゲオルギオスが土産物で買った竹の杖で津田を一撃してくれたので、九死に一生を得たと述懐しているが、後の裁判記録によれば、人力車の車夫二人が飛び掛かり、津田が落としたサーベルで車夫のひとりが津田を斬りつけ、他の警官が津田を取り押さえたとある。

この事件の報告を受けた明治天皇はすぐさま京都へ行幸し、ニコライを見舞い、「犯人をただちに処罰する」と確約し、引き続き東京訪問を希望した。両親に相談したニコライは結局東京訪問を中止し、帰国の途に就くことを決めた。
明治天皇は神戸御用邸での晩餐に改めてニコライを招待したが、逆に待機していたロシア軍艦上での晩餐に招待された。「恐露症」閣僚の中には拉致されることを恐れ、ロシア軍艦への搭乗を止めるよう進言する向きもあったが、明治天皇は「ロシアは先進文明国である。そのロシアがなにゆえに汝らが心配するような蛮行をしなければならないのか」と反論し晩餐に出席したという。

日本人により負傷させられたニコライには日本中から多くの手紙、1万通の電報や贈り物が届き、街頭には跪いて合掌し許しを乞う日本国民の姿があったという。ニコライはこれに痛く感動したと日記に記している。神社・寺院・教会では皇太子平癒祈祷、中には自害をする若い女性、津田姓や三蔵名を禁止する村も出たほどである。時の山縣首相は即座に辞任している。当時ロシアの報復を如何に恐れたかが容易に想像される話である。

裁判では、ロシアとの関係悪化を危惧してニコライを日本の皇族同様とみなし死刑を求める松方正義後任首相と、政治的思惑によらずあくまで法治主義を堅持し、一般人への謀殺未遂罪を適用すべきとする児島惟謙大審院長が対立した。時の実力者伊藤博文も前者を主張し、さもなくば戒厳令をもって強行すべしとの意見であった。最終的には後者の罪で有罪とされ無期懲役に処された(同年急性肺炎により獄死)が、これをもって日本は法治国家であるということが列強諸国に印象付けられ、のちの不平等条約改正に有利に働いたと分析されている。

この裁判を通じて政府内では、ロシアとの死罪密約をしていた青木外相、西郷内相、そし病気を理由に山田法相も辞任している。まだ発展途上であった日本が武力報復・賠償請求・領土割譲されかねない緊迫した状況下で、行政の干渉を受けながらも司法の独立を維持し、三権分立の意識を広めた近代日本法学史上重要な事件とされる所以である。

ロシア外相ギールスは、日本で死刑判決が出た場合にはロシア皇帝が減刑嘆願を行い、両国親善に資するというシナリオを考えていたらしいが、何でも利用しようとする政治の世界はいつの世も魑魅魍魎の巣窟である。

5年後のニコライ2世戴冠式には日本から山縣有朋らが明治天皇の名代で出席するなど、二国間の関係改善に努力していたが、残念なことに事件以降のニコライの日本人観は後遺症もあってか嫌悪的になり、日本人を「猿」と馬鹿にして「腰抜けの日本が帝国ロシアに戦争など挑むまい」と高を括っていたなど、日露戦争の敗因につながったと分析する歴史家もいる。

余談だが、ニコライを助けた二人の車夫は国民的英雄となり、ロシアから一時金2500円(現在の1000万円程)と終身年金1000円が贈られた。日本政府からも勲章と年金36円が与えられ大金持ちとなった。ところが日露戦争が始まると敵国の皇太子を助けたとされた二人は年金を取り消され、前科者の向畑は遊興に明け暮れた挙句に婦女暴行・勲章剥奪、もうひとりの北賀市は独身であったため結婚希望者が殺到し、後に郡会議員まで務めたものの開戦後は「露探(ロシアのスパイ)」と言われ、余生は安穏としたものではなかった。

二国の君主と取り巻きの政治家、そして不安に揺れ動く国民を巻き込んだ歴史絵巻には、大国の驕りと尊大、英雄の毀誉褒貶、無責任に煽る報道、不安に駆られ暴挙に走る者、三権分立の危機といった今の世界のあちこちで見かける様相とそれほど違わぬ風景が繰り返し繰り広げられている。来週結論が出るイギリスのEU離脱・残留問題もそういった断面のひとつである。

近江商人の「売り手よし・買い手よし・世間よし」の精神

2016年5月6日 at 9:55 AM

近江商人の「売り手よし・買い手よし・世間よし」の三方よしの精神は有名な商売理念ですね。お客様に喜んでもらうことはもちろんのこと、世間様にもお役に立つという考え方のもと、そうやって信頼を得ることが結果的には商売を広げることに繋がると実感していたからの理念だと思います。

近江商人の起源は鎌倉時代にまで遡ると言われていますが、江戸中期には商業で力を持ちはじめた近江を幕府が天領として直接治めるようになりました。近江商人は「葵」の御紋が入った通行手形によって、関所を難なく超えてさらに全国に商売を広げていったそうです。

当時は「社会貢献」といった大それた考え方はなかったでしょうが、商売での利得のみならず、多くの人に喜ばれるものを提供し続けて、商人として愛されていった。結果、地域貢献・社会貢献につながっていたことが、現代にまでその理念を引き継いでいることに感嘆します。近江商人の商売十訓は以下の通りです。

⓵商売は世の為、人の為の奉仕にして、利益はその当然の報酬なり
⓶店の大小よりも場所の良否、場所の良否よりも品の如何
⓷売る前のお世辞より売った後の奉仕、これこそ永遠の客をつくる
⓸資金の少なきを憂うなかれ、信用の足らざるを憂うべし
⓹無理に売るな、客の好むものも売るな、客の為になるものを売れ
⓺良きものを売るは善なり、良き品を広告して多く売ることはさらに善なり
⓻紙一枚でも景品はお客を喜ばせる、つけてあげるもののないとき笑顔を景品にせよ
⓼正札を守れ、値引きは却って気持ちを悪くするくらいが落ちだ
⓽今日の損益を常に考えよ、今日の損益を明らかにしないでは、寝につかぬ習慣にせよ
⓾商売には好況、不況はない、いずれにしても儲けねばならぬ

どうでしょう、多くが今でも十分首肯できる内容ではないでしょうか。

さて、試みに次のような7パターンの事例を考えてみました。
(1)売り手のみよし:いわゆる詐欺ですね。売り手が「濡れ手で粟」で大儲け。買い手は騙されて粗悪品をつかまされる。最悪はお金だけ取られる。立派な犯罪です。
(2)買い手のみよし:いわゆる買い叩きでしょうか。搾取という言葉もあります。他人に帰属すべき利得を不正に取得することや、他人を使役して不当な利益を得ることを表します。下請法でも優越的権地位の濫用行為を防止しています。コロンブスの新大陸発見から始まる植民地時代には第二次世界大戦終結まで400年以上も、アフリカやアジアの資源や労働力をただ同然で搾取していました。ヨーロッパの繁栄は実はこうした多くの犠牲によるものです。
(3)世間のみよし:私利私欲を捨て、世のため人のために身を捧げる奇特な方たちが目に浮かびます。飢えや病に苦しむ人々や、恵まれない子どもたちのためにインドのコルカタに施設を造り、生活の世話や看病を行ったマザーテレサ。仏教界にも高名な方がいらっしゃるとは思いますが、自身の修養という色合いを強く感じます。政治家などは本来、世の中を良くする高邁な精神を持って志したはずですが、選挙落ちればただの人と、手段が目的化してしまうケースも少なくないようです。
(4)売り手よし・買い手よし:いわゆるWin-Win関係ですね。スティーブン・R・コヴィーの著作「7つの習慣」(1989年)で広く世界に知られた用語です。しかし、考えてみれば双方が利益を得られなければビジネスは成り立ちませんから、当たり前と言えば当たり前。ちょっと毛色は変わりますが、時代劇でお馴染みの「越後屋と悪代官の悪だくみ」では、やはりどこかで誰かが泣いているのはご承知の通りです。単なるWin-Winの影の部分を忘れてはなりません。
(5)売り手よし・世間よし:買い手が馬鹿を見ている構図が浮かびます。わかっていながら敢えて高く買っているとすれば、買い手もよしとなるでしょうが、それはあくまで買い手の主観の問題。金やダイヤの宝飾品や、高級ブランド品(時計やバッグ等)を買っている方はこれに近いのではないかと思います。金の装飾品は金の地金代に加工費、デザイン料が乗っかりますから、買ったときは高くても、金の地金の価格が同じなら、必ず損をします。
(6)買い手よし・世間よし:売り手が赤字でやっている場合は長く続きません。薄利多売のビジネスモデルがこれに近いかもわかりません。過去、このビジネスモデルで大成功をおさめた企業は少なからずあります。「主婦の店」から価格破壊を合言葉に成長したダイエーなどスパーマーケットではよくある業態です。中身は自転車操業ですから成長が止まってしまうと途端に負債が膨らんで破綻してしまいます。需要が伸びている時期には成立するビジネスモデルですが、成長が鈍化したら業態変換を余儀なくされます。BOPビジネスも話題によく上がりますが、本当に買い手が喜ぶ商品開発には難題山積と言わざるを得ません。
(7)売り手よし・買い手よし・世間よし:一言でいえば、ステークホルダー全員の満足ということでしょう。売り手と買い手が扱っているものは、実はその背後、あるいはその先に別の顧客(関係者)がいることを意識するということです。売り手が扱うものを作っている作業場の環境や賃金が劣悪なものでないのか、買い手がそれを基に作った最終製品がお客様の満足に繋がっているか(代金に見合う、またはそれ以上の価値があるかどうか)、製作過程で公害(空気汚染・水質汚染・土壌汚染)を巻き散らしていないか、法律を犯していないか等、ビジネスの全体像をきちんと見据えることが重要です。

情報格差が昔ほど無くなった今の時代、「パナマ文書」のような情報に社会は浴します。企業も個人にとっても、改めて近江商人の行動理念を心に刻む時代になったのではないかという気がします。
最後に二つ、近江商人の行動規範をご紹介して今回のブログの締めとしたいと思います。

利真於勤【りはつとむるにおいてしんなり】投機商売、不当競争、買い占め、売り惜しみなどによる荒稼ぎ、山師商法や政治権力との結託による暴利ではなく、本来の商活動にはげむこと。
先義後利栄 好富施其徳【ぎをさきにすれば、のちにりはさかえ、とみをよしとし、そのとくをほどこせ】人として道理をわきまえた商いをしていれば、利益は必ず後からついてくる。利潤を追求する事が第一ではない。商売を繁盛させて、利益が増えるのはいいこと。そうして得た利益は社会に還元せよ。

NHKに求めること

2016年4月17日 at 4:13 PM

NHKは、放送法に基づき1926年に設立され、1950年には特殊法人となり公共放送を担う事業者として今日に至っている。放送法では「公共の福祉のために、あまねく日本全国で受信できるように豊かで、且つ良い放送番組による国内基幹放送を行うと同時に放送およびその受信の進歩発達に必要な業務を行い、合わせて国際放送および協会国際衛星放送を行うこと」と規定されており、その使命を果たす義務を負っている。
2月に話題になった高市総務大臣の、放送局が「政治的に公平であること」と定めた放送法の違反を繰り返した場合、電波法に基づき電波停止を命じる可能性に言及したところ、旧民主党や民放関係者、キャスター等から大きな反発が出ていることはご承知の通りである。論争のポイントは放送法4条(*)が法的規範(法律上の義務を生じるルール)なのか、倫理規範(単なる道徳上の努力義務しか生じないルール)なのかであるが、法規範性を持たない法律とはどういう意味があるのかと私自身は思うので、高市氏の発言は当然の事だと感じる。そもそも無線通信は、限られた無線周波数帯の有効活用と、混信や妨害を防ぐために免許制となっている。それゆえ電波は法律によって適正に管理されなければならない対象である。

これまでテレビ放送は数も制限され、その視覚的影響力が大きいために、特に編集段階における規範を求めたものと言える。テレビに映っているリアルな映像は、「事実」だと思い込んでしまう節があるが、編集によって前後を切り取り、反対の意味合いを持たせることは容易である。また、50人インタビューして、賛否半々だったとしても反対意見ばかり3つほど流せば、ほとんどの人が反対なのだと錯覚させることは、作為をもってすればいとも簡単なことである。
また、多くの放送人が事あるごとに言う「報道の自由」とは、本来は「事実を告げ知らせる行為の自由」であって、勝手なあるいは特殊な意図を持った発言や偏向報道を許しているものではない。40年近くに渡って喧伝されてきた朝日新聞による従軍慰安婦の捏造記事が批判される所以である。また、「報道の自由」は常に「人権との調和」との兼ね合いで語られるべきであり、事実だからと言って何でも報道して良いわけではない。「被害者の実名報道」や「被疑者の犯人視につながる」偏った報道、少年の更生を妨げるような糾弾は批判の対象となる。権力者の暴走をチェックするという論拠も放送人によって度々口にされるが、全て「事実に基づく」「国民の権利を損なう」事項が重要なのであって、重箱の隅を突くような、芸能レポーター並みに権力者の足をすくうような記事を繰り返し報道し、挙句の果てには国会の時間を無駄にする政治屋に使われるような話題にはうんざりする。

だいぶ、横道に逸れてしまったが、NHKに話を戻そう。NHKの受信料の支払い率は全国で72.5%(2012年サンプル調査)だそうである。支払い率の高い県は秋田、島根、新潟と保守県が並ぶ。支払い率の低いのは意外にも沖縄が42%で最低、以下、大阪、東京、北海道と続く。大都市での徴収の難しさ、広い北海道での徴収の難しさがあるのであろう。沖縄について調べてみると、沖縄のNHK受信料は本土に比べて15%ほど安い。沖縄返還後に導入された沖縄租税特別措置法というものがあり、車検も非常に安い(法定費用だけ比べても半額以下、それを利用した違法業者もいる)。それらの一環でNHKの受信料も安く設定されているが、返還後40年以上たっても徴収が進まないという事なのであろうと推察される。

序段の放送法「公共の福祉のために、あまねく日本全国で受信できるように」という部分では、極一部難視聴地域があるものの、ケーブルや光テレビなどの普及でほぼ問題ではなくなっているであろう。インターネットの発達によって多くの若者はテレビを見ないようになっている。幼少の時にはNHKしか見せてもらえないという厳格な家庭があったり、親御さんが安心して子供に見せられるのはNHKだけという妄信もあった。今やNHKの番組は民業(民放)圧迫かと思わせるようなお笑い、芸能(古典ならまだしもアイドルもの)、韓流ドラマも少なからずありますし、質の良い番組は明らかに減っていると思います。本当に「公共の福祉のため」の番組作りをやっているのか甚だ疑問があります。民放の収入源はスポンサー収入ですから視聴率に一喜一憂するのは仕方のないこととしても、NHKの収入は主に受信料です。30数億円の交付金収入もありますし、法人税も免除されています。職員数1万人、平均年齢41歳、平均給与1160万円という数字に納得感を持てない方々も多いでしょう。災害対策基本法ではNHKは指定公共機関に指定されていて、防災計画を作る義務や、気象警報・地震警報・津波警報などを直ちに国民に通知する義務もあります。今後NHKが特殊法人として本当に行わなければならない事業、収入基盤の再検討、スクランブル技術による「見たくない人」への選択権(契約自由の原則に違反していませんか?)など再考するべきだと思います。

放送法の後段の「国際放送」も今や非常に重要で、NHKは18言語で150か国以上にニュースや情報番組を中心に配信していると宣伝していますが、度々意見を異にする中国の中国国際放送局(CRI)は中国共通語と4つの方言、38の外国語を用いて200か国以上に向けて放送をしています。多言語や視聴地域の拡大のみならず、コンテンツの充実を図り、日本の仲間作りにも資するような施策を講じてもらいたいものです。NHKはその存在意義(raison d’ être)からして、一般大衆に媚びを売り、視聴率を稼ぐことではないはず。良質な番組を国内のみならず世界中に向けて発信し、誰でも無料で二次利用できるようにし、公共の福祉に供する姿に戻ってもらいたいと切に思います。

(*)放送法第4条 
放送事業者は、国内放送及び内外放送の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
一  公安及び善良な風俗を害しないこと。
二  政治的に公平であること。
三  報道は事実をまげないですること。
四  意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

日本の領域は世界12位

2016年3月13日 at 2:55 PM

日本の国土面積は37万㎢で世界201国中61位。ロシア、アメリカ、中国などの大国と比較すれば数十分の一と小国であることは間違いないが、上位3分の1に入っているという観点で見れば、多くの日本国民が思っているほど小島国ではない。イギリスの1.5倍、ドイツよりもやや大きめの国土を有している。昨今、海洋資源の重要性が指摘されているが、日本の排他的経済水域(Exclusive Economic Zone; 略称EEZ~いわゆる200海里~沿岸から370kmまでは主権が及ぶ)は非常に広く、アメリカ・オーストラリア・インドネシア・ニュージランド・カナダについで世界6位という海洋国家である。このEEZと国土を合わせた領域では、なんと日本は世界12位の領域を有する国家に躍り出るのである。EEZの比較で言えば、日本の448万㎢に対し、中国のそれは229万㎢と半分しかない。最近の中国の海洋進出は軍事上の観点のみならず、EEZを広げようとする経済行為の一環とも言える。

海洋資源には様々なものがある。日本近辺の海底に眠っている資源では、金・銀・銅・亜鉛・鉛・石油・コバルト リッチ クラスト・メタンハイドレート等の豊富なエネルギー資源や鉱物資源の存在が近年における技術の発展と調査によって確認されている。種々の制約要因(法規制、土地用途、利用技術など)を考慮しない場合に理論的に取り出すことができるエネルギー資源量を「賦存量(ふぞんりょう)」というのだそうだが、300兆円の価値があると算定されている。実際には経済的に見ても実利用できるかどうかは研究開発次第であるが、文科省・経産省・海洋エネルギー資源開発促進日本海連合・JOGMECなどがその調査及び採掘研究にあたっている。

EEZを語るにあたっては各国が抱える領土問題は避けることのできない課題である。皆さんご承知のように、日本ではロシアとの間で北方四島、韓国との間で竹島、中国・台湾との間での尖閣諸島が代表的なものである。ことEEZの話になると沖ノ鳥島が国連海洋法条約において、どのような位置付けになるかが大きな問題になっている。
沖ノ鳥島は東京都小笠原村に属する小笠原諸島最南端の「島」であるというのが日本の見解である。日本は2008年に大陸棚限界委員会に対して、それを根拠に大陸棚の延長申請を行ったが、中国と韓国が異議を唱え(アメリカとパラオは異議を唱えず)、今もって継続審議の状態となっている。

中国と韓国の主張は「沖ノ鳥島は島ではなく、岩である」というもので、ただの岩と認定されればEEZは認められない。EEZを主張するには国連海洋法条約の第121条 第1項「島とは、自然に形成された陸地であって、水に囲まれ、高潮時においても水面上にあるものをいう」あるいは第121条 第3項「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩は、排他的経済水域又は大陸棚を有しない」のいずれかをクリアしなければならない。また第60条 第8項「人工島、施設及び構築物は、島の地位を有しない。これらのものは、それ自体の領海を有せず、また、その存在は、領海、排他的経済水域又は大陸棚の境界画定に影響を及ぼすものではない」とあり、日本は沖ノ鳥島を何とか「島」あるいは「営みのある岩」として位置付けるべく様々な対策を講じている。

沖ノ鳥島は外観で見ると、東西に4.5km・南北に1.7km・面積5.78㎢のそれ相応の大きさの島だが、その実態は北小島と東小島というそれぞれキングサイズベッド程度の岩礁に、以下に述べる対策を講じてその存在を保っている(歴史を辿れば、1933年には6つの露岩が満潮時にも姿を現していたという記録があるが、その後の風化や海食により4つは亡失してしまった)。1987年消波堤設置、2006年サンゴ増養殖技術検討開始、2007年灯台設置運用開始、2013年港湾施設建設開始・2016年完成予定。工事だけでも数百億円の国家予算が投じられている。

沖ノ鳥島の大陸棚延長が認められなければ、日本は37万㎢の国土以上の海域を失うことになり、その経済的損失は膨大である。一方で、中国は南沙諸島でジョンソン南礁(赤瓜礁)で日本と同様なことを行っている。2012年には岩礁の埋め立てを行い、2014年には護岸や桟橋、宿舎などの人口建造物を建造し、2015年には灯台の完成式典を行った。中国との領有権争いをしているベトナムによれば、ジョンソン南礁は満潮時に海中に沈むとしており、地球温暖化による海面上昇はこのようなところにも大きな影響を及ぼしている。また、軍事に絡めて言えば、核と言わず小型爆弾でもこの岩礁を爆破してしまえば、対象国に重大な経済的打撃を与えることができる些少の存在であるとも言えるのである。

モンゴルの歴史

2016年3月10日 at 4:43 PM

モンゴル人と言えば、日本では大相撲で活躍している力士がまず頭に浮かぶ。朝青龍や白鵬をはじめ、相撲史にその名を遺す大横綱がおり、現役3横綱は全てモンゴル出身である。見た目が日本人と変わらないので、よく調べないと日本出身力士かどうか見分けがつかない。そんなモンゴルは国土が日本の4倍、人口は300万人、2014年の一人当たりの名目GDPランキングでは110位、$4000強と中所得国の中位に位置する発展途上国です。しかし、アジアではミャンマーに次ぐ第二位の経済成長率(7.7%)を誇り、豊富な鉱物資源を背景にこれからの発展が期待されています。

一般にモンゴルと言えば、正式名称モンゴル国のことを指しますが、中国内には内モンゴル自治区(面積は日本の3倍、モンゴル族は400万人と言われる)があり、彼らはモンゴル国のことを外モンゴルと呼びます。
モンゴル国はソ連に次いで世界で二番目の社会主義国で、成立は1924年。その後は極左路線を推し進め、日本が樹立した満州国(1932年~1945年)とモンゴルの国境線をめぐって発生した1939年のノモンハン事件では、ソ連軍と同盟を結んで日本の関東軍と戦火を交えています。終戦間際のソ連の宣戦布告の2日後、1945年8月10日にはモンゴルも日本に宣戦布告を行っています(国家承認を得ていないので戦勝国ではない)。

モンゴル国の公用語は勿論モンゴル語ですが、モンゴル文字は特殊なため、現在ではロシア語に使われるキリル文字を流用しており、文化的にもロシアの影響を色濃く受けています。
モンゴルが社会主義の旗を降ろしたのは最近のことで、1992年。その際に日本からのODAで発展を遂げたこと、そしてその援助が国内で大きく報道されたこと、加えて大相撲でのモンゴル出身力士の活躍などが相まって、今のモンゴルにおける親日につながっています。
一方、中国の内モンゴル自治区は、前出の関東軍が清朝の愛新覚羅を元首に据え、敗戦まで実質支配を行っていました。しかし、中華人民共和国建国以来、漢民族の移入により8割以上が漢民族で構成されるようになりました。公用語は中国語とモンゴル語ですが、外モンゴルのそれとは違う方言ですし、モンゴル文字が継承して使われているため、外モンゴルの若者は判読困難になっています。

モンゴル人はもともとは遊牧民です。古来、平原を東西南北縦横無尽に駆け巡っていたものと思いますが、中国の戦国時代(紀元前403~紀元前221年)には中国人と同化していったとされます。秦の始皇帝死後の内乱の中で、モンゴル人は騎馬力を発揮し、冒頓単于(ぼくとつぜんう)という君主が匈奴という国家を拡大しモンゴル高原を支配するようになりました(紀元前209~紀元前174)。その後は中国との間で数百年に渡るつばぜり合い、主従関係、群雄割拠を繰り返しながら、チンギス・ハンの登場を待つことになります。

チンギス・ハンは1200年代から周辺の遊牧民を傘下に収め、1222年にはイスラム王朝を滅ぼし、その後継のオゴディ・ハンがポーランドやハンガリーにまで戦線を進めました。クビライ・ハンの時代には2400万㎢(現在最大領土のロシアは1700万㎢・歴代最大領土は大英帝国の3370万㎢)もの領土を治める連合体を形成しました。今のモンゴル国の国土の15倍の広さです。
クビライ・ハンは1271年に国号を大元という漢字に改め、中国を統一します(元朝)。元朝は100年弱で滅びましたが、クビライ王統の残滓はモンゴル高原へ退却し、さらに100年大元の国号を使い続けていました。その後は政治的空白を経て、明朝との和約を結び地域部族としてその存在を維持していたようです。

1500年代に周辺部族で頭角を現したヌルハチ(女真族)に降伏して取り込まれ、これが満州となり、のちの清朝になっていきます。清朝の275年に及ぶ統治下では蒙地保護政策を受け、モンゴル族の王侯たちはこの頃から自治を認められていました。前出のように1932年に日本が満州国を成立させると、内モンゴル東部は満州国に組み込まれました。関東軍は後に内モンゴル西部にも侵入して中国軍を追い払い、1937年に厚和(現フフホト)で蒙古連盟自治政府を成立させ配下に置きます。1945年の日本の敗戦によって、外モンゴルと内モンゴルの合併の動きもありましたが、ソ連と中華民国との間の駆け引きで、内モンゴルは自治区として中国に留まり、外モンゴルは独立を認められたという歴史的経緯があります。

戦争は大勢の罪のない人々を巻き込むといった戦禍のみならず、その後、多くの民族の分断を引き起こしています。モンゴルは過去一代帝国を築き上げましたが、今の外モンゴルと内モンゴルは同じ民族でありながら、国の形態が大きく違って文字も文化も異なるものとなりました。ドイツのように国家統一に向けての内から湧きあがる民族意識もなくなっているのかもしれません。多くの民族が今でも辛酸をなめています。敗戦によって日本が分割統治されなかったのは、本当に幸運なことであったと実感するとともに、日本も民族の分断に関わっていたことを真摯に振り返る必要があります。このように見てくると、やはり日本民族は世界で特殊な存在であると認識せざるを得ません。弥生人が渡来して縄文人と交わったのは紀元前と言われていますので、日本建国2700年はあながち神話の話とばかりは言えません。中国4000年の歴史は上述の通り異民族の興亡の歴史そのものです(漢民族が支配していたのは漢、宋、明、そして現在)。多くの国の歴史は民族の歴史に比べて非常に短いものであることがわかります。

文明の衝突と21世紀の日本

2016年2月20日 at 5:36 PM

標題はハーバード大学政治学教授サミュエル・ハンチントンが2000年に発刊した書籍である。それに先立つこと1993年に冷戦終結以後は「文明の衝突」の時代となると雑誌『フォーリン・アフェアーズ』で発表し話題をさらった。1998年の日本での講演に基づいて標題の書籍が刊行されたわけである。1989年にベルリンの壁が崩壊し、年末のマルタ島でのブッシュ・ゴルバチョフ会談によって冷戦の終結が宣言され、翌年の東西ドイツ統一、その翌年にはソ連邦が解体された後、多くの西側諸国が民主主義と自由経済の勝利に酔っていた頃のことである。

ハンチントンの教え子であったフランシス・フクヤマも1989年に「歴史の終わり」を発表し、民主主義と自由経済の勝利、そして民主主義は普遍的かつ恒久的なイデオロギーであり、もはや独裁や帝国に戻るような可逆性はないと論じた。それに呼応したかのように引き合いに出されるハンチントンの「文明の衝突」であるが、その中の「歴史は終わらない」という文言だけが取り上げられ、反論めいた論文のように分析するきらいもあるが、それは本筋ではない。
その後の世界の動向はイスラム(主に急進派)と西欧の衝突という形に代表されるような状況が出現し、まさにハンチントンが喝破したような情勢となり、フクヤマの「歴史の終わり」は一挙に影を潜めてしまった感があるが、今回改めて標題の本を読み直してみた。

標題の「文明の衝突と21世紀の日本」に関しては、やはり日本及びその周辺への記述に注目が集まるところである。ハンチントンは現存する文明を中華、インド、イスラム、日本、東方正教会、西欧、ラテンアメリカ、アフリカの8つに分類し、日本文明に関しては他の文明が複数国で構成されているのに対し、日本文明は日本一国で成り立っている孤立国文明であると定義付けた。
このことは日本がこれまで、第一次世界大戦前は大国イギリスとの日英同盟を、第二次世界大戦前は強大化した独伊と、そして敗戦後はアメリカ占領という他律的ではあるが日米同盟という、一貫して「バンドワゴニング」(大国に追随する戦略)策を取ってきたことと符合すると解説している。文明を共有している国々は仲間集めをして「バランシング」(勢力の均衡を維持する戦略)策を取ることが選択肢としてあることと、日本のそれを対比している。

その筆は、アジアにおいて勢力を増してきた中国に対して、いずれ日本は同様の「バンドワゴンニング」政策をとる可能性が高いとしている。この論旨には多くの日本人が賛同しないであろう。日本にとって世界中で最も折り合いが悪い中国に日本が追随するなんてことがあるわけないと。
将来、日中の連携があるとすれば、中国の体制変革が前提となろう。中国4000年の歴史からすれば、中華人民共和国という一党独裁共産主義体制は高々66年でしかない。フクヤマの歴史観からすれば、「歴史世界」(民主化を達成していない国)はいずれ民主化を経て、「脱歴史世界」(イデオロギー闘争、政治的抑圧、政治的不平等からの解放)に至るはずである。

ハンチントンの言うように日本文明は特殊で仲間が作れないというのであれば、日本文明を発信して日本文明に取り込んでしまえばいい。昨年日本を訪れた2000万人の訪日客のうち半数以上が中華系(中国、台湾、香港)であり、日本のレストランのサービスやトイレの清潔さに驚嘆しきりであった。そういった訪日客が本国へ帰り、その素晴らしさを伝え、レストランやトイレが日本を見習えとばかりに見違えるようになってきていると(まだ一部であろうが)聞く。
ハンチントンの理論からすれば、イデオロギーより文明の共通価値が高くなるということは東西ドイツの統一と同様、いずれ中台や韓国・北朝鮮の統一も、その可能性に現実味を与える。日中連携があるとしても中台や朝鮮などの同一文明同士が統一されたその後となろう。

一方、現在の日本の立ち位置を見ると、体制的には軍事同盟を基盤にして西欧に組み込まれている。特にアメリカとは切っても切れない関係である。しかし、アメリカの将来の動向によっては、自国の「バンドワゴンニング」政策に影響が出てくるであろう。近々では大統領選挙の動向には目が離せない。選挙権の無い身としてはまともな大統領が選出されることを切に願うのみである。過去、世界の警察を自任したアメリカのおせっかいによって、混乱をもたらされた国や地域は少なくない。アメリカが悪魔呼ばわりすればするほど、国内では人気が出てしまうという現象もいくつも見てきた(カストロ、ミロシェビッチ、フセイン)。世界帝国がありえない以上、超大国アメリカと言えども、世界が多文化からなることを認識しなければならない。自国の価値観で世界中を塗り替えることなどできないことに、多くの戦費と犠牲を払った結果、やっと気付き始めている。アメリカの歴史はコロンブスから始まるのではなく、ネイティブ・アメリカンから始まって、白人の侵略を経て、今に至っているという歴史観を持つべきなのである。

こうして考えてくると、友好国アメリカにも隣国中国にも働きかけを行い、日本文明の中でも共有化されうる価値観を世界に発信する日本の役割は「孤立国」と言われるほど、決して小さいものではない。

台湾との歴史、そして国連とは

2016年2月11日 at 11:38 AM

既報の通り2月6日早朝、台湾南部にM6.4の地震が発生しました。ニュースでは倒壊した16階建ての集合住宅ばかりが報道されていますが、現地では断水が一番大変だというSNSも流れています。思い起こせば3.11でいち早く義援金活動をしてくれた台湾に「今こそ恩返しを」と多くの日本国民が支援の輪を広げました。私も微力ながら寄付をしましたが、日本政府も8日に100万ドルの義援金を台湾赤十字に支援することを表明しました(台湾のブログでは台湾赤十字は国際赤十字の承認を受けていない組織なので、どこか別の政治団体のポケットに入ってしまうと危惧する投稿もありましたが真偽不明)。7日には5人ではありますが、官民による「調査予備隊」が現地入りしました。広島のNPO法人PWJは救助犬とレスキュー隊員の派遣を準備中とありますが、その後実際に派遣したのかどうかの報道は見当たりませんでした。

3.11の時に日本赤十字社が公表した国別義援金があたかもすべてのように報道されているきらいもありますが、義援金総額227億円のうち、アメリカが約29億9800万円で1位、台湾が約29億2800万円で2位、以下タイ、オマーン、中国、アルジェリア、イギリス、ベトナム、香港と続きます(オマーンが上位にくるのは、前国王が日本女性と結婚し、その娘が王族入りしていることによる)。実は、義援金とは別に「救援金」というのがあり、これは赤十字社が直接被災者支援活動に直接役立てるものだそうです。「義援金」は被災県の義援金配分委員会に送金されてから被災者に配分されるもので、使われ方に違いがあります。救援金は総額597億円と義援金の2倍以上あって、アメリカの230億円を筆頭に、台湾67億円、カナダ40億円、ドイツ33億円、韓国29億円と続きます。いずれにしても台湾のそれはGDP比から言っても大きな支援であることには間違いありません。また、一方で反日の中国や韓国からも支援をいただいていることはきちんと認識すべきことと思います(被災した自治体や募金団体から寄せられた義援金や寄付金の国内での総額は4400億円)。もちろんお金だけで全てを量ることはできません。多くの物資や救援支援をしてくれたすべての個人・団体に感謝しなければなりません。これから語る台湾に関して付け加えれば、台湾各地の消防士からなる台湾救援隊28名派遣や、総量560トンの支援物資、政府並びに民間から総額200億円の支援金を頂戴しています。

前置きが長くなってしまいましたが、日本と台湾の関係は1895~1945年の日本統治時代を抜きに語ることはできません。日清戦争で清国から台湾・澎湖諸島が日本に割譲され、日本政府は台湾総督府を設置し、いわゆる植民地統治を開始しました。欧州諸国の植民地支配と日本のそれが大きく違うのは同化政策です。欧州諸国は経済発展のために労働力や産物の搾取を行い経済を拡大していきました。日本のそれは発想の原点が「このままではアジアは欧州に乗っ取られてしまう、それには日本が中心となってアジアを守らなければ」というものだったので、「大東亜共栄圏」なる構想が生まれ、朝鮮、台湾、満州を取り込み、インフラ投資や日本語教育を施して強いアジア(拡大日本)をつくろうとしていました。当初は清国と手を組んでアジアを守ろうと意図しましたが、清国があまりにだらしない状態だったので、多くの資本家や革命思想家が中華民国設立に協力しながら共闘を画策しました。実際、農業は台湾、工業は日本という方針のもと飛躍的な生産性向上を実現し、台湾財政の独立化に成功しています。台湾は日本敗戦後、蒋介石率いる中華民国・南京国民政府の恐怖政治に統治され、台湾人(本省人)は「犬が去って、豚が来た」と嘆いたとされます(日本人はうるさくて吠えても番犬として役立つが、中国人(外省人)は貪欲で汚いだけ)。台湾における国民党独裁政治(強奪・腐敗)は1996年の台湾民主化(アメリカに移住していた台湾人が中心となって運動)まで50年続きました。そのような経緯もあって、多くの台湾人が日本統治の50年と中国統治の50年では前者の方が全然マシと考えているわけです。台湾人が日本人に比較的好感を持っているのはこのためです。

国連安保理には常任理事国が5つありますね。第二次世界大戦の戦勝国であるアメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国です。正確に言えば、戦勝国はロシアではなくソ連、中国ではなく中華民国です。言わずと知れた安保理で拒否権を持っている特別待遇国です。ソ連から議席を継承したロシアはまあ妥当としても、中華民国から議席を継承した中華人民共和国(中国)は果たして妥当と言えるのでしょうか?
1972年、時のアメリカ大統領ニクソンは突然訪中をして世界を驚かせました。ベトナム戦争からの名誉ある撤退を模索していたアメリカが中国の国際連合入り(つまり台湾に取って代わって中国が常任理事国となる)を駆け引きの材料に米中国交回復を意図したと言われます。国連総会では通称「アルバニア決議」(中国の友好国のひとつであるアルバニアが提起)によって中国が台湾に代わって代表権を得ることとなりました(日本もアメリカも反対に回りましたが、アメリカのそれは承認されることを見越してのポーズでしょう。賛成76、反対35、棄権17、無投票3で可決)。この決議で台湾は追放とされましたが、中華民国は即時脱退しました。中華人民共和国は戦勝国ではありませんから、中華民国にしてみれば大変な侮辱です。(ちなみに日本への戦後賠償を放棄したのは中華民国とインドだけです。蒋介石は大陸に日本が投資したインフラを全て手に入れましたから、賠償は不要と考えたのでしょう。200万人の日本軍民を「暴に報いるに暴を以てせず」として早期帰還を宣言しました。一方、スターリンは60万人の日本兵をシベリア抑留し、強制労働により6万人が死亡したと言われます<諸説あり>)

国際連合憲章の第53条には、「第二次世界大戦中に連合国の敵国だった国」が、戦争により確定した事項に反したり、侵略政策(ファシズム、覇権主義)を再現する行動等を起こしたりした場合、国際連合加盟国や地域安全保障機構は安保理の許可がなくとも、当該国に対して軍事的制裁を課すこと(制裁戦争)が容認され、この行為は制止できない」という敵国条項がいまだに存在しています。一般的な解釈としては日独伊や東欧の数ヵ国が対象とされます。1995年には日本やドイツの提起した削除決議案が採択されましたが、削除されませんでした。2005年にも国連首脳会合において削除の決意の確認が行われましたが、今日未だに削除はされていません。果たして国連という場は機能しているのでしょうか。日本の常任理事国入りの悲願への道のりは果てしなく遠いと感じざるを得ません。

企業理念

2016年1月25日 at 11:47 AM

どこで見聞きしたか記憶は定かでないが、私のセミナーでの余談でこんなことを話すことがある。
転職面談で「あなたから質問はありますか?」と訊かれたら、この3つを質問して面接官がすべてよどみなく答えられたら、是非その会社にお入りなさいという話である。
質問⓵「御社のお得意先はどちらですか?」-面接官によっては「そんなことも調べずに面接に来たのか」とNagativeに思われそうであるが、そこを押して訊いてみよう。判断基準は「トヨタです、ホンダです」と顧客を呼び捨てにしていたとしたら、その会社は顧客志向の会社とは言い難いです。「トヨタさんです。ホンダさんです」と「さん」を付けて顧客を呼んでいるのであれば、従業員に顧客志向が浸透している良い会社と思って差し支えないでしょう。海外の場合「さん」という英語の呼称は無いので、この質問は機能しません。
質問⓶「御社の企業理念を教えてください」-この質問も同様に「そのくらい調べて来いよ」という項目かもわかりませんが、案外「企業理念」は従業員に浸透していないものです。会社によっては企業理念を持っていない会社もありますし、とても覚えきれないような長いものや、、網羅的で項目が多すぎるものも少なくありません。企業理念とは、わかりやすく言えば「我々は何のためにこの会社に集まっているのか?」つまり、事業遂行における基本的な価値観と目的意識を表現しているものです。従業員の目線で考えれば、日々の業務を行う判断基準になるもので、2択であれ、3択であれ、この企業理念を基に業務上の判断を行うという道標のようなものです。これが従業員に浸透していないとなれば、企業全体のベクトルが合うはずもなく、行き当たりばったりな非効率な企業となってしまいます。古くは毎朝「社是・社訓」を唱える会社も多くありましたが、決して意味のない行為ではありません。
質問⓷「あなたは毎日ルンルン・ワクワクした気持ちで会社に来ていますか?」-かなり不躾な質問ではありますが、これをYesと答えられる企業はどれほどあるでしょうか。かなり少数だとは思いますが、必ず存在しています。その会社の従業員の目は例外なく輝いています。いわゆるMotivationの高い会社ですが、個々の能力や可能性が十二分に発揮できている会社と言えましょう。

今日は、⓶の企業理念について書きたいと思います。日本では一流企業の代名詞とも言えるトヨタは1935年に豊田佐吉の考え方を「豊田綱領」として5つにまとめました。「上下一致、至誠業務に服し産業報国の実を挙ぐべし」や「研究と創造に心を致し常に時流に先んずべし」などは面目躍如たるものがあります。1992年にグローバルビジネスに合わせた形に変えていますが、却って凡庸な感じになってしまったと感じます。http://www.toyota.co.jp/jpn/company/vision/philosophy/

ソニーはHP上で創業者の理念「設立趣意書」を紹介してはありますが、今の企業理念は不明です。CSRの考え方や環境への取り組みビジョンは明記してありますが、断片的で、従業員の向かうべき指針は残念ながら見当たりません。デザイン・フィロソフィーのサイトで「人のやらないことをやる、つねに一歩先んずるという創業当初からの企業理念のもと、」と書いてあるところをみると創業当初の設立趣意書を拠り所にしているようですが、70年前と今では全くと言っていいほど状況は変わっているので、改めて明確にした方が良いでしょう。ソニー迷走の原因の一端はここにもありそうです。

OLC(オリエンタルランド~東京ディズニーランド運営母体)の企業使命は「自由でみずみずしい発想を原動力に、すばらしい夢と感動 ひととしての喜び そしてやすらぎを提供します」というものですが、CSR方針として掲げている「未来をひらく子どもたちの笑顔」や「お客様と社会にひろがるハピネス」の方がピンときますね。東日本大震災の時のお客様への対応は語り草になっていますが、怯えている子どもたちに何をすれば「笑顔」になってもらえるかと現場で考えて、お道化て見せたり、ぬいぐるみをあげたり、断熱シートを配ったりといった現場判断が柔軟かつ迅速にできたと言われています。

外国企業の例を挙げましょう。「Googleが発見した10の事実」のひとつに「悪事を働かなくても金儲けはできる」というのがあります。「Don’t be Evil(悪に染まるな!)」というのも社内でよく言われるそうですが、Googleにとってではなく、ユーザーにとって最善の取り組みに専念すれば、「結果」は自然に付いてくるという理念を表しています。 Appleは「improve the lives of millions of people through technology」(テクノロジーを介して何百万人もの人の生活を変える)。Steve Jobsの信念の基、まさに体現している通りです。

残念な企業理念の例を挙げましょう。サイバーエージェントのビジョンは「21世紀を代表する会社を創る」。何をするかが一切語られていませんから、従業員は何をするべきか、してはいけないかが全然わからないと思います。日本マクドナルドホールディングスの経営理念の最初に掲げている会社経営の基本方針は「ハンバーガービジネスで培った資産を有効活用し、経営の効率化と機動性の強化を通して企業価値の向上を図ることにより、長期的かつ安定的なグループ企業の成長を図りたいと考えております」。顧客視点は全くありません。これでは今の凋落はさもありなんといったところでしょうか。

企業理念と並列的にあるのが、ミッション(使命)であり、企業の果たすべき役割が明示されます。そして、何年後にはどうなっている、こうありたいというような目標というべきビジョンがあり、その実現の方策としての企業戦略につながります。企業のドメインが大きくなると企業理念と従業員の日々の仕事との間が乖離していってしまうので、企業によっては「行動指針」というようなものも作成します。あれをしてはいけない、これをしてはいけないというようなコンプライアンス視点で語られることの多い行動指針では「校則」のように従業員の行動を縛ってしまうようなものも多く見受けられます。冒頭のワクワク感を醸成するためにはベクトルを外向きにするような行動指針が望ましいですね。

そういった観点で、従業員に最もわかりやすいと思ったのは、電通の4代目吉田社長が1951年に作った「鬼十則(行動指針)」です。 1、仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない。 2、仕事とは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。 3、大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。 4、難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。 5、取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……。 6、周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。 7、計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。 8、自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。 9、頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。 10、摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。

エネルギーの湧いてくる行動指針です。
ソニーにも大曾根部隊ではソニー開発18か条なるものがあったそうで、「鬼十則」と非常に似ています。
http://yusan.sakura.ne.jp/library/sony18/

人工知能やロボットに奪われない職業とは

2016年1月11日 at 5:54 PM

ほぼ1年前になるが、「人工知能やロボットには奪われない『8つの職業』」という記事が出ていた。
1)Nostalgist-人それぞれの最良の記憶により、ポジティブな感覚を生み出すセラピスト能力を有した環境デザイナー
2)Localizer-快適なコミュニティ作りを行うソーシャル・ワーカー能力を有した調整役
3)Robot Counsellor-家庭にアシスタントとして入っていくロボットを、ニーズに合わせて提案し、安心して使えるようにするアドバイザー
4)Company Culture Ambassodor-企業の価値観を浸透・共有させ、仕事が楽しいという環境と雰囲気をつくり出す世話役
5)Simplicity Expert-世の中に情報が氾濫し複雑性が益々増す中で、要点を見つけだし、単純化できるマネジメント
6)Auto-transport Analyst-ドライバーを必要としない自律走行車が増えていく中で、問題を予防し、不測の事態に対処できる物流専門家
7)Healthcare Navigator-病院内のみならず自宅でも様々なヘルスケアが進展していく中で、どういった治療が最適かをアドバイスする医療コーディネーター
8)Makeshift Structure Engineer-3Dプリンターなどの構造設計者、突発的な災害に即応して緊急用施設などを作る現場監督的エンジニア

この8つの職業とAIロボットがいれば、全て万事心配ないとは思えないが、人工知能やロボットが確実に社会及び家庭に入ってくる近未来がやってくる。そんな環境変化の中で、必要な能力として浮かび上がってくるのは、新しいテクノロジーへの造詣が深く、社会科学(心理学、教育学、社会学)や数学、さらにコミュニケーション能力を横断的に駆使する総合力のようである。それは今でも様々な局面で求められている能力であり、特段目新しさはない。将来益々求められ、かつ人間同士の接点になくてはならない要素を強調しているとも言える。

翻って現代人は総じてコミュニケーションの問題を抱えている。上司と部下、親子関係、男女関係、世代間、様々なところでその問題の存在の大きさが浮き彫りにされる。IT技術の進歩ゆえと言えば聞こえがいいかもしれないが、メールのやり取りが増え、直接顔を合わせて議論をする機会が少ない。ネット上の一文に過剰反応し、炎上した挙句にリアルな世界で凄惨な事件も起きている。直接のコミュニケーションを避けて、Virtualの世界に浸かり、思うように行かなくなったらリセットボタン。傷つくのが怖くて告白できない。男女交際は気を使わなくてはいけないので面倒だからしない。このような存在では明らかにロボットに取って代わられてしまう。恋人はゲームやアニメの主人公。いい大人になってもアイドル追っかけ。人間が一番面白いのになぁと思うおじさんここに在り。

人間とロボットの共存は選ぶ立場の人間が心地よいと思える相棒を作れるかにかかっている。ロボットが鉄腕アトムのようなヒューマノイド型になり、ドラえもんのようにネコ型ロボットとは言え、ほぼ人間同等のコミュニケーションをしているように、技術者は使命感をもって、その実現に邁進していくであろう。その時、人とのコミュニケーションを避けてきた人間はさらなる疎外感に苛まれはしないだろうか。

Technological Singularity(技術的特異点)という言葉を度々聞くようになった。人類のこれまでの技術開発の歴史から推測して得られる未来予測の限界を指す言葉である。特異点の後では科学技術の進歩を支配するのは、人類ではなく人工知能(AI-Artificial Intelligence)となるため、人類の過去の傾向に基づいた変化の予測モデルは通用しなくなるという考えである。

何十年後か何百年後かわからないが、現在の人類には理解できない未来が待っているとしても、人間同士が健全なコミュニケーションを積極的に図り、AIを活用して幸せな暮らしが実現できていることを私の初夢話として、ひとまず筆を置きます。本年も宜しくお願い致します。