日本国憲法精読

戦後日本政治の本流は1955年の自由党と日本民主党が、憲法改正と再軍備に反対し非武装中立を是とした日本社会党の台頭を危惧して、保守合同したことに始まる。
以来、自由民主党(自民党)は党の政綱に「独立体制の整備」:『平和主義、民主主義及び基本的人権尊重の原則を堅持しつつ、現行憲法の自主的改正をはかり、また占領諸法制を再検討し、国情に即してこれが改廃を行う。世界の平和と国家の独立及び国民の自由を保護するため、集団安全保障体制の下、国力と国情に相応した自衛軍備を整え、駐留外国軍隊の撤退に備える。』を掲げ日本政治の主流を歩んできた。しかし、結党78年たって未だに自主憲法の制定に至っていない。岸田首相は「自衛隊を憲法に明記することは極めて重要」と改憲に意欲を見せているが、国民投票までの道のりですら様々な困難が待ち受けていることは間違いない。
改めて先入観を捨てて、憲法全文を読んでみると、改正すべき点があるのは明らかであるが、どこをどう改正するかについては百家争鳴となるに違いない。精読後の一国民として所感を述べてみたい。

前文には「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意」と書いてある。明らかに日本を再び軍事国家としないように米国占領軍が釘を刺している。また、「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において」と前提をおいている。しかしながら、国連の安全保障理事会で拒否権を有しているロシアがウクライナ侵攻を果たしたことからも、あるいは核不拡散条約が機能せず核保有国が増えてきていることからも、前提としている国際社会観に問題あると言わざるを得ない。さらに、「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。」とある。各国の責務であると謳ってはいるが、国際社会が全てそうなっているわけではない。一国家の憲法前文において、国際社会を定義づける意味はおよそ無く、前文そのものが必要かどうかも疑問である。

第二章 戦争の放棄 第九条「国の交戦権は、これを認めない」。ご案内のように戦後この文章は憲法解釈の名の下で自衛隊を合憲としてきた。まともに読めば、これでは他国の侵略に対して白旗を挙げよと言っているわけで、到底日本国および日本国民を蛮族から守ることはできない。交戦権は国際法によってどの国にも認められている権利であり、これを否定する文言は排除しなければならない。

第三章 国民の権利及び義務
第十二条 「この憲法が国民に保障する自由及び権利」を、「国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」とあり、
第十三条 「公共の福祉に反しない限り、」と規定しているように、自由や権利の濫用を戒めている。言論の自由とか、国民の権利とかはあくまで公共の福祉に反しない限りにおいて許されることをリベラリストと称している人たちは肝に銘じるべきである。公共の福祉とは最大多数の最大幸福のことであって、サイレントマジョリティが逆差別を受けてはならない。
第十五条 「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」国民は公務員を罷免することができるんだね。
第十九条 「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」
第二十条 「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」統一教会への解散命令はできるのか? 信教の自由を脅かしてはいないか? 実質的に公明党を差配しているのは創価学会であって、それは宗教団体が政治権力を行使していることにはならないのか?
第二十一条 「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」。第十三条の「公共の福祉に反しない限り」はこの条項にも効力が及ぶのか? 及ばないとするとどう整合を取るのか? 表現の自由は際限なしに認められるのか?
第二十三条 「学問の自由は、これを保障する」日本学術会議では軍事転用技術は許されていないが、これは学問の自由を保証されていることになるのか? 「公共の福祉に反しない限り」は全ての条項に及ぶべきではないのか? 独占禁止法もこの精神に依拠している。
第二十四条 「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本」。一昨日の名古屋地裁判決において、同性婚を認めない規定は違憲であるという判決が出た。その論拠となっているのは、第二十四条二項の「配偶者の選択」という個人の尊厳と両性の本質的平等を定めた憲法に違反すること、並びに第十四条の「すべての国民は、法の下に平等」で「差別されない」権利であるが、そもそも第二十四条一項で「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し」と規定しているので、憲法改正をしない限り、日本国においては同性結婚は認められないと解釈すべきではないか。同様の裁判は、名古屋のほか札幌、大阪、東京、福岡の全国5か所で起こされていて、憲法違反の判断は札幌に次いで2件目。大阪では合憲判決、東京では違憲状態であるという判決が出ている。本件は当然最高裁の判決までいくものと思うが、原告はまず憲法改正を言うべきではないのか?
第二十六条 「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」。能力に応じて、ひとしく教育を受けるは読み方によっては矛盾を孕んでいる。教育を受ける権利をひとしく有するとすべき。
第二十七条 「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ」。権利であり、義務である? 勤労は権利でもなければ、義務でもないのでは? 文言通り解釈すると、働いていない人は義務違反。国家は失業率ゼロのためにあらゆる政策を講じなければならない。三項「児童は、これを酷使してはならない」。酷使しなければ労働させてもいいのか?
第二十九条 「財産権は、これを侵してはならない」三項「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる」。極端な解釈かもしれないが、国家は国民の財産を没収しうる。これは財産権侵害に当たらないのか?色々調べたところ、19世紀後半ごろから、西欧において財産権も公共の福祉のために制限されうるものとされるようになったようである。国家の徴税権は無敵である。
第三十六条 「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」。厳しい尋問は許されそうな感じ。

第四章 国会
第五十一条 「両議院の議員は、議院で行った演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない」野党もマスコミも責任を問うてばかり。憲法違反だな。
第五十六条 「両議院は、その総議員の三分の一以上の出席があれば、議決できる」。二項「両議院の議事は、出席議員の過半数でこれを決する。」。つまり議員数の六分の一の賛成があれば、議決できる。議員のずる休みのハードルが低いわけだ。
第五十七条 「両議院の会議は、出席議員の三分の二以上の多数で秘密会を開くことができる」。秘密会ってなんだ?? 国民には知られずにということでしょうか。おしゃべりな議員が沢山いるので、これは心配無用かな。
第六十八条 「内閣総理大臣は、国務大臣を任命する。但し、その過半数は、国会議員の中から選ばれなければならない」。民間人の任命が半数弱まで認められる。デジタル庁とかまったく素人を据えるのはやめて、台湾のオードリー・タンさんのような一級の専門家の任用を望む。

第五章 司法
第七十八条 「裁判官の懲戒処分は、行政機関がこれを行ふことはできない」。国政選挙の時に、最高裁判事の罷免が制度上可能にはなっているが、投票者は裁判官を罷免しうる情報を有していないので、形骸化している。有識者による情報提供を考えてほしい。

読売新聞社が今年3月7日~4月11日にかけて行った世論調査(全国の有権者3000人を対象に実施し、2055人から回答を得た)の結果によると、憲法改正賛成61%、反対33%、回答しない5%となった。この比率は55年体制後の初の総選挙が行われた1958年定数467で二大政党が争った結果の自民党287議席(61%)、日本社会党166議席(36%)とほぼ同じである。これをどう解釈すべきなのであろうか? 78年間国民が政治に無関心で、全く国民的議論に至ることがなかったことを裏付けるものなのであろうか? ただ単に時間を無為に過ごしただけなのだろうか? 今こそ平和ボケから脱する時である。

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