ギリシャ神話

ギリシャ神話に興味を惹かれたのは、「岸壁に鎖で繋がれたアンドロメダ姫を海獣から救う英雄ペルセウス」を主題とした絵画がいくつもあることを知ったのがきっかけだった。ペルセウスは翼のあるサンダルを履き宙を飛び、あのブランド名にも使われているエルメス(ゼウスの子)から授かった金剛の鎌ハルペー(刀剣)を右手に、左手には怪物メドゥーサの首を掲げ海獣に立ち向かう。メドゥーサは首を打ち取られたとはいえ、眼光の魔力は消えず、海獣はその魔力によって石と化し、ペルセウスはアンドロメダを救い出す。ペルセウスはのちにアンドロメダと結婚するが、アンドロメダには婚約者がいたので、その顛末は単純ではない。

アンドロメダがなぜ岸壁に繋がれていたかというと、その母カシオペアが自らの美貌は神にも勝ると豪語したことから、怒った神々から生贄にされたもがアンドロメダだった(なぜカシオペアではないのか? 白雪姫の話はこの話をモチーフにしてる?などギリシャ神話は突っ込みどころ満載で楽しい)。
ペルセウスはアルゴス王の娘ダナエ―と最高神ゼウス(様々なものに変身して人界に現れ、あちこちに子供をつくる何でもありの浮気者)との間に生まれた子であるが、その後さまざまな冒険譚があり、最後にはペルセウス座となって天に祭り上げられる。
ペルセウスは神ではないが、半神英雄として神アテーナー(アテネの語源)に認められて星座になり、カシオペア座やアンドロメダ座と絡み合うように天空を彩っている。星座を見ても必ずしもその姿に見えないのは、ギリシャ神話が先にあり、その話を天空に当てはめていったためである。

ギリシャ神話には数多くの神が出てきて、とても覚えきれるものではないが、その中でも万人に知られている神が最高神ゼウスである。全知全能の神で宇宙を破壊できるほどの強力な雷(いかづち)を持つ絶対神である。ではギリシャ神話においてゼウスが全ての始まりかと言えば、そうではない。ゼウスの父母もいるし、兄もいる。祖父も祖母もいる。
祖母のガイアが最初の神である。ヘシオドスの「神統記」(前8~7世紀)によれば、カオスから生まれたとされる。明治期、平塚らいてうが「元始、女性は太陽であった。今は月である」と宣言したように、原始において母なる大地は全ての祖であった。日本におけるアマテラスオオミカミも同様の存在であろう(実在したか否かに関わらず女神が事の始まり。卑弥呼もそういった色合いが強かったであろう)。ガイアの夫ウラノスは実はガイアの子(処女懐胎のような概念)である。大地の神ガイアはウラノスと結ばれる前に冥界の神タルタロス、愛の神エロス(英語読みでキューピッド)、海洋神ポントス(黒海の語源)を産んでいる。
ガイアとウラノスは次々と神々を産むが、ひとつ目のキュクロプスや100の手と50の頭を持つヘカトンケイルといった化け物を産む。その醜い姿を嫌ったウラノスは自らの子等をタルタロスの支配する冥界に閉じ込めた。これに腹を立てたガイアは息子のひとりであるクロノスに斧を渡して、ガイアとウラノスの交わり時に襲わせる。部屋の隅に隠れていたクロノスはウラノスの男根を切り落とし海に投げ込んでしまう。これによりクロノスはウラノスに代わって天地の支配者になるのだが、海に漂うウラノスの男根から美の女神アフロディーテが生まれるという奇想天外な結末を迎える(アフロディーテは英語ではヴィーナス。ルネッサンス絵画で有名なボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」はこの話を画題にしたものである)。

ゼウスはクロノスの子であるが、母はレアーでゼウスの姉である。ゼウスより先に生まれたハデス(冥界の神)やポセイドン(海の神)といった兄たちは、「お前もウラノスと同じく子に殺される」という予言に恐れを抱いたクロノスによって、次々と5人も吞み込まれてしまう。この狂気極まる神話はゴヤやルーベンスらによって絵画作品となっている。題名は「我が子を食らうサトゥルヌス」となっているが、サトゥルヌスとはローマ神話における名前で、ギリシャ神話におけるクロノスのことである。ギリシャ神話がローマ神話に引き継がれていく形で多くの神話が転写されていった。

次々と我が子を食われてしまった母レアーは一計を案じ、最後に産んだゼウスをクレタ島に逃がし、産着で包んだ石をゼウスといってクロノスに渡す。それを誤って吞み込んだクロノスにゼウスは嘔吐薬を飲ませ、兄たちを吐き出させた(これによりゼウスの兄たちはゼウスより後に生まれた下の子としてゼウスを長兄とする説もある)。

その後、クロノス率いるタイタン族(古神)とゼウス率いる新神が全面戦争を繰り広げ、ゼウス軍が勝利をおさめる。ゼウスとハデスとポセイドンは支配地をめぐり、くじ引きを行いそれぞれ天界、海界、冥界の主になった。平和が訪れたかのように思われるが、さにあらず。この後もガイアやタルタロスを巻き込む最終決戦が繰り広げられるが、超長い話なので、一旦ここで終止点を打ちたい。

冒頭、半神ペルセウスが星座になった話をしたが、神々は惑星の名前となって残っている。ゼウスはローマ神話ではジュピターで最も大きい木星。太陽神で有名なアポロンはアポロ、言うまでもなく太陽である。アフロディーテはヴィーナス金星。アルテミスは月ダイアナ。エルメスは水星マーキュリー。ポセイドンはネプチューン海王星。ハデスはプルート冥王星である。我が地球はガイア、ローマ神話ではテルス、英語ではアースなのはご存じの通り。土星はクロノス、先述通りローマ神話ではサトゥルヌス、英語ではサターンである。 

ギリシャ神話は壮大で、神々の話(例えば天地創造からパンドラの箱の話)から英雄物語に展開し、有名な怪力ヘラクレス(アマゾネスや三つの頭と蛇の尾を持つ冥界の番犬ケルベロスなど)、英雄テセウス(牛頭人身の怪物ミノタウロスと迷宮ラビュリントスの話)、トロイア戦争(アキレスの活躍やトロイの木馬)と話は延々と続く。

欧州では4世紀にローマ帝国において一神教であるキリスト教が国教になってから15世紀のルネッサンスに至るまで人間臭い多神が屯するギリシャ神話およびそれを引き継ぐローマ神話は表舞台から姿を消す(約1000年間の暗黒時代)。美術館に飾られる裸体の絵画や彫刻はほぼ神話の神々であり、裸体は人間ではないという意味である。ルネッサンスにおいて生身の人間の欲望が一気に噴き出た感がある。教会の堕落・没落とメディチ家などの豪商の台頭がこのような人間復興ルネッサンスを引き起こしたのである。

我が国の神話ともいえる古事記は712年に太安万侶(おおのやすまろ)が編纂した上中下三巻の歴史書である。上巻はまさにギリシャ神話よろしく天地創成から天孫降臨までの神々の時代が記されている。男神イザナギと女神イザナミが最初に淡路島を産み、四国を産み、日本列島を形成していく。その子である出雲に降り立ったスサノオノミコトが八つの頭と八本の尾を持ったヤマタノオロチを退治。ゼウスにあたる最高神は天照大神(女神)でスサノオの姉である。ギリシャ神話と同様に神々の数は多いが、系譜はゼウスがいない分、ぐちゃぐちゃではない。

ギリシャ神話がいつ頃日本に伝わったのかは定かではないが、西洋の半島で生まれた神話と東洋の小島の神話の共通項が多いのは確かであろう。これを日本の神話がギリシャ神話の影響を大きく受けたとみるか、人間の考えることは所詮一緒だなぁとみるかは読者に委ねたい。これらを考える上で、トロイ遺跡を発掘するために財産と心血を注いだシュリーマンのような人間はロマン溢れる(功名心に富んだ?)稀有な存在であろう。もとより人間社会はユヴァル・ノア・ハラリの言う「人間は物語を創作し虚構を築いてきた。そしてその虚構を信じる力によって人類至上主義を確固たるものにしてきた」とするならば、神話こそが数千年の風雪に耐えて引き継がれてきた人間の内面そのものであろう。日本の紙幣の製造コストは17円と言われるが、それを1万円として信じて疑わずに流通していること自体、資本主義社会も立派に虚構で成り立っている存在である。神話は神話であるが、現代の人類にとっても単なる神話にとどまらない奥深い存在である。絵画鑑賞の楽しみが大いに膨らんだことは言わずもがなである。

コメント