新年を迎えるにあたって、毎年調達関連のブログを書いてきましたが、昨今の時代の激変、つまり生成AIから始まって、フィジカルAIに至る急速な発展を目の当たりにするにつれ、人類史における転換点がやってきたという感を強く持ちます。よって、調達という狭い枠に嵌ることなく、今後、人間は何をよすがに生きていけばいいのか、という難問に対峙しなければならないとの想いを強く持つに至りました。
私が生を受けた1958年からの道のりは、多くが貧しい子供時代から高度経済成長の波に乗って、青春を謳歌した若者時代、そして平成の失われた30年(人によっては転落の50年とも言うが)から、何とか希望を見出しつつある現在と言えるように思います。
昨年は昭和100年(戦後80年)と言われ、未だ敗戦を核とした昭和の総括が行われていないことを自覚させられる年でありました(これについては次回書きたいと思っています)。さらに遡れば、江戸末期から明治維新(大政奉還)に至る激動の時代も司馬史観を代表とする見方や、それは江戸時代を否定し、明治維新を美化しすぎているという反論など、いまだ議論は絶えません。
何事にも二面性・多面性はあるでしょうから、議論に終止符が打たれることはないのでしょうが、それぞれの時代の社会が求める人物像には、一定の価値観が反映しているように思えます。それをまとめてみたい感情に突き動かされて書き起こす新年になりました。
明治時代(1868~1912):国の近代化に貢献する立身出世の人物
富国強兵を掲げ、急速な近代化を推し進めた時代背景から、国家のために尽力し、自己の才覚で立身出世を目指す人物が理想とされました。福沢諭吉の「学問のすゝめ」に象徴されるように、実学を修め、国の発展に貢献できる人材が求められました。
大正時代(1912~1926):個性を尊重し、教養を身につけた近代的自我の人物
比較的平和な「大正デモクラシー」の時代背景のもと、個人の精神や自由が尊重される気風が広がりました。西洋文化の影響を受け、教養があり、自分らしさを大切にする「大正ロマン」(竹久夢二の抒情的世界や和洋折衷ファッション)的な人物像が好まれました。
昭和時代(1926~1989):勤勉で協調性をある「会社人間」と「良妻賢母」
戦前・戦中は国家への忠誠心や質実剛健さが求められました。戦後は高度経済成長を背景に、組織への帰属意識が高く、協調性をもって経済成長を支える「会社人間」が主流となりました。戦後は、女性は家庭を支える「良妻賢母」像が理想とされるようになりました。
平成時代(1989~2019):多様な価値観を認め、堅実に生きる自分らしい人物
バブル崩壊後の経済の停滞や、阪神・淡路大震災や東日本大震災といった出来事に見舞われ、安定志向が強まりました。物質的豊かさよりも精神的な充足や「自分らしさ」を追求し、多様な価値観の中で堅実に生きる姿勢が評価されるようになりました。
令和時代(2019~):テクノロジーに適応し、柔軟なパートナーシップを築ける人物
AIやデジタル化が急速に進展し、価値観がさらに多様化しています。働き方改革やダイバーシティが推進される中で、価値観の違いに柔軟に適応し、他者と協力して新たな価値を創造できる人物、そして公私ともにパートナーシップを築ける人物が求められていると思います。
経済格差や価値観の多様化が広がりつつあるこの時代に、「戦前」と称されるようなキナ臭い雰囲気を払拭するためにも、両極に振れるイデオロギーや固定概念に呪縛されることなく、微力かもしれませんが、個々人のパートナーシップを大切に築いていきたいものです。


コメント