疑似科学

2018年5月3日 at 4:28 PM

疑似科学とは、いかにも科学的であるように見えて、実は科学的根拠がなく、実証も反証もできない事柄の事を言う。例えば、日本では今でも根強い人気がある血液型と性格の関係は代表的事例と言えるでしょう。昔から伝わる占星術や風水などもその例と言っていいでしょう。科学的思考は重要ですが、かと言って現時点で検証されたとされる科学が万能とも言い切れません。科学技術の進展が発見と修正の歴史であることもまた事実ですから。実際、過去科学的に証明されてきたことが、実は間違っていたという例を探してみました。たとえば、以前は植物性脂肪から作られるマーガリンが、動物性脂肪から作られるバターよりも健康に良いと長らく信じられてきましたが、2000年代に入ってマーガリンに使われているトランス脂肪酸が、LDLコレステロールを増加させ心血管疾患のリスクを高めると指摘され始め、国によっては法規制の対象にまでなっています。一方、宇宙科学では、冥王星は他の8つの惑星と性質が違っていると考えられるようになり、2006年の国際天文学連合の総会によって、「準惑星」というカテゴリに分類され、惑星ではなくなりました。体力増進に関しては、星飛雄馬世代には有名な「うさぎ跳び」が、スポーツ医学の進展により、1980年代に入って、膝に危険な力が加わり関節や筋肉を傷めてスポーツ障害を起こす恐れがあるということで、少年時代自主トレで筆者が行っていたうさぎ跳びなる練習は今ではすっかり消滅してしまいました。未だ様々な意見が交わされている二酸化炭素で地球温暖化が起きているという説も、多くの反論が出てきており、環境問題というよりは政治経済問題化してきている感があります。
さて、血液型性格判断に話を戻すと、日本以外では、日本の文化的影響を受けている台湾や韓国など一部アジア地域でのみ盛んなようです。起源を辿ってみると医学の基礎を作ったヒポクラテスまで遡ります。ヒポクラテスは紀元前4世紀の古代ギリシャの医者ですが、彼は「四体液説」を唱えました。それによると「血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁」の4種類が人間の基本体液であり、どの体液が優位であるかが人の気質・体質に大きく影響すると書き記しました。その考えはなんと19世紀の病理解剖学誕生まで続いていたとされますので、長い間人々の間には信じられてきた考えであったと言えましょう。
ABO血液型判定が確立するのは、1933年の第5回太平洋学術会議においてですが、ナチス・ドイツは人種差別を正当化するために、早速この血液型分類を利用しました。「ゲルマン系ドイツ人の血統が優れている」としたい彼らは、「ドイツ人に多いA型」を優れた血液型とし、「高い知能」「勤勉」などと肯定的に喧伝し、一方で「ユダヤ人やアジア人に相対的に多いB型」を劣った血液型として、「暴力犯罪者」「精神薄弱」「感染に弱い」などと非常に否定的に扱ったとされています(文献にあたれず未検証)。
もうひとつ日本ならではの例を挙げると、「マイナスイオンの効果」の是非があります。現時点でこれを疑似科学と断定するまでの結論は出ておらず、肯定派・否定派乱立状態のようです。実際、厚生省の認可を受けた医療機器が存在しますし、筆者自身も自宅に「マイナスイオン生成機」があります(もうどこになるかすらわかりませんが)。時折アウトドアに出かける筆者にとって、滝から発するマイナスイオンは、その説を信じ込まされているせいか、とても気持ち良く感じます。懐疑派で統計物理学者の菊池誠氏に言わせれば、「確かに滝の側で爽快感を得ることはあるが、これは飛び散った細かな水滴が気化する時の気化熱による空気の冷却による涼しさ、都会の喧騒から離れたことによる静けさ(滝の音のみ聞こえる)や空気の清浄さ(車の排ガスなどのない)、また木々の緑が目に及ぼす優しさ等、普通に想定される快適要因による説明で十分であり、あえて科学的に実証されていない『マイナスイオン』を原因として持ち出す必要はないのではないか」と論じています。マイナスイオンなる言葉自体も「イオン化した大気分子の陰イオンを表す造語」に過ぎず、マイナスイオンが何かを具体的に特定できる統一見解はないらしい。
いつからマイナスイオンなる言葉が発生したかを調べてみると、ブームのきっかけは1999年から2002年にかけて、フジテレビ系列の情報バラエティ番組「発掘!あるある大事典」で特集番組が組まれたことであるそうだ。2002年にはマイナスイオンは流行語となり、家電量販店の店頭はマイナスイオン商品で溢れかえることとなった。ちなみに「発掘!あるある大事典」は2007年1月7日放送の、納豆によるダイエット効果を取り上げた「食べてヤセる!!!食材Xの新事実」の放送の影響により、全国各地の納豆が売り切れ、大騒動となったことがある。しかし、その後、虚偽のデータを放映したことが発覚し、番組は打ち切りとなった。 後日談であるが、この捏造報道を受けて、茨城県ではスーパーから大量に発注された納豆が突然キャンセルされ、廃棄処分が出たり、関連書籍も店頭からも撤去、絶版となったそうである。
現在、疑似科学と疑われている事柄も、将来立証されることもありうるし、他人様に迷惑をかけない程度の話題提供であれば、一時の世間話で済むが、悪徳商法・偽医療・質の悪い新興宗教と結びつくことになると大いなる不幸を招いてしまう。疑似科学はそういった悪質な事件と親和性が高い。
米数学者マーティン・ガードナーは、科学的懐疑論者でも有名であるが、1952年の著書「奇妙な論理(邦題)」において偽医療がはびこる理由のひとつとして、「人間の病気のほとんどは心身医学的なものであるため、患者が医師を信頼すれば治療方法が奇妙なものでも、患者はしばしば奇跡のように治癒するおかげだ」と述べている。こうなると理屈はどうあれ、患者にとっては災い転じて福となすとなり、科学と疑似科学の境界の線引きは実社会では甚だ困難を極めそうだ。「病は気から」というのは果たして科学か、疑似科学か。
いずれにせよ、この不確かな、特に「悪質な疑似科学」なるものから自身の身を守るためには、疑似科学の兆候を押さえておく必要がありそうだ。1)主張する人が、反証不能な理論や態度を見せている人、2)あなた、こんなことも知らないの?という無知へのアピールを強調する人、3)自ら立証を試みるのではなく、相手に立証責任を転嫁する人(無いことを立証するのはほぼ不可能)、4)いくつかの体験談を重視し、科学的ルールを軽視する人、5)統計的裏付けに乏しい、6)人間が犯しやすい心理パターンに陥れようとする人などは要注意だ。そして自分自身の思考回路もセルフチェックを怠らないようにしたい。たとえば「自分に都合のいい情報」だけを集めて納得すること(確証バイアス)などは多忙を理由にする人ほど陥りやすい罠であろう。