ブログ 社会に求められる人物像の変遷
新年を迎えるにあたって、毎年調達関連のブログを書いてきましたが、昨今の時代の激変、つまり生成AIから始まって、フィジカルAIに至る急速な発展を目の当たりにするにつれ、人類史における転換点がやってきたという感を強く持ちます。よって、調達という狭い枠に嵌ることなく、今後、人間は何をよすがに生きていけばいいのか、という難問に対峙しなければならないとの想いを強く持つに至りました。 私が生を受けた1958年からの道のりは、多くが貧しい子供時代から高度経済成長の波に乗って、青春を謳歌した若者時代、そして平成の失われた30年(人によっては転落の50年とも言うが)から、何とか希望を見出しつつある現在と言えるように思います。 昨年は昭和100年(戦後80年)と言われ、未だ敗戦を核とした昭和の総括が行われていないことを自覚させられる年でありました(これについては次回書きたいと思っています)。さらに遡れば、江戸末期から明治維新(大政奉還)に至る激動の時代も司馬史観を代表とする見方や、それは江戸時代を否定し、明治維新を美化しすぎているという反論など、いまだ議論は絶えません。 何事にも二面性・多面性はあるでしょ...
