在留外国人、中国残留邦人

2018年10月1日 at 5:15 PM

日本民族の定義とは何であろうか。現代的解釈で言えば、日本語を母国語とする日本列島にルーツを持つ人々ということになろうか。法的解釈からすれば日本政府に申請すれば日本のパスポートが発行される人々ということになろうか。やや歴史を遡れば、大和民族に加え、近世になって日本人に組み込まれたアイヌや琉球民族が包含されよう。いわゆる植民地時代には武力による征服国家に組み込まれた被征服国家の民族も含まれるであろう。
人類学的に言えば、縄文人が日本人のルーツということになっている。2千数百年ほど前には大陸から朝鮮半島や山東半島を経て、渡来人がやってきて(弥生人)席巻したと言われるが、今や縄文人と弥生人の区分けを論じ差別する一般人はいない。
人類のルーツはアフリカのホモ・サピエンスということは定説である。そこから3つのルートで世界に出ていった人類の全ての遺伝子が日本にやってきたとDNAの研究結果から元大阪医科大学学長の松本秀雄氏は言う。氏によれば、現代日本人の半数が弥生人系統、3割が縄文人系統と解析されている。私が最初に外国を旅したのは大学3年生の時であるが、韓国ソウルの百貨店において、店員から容赦なく韓国語で話されたことを鮮明に記憶している。顔立ちが韓国人のそれであったものと思われる。明らかに弥生人系統であろうことは間違いない。親戚にも韓国人と結婚した叔母さんがいた。保守的な親戚等の中には親戚付き合いをしつつも一歩距離を置いた付き合いをしていたことを子供心に記憶している。

日本にいる在留外国人の数は256万人で、日本の総人口の約2%を占める。中国人が一番多く73万人、ついで韓国人45万人、ベトナム・フィリピン共に26万人、ブラジル19万人と続く。日本国民総数からすれば微々たる比率である。同じ敗戦国のドイツでは統計数値に取り方の違いはあるものの、外国人は8.7%、移民の背景を持つドイツ人は10.5%。2割近くがドイツ外からの移住者で占められている。日本のような島国と8つの国と地続きで国境を接するドイツとの大きな違いがこの結果に大きな影響を与えていることであろうことは否定できないであろう(ちなみに日本はドイツより面積がやや大きい)。日本人は幸か不幸か比較論で言えば、純粋培養民族である。

在留外国人には通名の使用が許されている。日本人には許されない。同一人物が二つの名前を有するという事に対して、在日特権を許さない市民の会は、金融機関で名寄せされることがなく、脱税やマネーロンダリングを容易にするとか、犯罪容疑者が本名で報道されないことで、在日外国人が社会的制裁を免れると指摘して問題視している。新聞報道やテレビニュースによる犯罪者表記は本名を出すところも、通名を出すところもあり、メディアの対応により様々である。通名いわゆる日本名で報道された場合と本名(日本人ではなかろうという名前)で報道された場合では私の受け取り方は同じではないことを告白せざるを得ない。在日本大韓民国民団などは、「1人の人が2つも名前を持っているのは、確かにおかしい」としながらも、「本名を名乗ることで就職が難しくなる」という「日本の閉鎖性」を挙げて反論している。また、通名制度を廃止してしまうと、1940年の朝鮮総督府による創氏改名から通名が使われ続けてきた経緯があり、現在も不動産登記などに使われているので、通名廃止による混乱が容易に予想される。また、本名だと読み方が難しく、日本社会への溶け込みが容易ではない、あるいは新たな差別の温床につながるという理由は傾聴せねばなるまい。(マイナンバーの浸透により金の流れは捕捉できるようになろう)

私はこれまで通名問題は外国人にのみあると思っていたが、NHK Eテレ「私は誰 我是誰 ~中国残留邦人3世のの問いかけ~」を観て、日本人にも通名問題があることを初めて知った。この番組で終戦後70有余年経っても、現在に至るまで連綿と戦争の傷跡が深く残っていることを知った。
満蒙開拓団などで中国に渡っていた日本人家族推定50万人が、終戦間際のソ連侵攻によって死に物狂いの逃避行(ほとんどの民間人は置き去りにされ、集団自決、満州人による略奪、強姦、暴行、ソ連軍による機銃掃射、衰弱死、生き別れ、孤児として労働力に使われる、満州人と結婚定住、中国軍への徴兵等など壮絶な辛苦)を余儀なくされたことは山崎豊子の「大地の子」や葛根廟事件、敦化事件などで知られてはいるものの、2世、さらには3世に至るまで今もって物心両面において困難な状況にあるということを知ることはなかった。(ちなみに軍関係者や満鉄関係者らソ連侵攻時、約3万8000名いち早く列車で脱出し生還している)

中国在留邦人は6772名いるとこの番組で知らされた。調べてみると約2万人の中国残留邦人が永住帰国を果たしたとの記録があった。しかし、2世3世を含めると日本には10万人に及ぶ中国残留邦人が存在するらしい。番組は3世に焦点を当てて、帰国した2世の両親が日本語をしゃべれない、あるいはしゃべれてもたどたどしい、中国なまりがあるということで、人前で話をして欲しくなかったという共通体験から話が始まる。そして自分が3世であり、2世の親がなぜ日本語をうまくしゃべれないのかを思春期に知らされる。ある3世は海外への修学旅行の帰国時に自分だけ中国パスポートで、帰国ではなく再入国の列にひとりだけ並ばされた辛さを語った。自分が誰であるかの問いかけを多くの2世に面会することで明らかにしようともがく3世がいた。文革時代に日本語がしゃべれるということで批判され、その後、日本語を忘れるように努力したという老年帰国者は、姉から教えてもらった折り鶴の折り方だけは手が覚えているといった話を語る。中国人として帰国した3世の王芸昆さんは19歳で日本人帰化申請を行うことを決断する。本人だけの帰化申請では許可が下りないので、日本人にはなりたくない母親を巻き込んで帰化申請し、水野幸美という通名を本名にし、念願の日本のパスポートを手にする。そのパスポートを携え、さらなる自分探しにアメリカへ旅立つ。アメリカではチャイニーズアメリカンが普通に暮らしていることを目の当たりにし、なぜ中国をルーツに持つ自分が抑圧された日本社会の中で隠れるように生きていかなければならないのかと疑問を持つに至る。最終的には、帰化8年後に日本人のまま姓を「水野」から「王」に変える手続きを取り、中国姓(中国ルーツ)を持つ日本人という自分のアイデンティティを確立させようと決意する。

中国に行けば日本人と言われ、日本に行けば中国人と言われ、「ちゃんとした居場所がない」と感じる3世、「日本の言葉もしゃべれないで日本人とは言えないじゃないか」と悩む2世。拙い中国なまりの言葉をしゃべる東洋人を日本に来た中国人と簡単に言い切れない複雑な歴史があることを改めて知り、自らの不明を恥じ、戦争の災禍が本当に癒えるまでには想像を遥かに超えた年月がかかるということを改めて思い知らされた番組であった。