文明の衝突と21世紀の日本

2016年2月20日 at 5:36 PM

標題はハーバード大学政治学教授サミュエル・ハンチントンが2000年に発刊した書籍である。それに先立つこと1993年に冷戦終結以後は「文明の衝突」の時代となると雑誌『フォーリン・アフェアーズ』で発表し話題をさらった。1998年の日本での講演に基づいて標題の書籍が刊行されたわけである。1989年にベルリンの壁が崩壊し、年末のマルタ島でのブッシュ・ゴルバチョフ会談によって冷戦の終結が宣言され、翌年の東西ドイツ統一、その翌年にはソ連邦が解体された後、多くの西側諸国が民主主義と自由経済の勝利に酔っていた頃のことである。

ハンチントンの教え子であったフランシス・フクヤマも1989年に「歴史の終わり」を発表し、民主主義と自由経済の勝利、そして民主主義は普遍的かつ恒久的なイデオロギーであり、もはや独裁や帝国に戻るような可逆性はないと論じた。それに呼応したかのように引き合いに出されるハンチントンの「文明の衝突」であるが、その中の「歴史は終わらない」という文言だけが取り上げられ、反論めいた論文のように分析するきらいもあるが、それは本筋ではない。
その後の世界の動向はイスラム(主に急進派)と西欧の衝突という形に代表されるような状況が出現し、まさにハンチントンが喝破したような情勢となり、フクヤマの「歴史の終わり」は一挙に影を潜めてしまった感があるが、今回改めて標題の本を読み直してみた。

標題の「文明の衝突と21世紀の日本」に関しては、やはり日本及びその周辺への記述に注目が集まるところである。ハンチントンは現存する文明を中華、インド、イスラム、日本、東方正教会、西欧、ラテンアメリカ、アフリカの8つに分類し、日本文明に関しては他の文明が複数国で構成されているのに対し、日本文明は日本一国で成り立っている孤立国文明であると定義付けた。
このことは日本がこれまで、第一次世界大戦前は大国イギリスとの日英同盟を、第二次世界大戦前は強大化した独伊と、そして敗戦後はアメリカ占領という他律的ではあるが日米同盟という、一貫して「バンドワゴニング」(大国に追随する戦略)策を取ってきたことと符合すると解説している。文明を共有している国々は仲間集めをして「バランシング」(勢力の均衡を維持する戦略)策を取ることが選択肢としてあることと、日本のそれを対比している。

その筆は、アジアにおいて勢力を増してきた中国に対して、いずれ日本は同様の「バンドワゴンニング」政策をとる可能性が高いとしている。この論旨には多くの日本人が賛同しないであろう。日本にとって世界中で最も折り合いが悪い中国に日本が追随するなんてことがあるわけないと。
将来、日中の連携があるとすれば、中国の体制変革が前提となろう。中国4000年の歴史からすれば、中華人民共和国という一党独裁共産主義体制は高々66年でしかない。フクヤマの歴史観からすれば、「歴史世界」(民主化を達成していない国)はいずれ民主化を経て、「脱歴史世界」(イデオロギー闘争、政治的抑圧、政治的不平等からの解放)に至るはずである。

ハンチントンの言うように日本文明は特殊で仲間が作れないというのであれば、日本文明を発信して日本文明に取り込んでしまえばいい。昨年日本を訪れた2000万人の訪日客のうち半数以上が中華系(中国、台湾、香港)であり、日本のレストランのサービスやトイレの清潔さに驚嘆しきりであった。そういった訪日客が本国へ帰り、その素晴らしさを伝え、レストランやトイレが日本を見習えとばかりに見違えるようになってきていると(まだ一部であろうが)聞く。
ハンチントンの理論からすれば、イデオロギーより文明の共通価値が高くなるということは東西ドイツの統一と同様、いずれ中台や韓国・北朝鮮の統一も、その可能性に現実味を与える。日中連携があるとしても中台や朝鮮などの同一文明同士が統一されたその後となろう。

一方、現在の日本の立ち位置を見ると、体制的には軍事同盟を基盤にして西欧に組み込まれている。特にアメリカとは切っても切れない関係である。しかし、アメリカの将来の動向によっては、自国の「バンドワゴンニング」政策に影響が出てくるであろう。近々では大統領選挙の動向には目が離せない。選挙権の無い身としてはまともな大統領が選出されることを切に願うのみである。過去、世界の警察を自任したアメリカのおせっかいによって、混乱をもたらされた国や地域は少なくない。アメリカが悪魔呼ばわりすればするほど、国内では人気が出てしまうという現象もいくつも見てきた(カストロ、ミロシェビッチ、フセイン)。世界帝国がありえない以上、超大国アメリカと言えども、世界が多文化からなることを認識しなければならない。自国の価値観で世界中を塗り替えることなどできないことに、多くの戦費と犠牲を払った結果、やっと気付き始めている。アメリカの歴史はコロンブスから始まるのではなく、ネイティブ・アメリカンから始まって、白人の侵略を経て、今に至っているという歴史観を持つべきなのである。

こうして考えてくると、友好国アメリカにも隣国中国にも働きかけを行い、日本文明の中でも共有化されうる価値観を世界に発信する日本の役割は「孤立国」と言われるほど、決して小さいものではない。

台湾との歴史、そして国連とは

2016年2月11日 at 11:38 AM

既報の通り2月6日早朝、台湾南部にM6.4の地震が発生しました。ニュースでは倒壊した16階建ての集合住宅ばかりが報道されていますが、現地では断水が一番大変だというSNSも流れています。思い起こせば3.11でいち早く義援金活動をしてくれた台湾に「今こそ恩返しを」と多くの日本国民が支援の輪を広げました。私も微力ながら寄付をしましたが、日本政府も8日に100万ドルの義援金を台湾赤十字に支援することを表明しました(台湾のブログでは台湾赤十字は国際赤十字の承認を受けていない組織なので、どこか別の政治団体のポケットに入ってしまうと危惧する投稿もありましたが真偽不明)。7日には5人ではありますが、官民による「調査予備隊」が現地入りしました。広島のNPO法人PWJは救助犬とレスキュー隊員の派遣を準備中とありますが、その後実際に派遣したのかどうかの報道は見当たりませんでした。

3.11の時に日本赤十字社が公表した国別義援金があたかもすべてのように報道されているきらいもありますが、義援金総額227億円のうち、アメリカが約29億9800万円で1位、台湾が約29億2800万円で2位、以下タイ、オマーン、中国、アルジェリア、イギリス、ベトナム、香港と続きます(オマーンが上位にくるのは、前国王が日本女性と結婚し、その娘が王族入りしていることによる)。実は、義援金とは別に「救援金」というのがあり、これは赤十字社が直接被災者支援活動に直接役立てるものだそうです。「義援金」は被災県の義援金配分委員会に送金されてから被災者に配分されるもので、使われ方に違いがあります。救援金は総額597億円と義援金の2倍以上あって、アメリカの230億円を筆頭に、台湾67億円、カナダ40億円、ドイツ33億円、韓国29億円と続きます。いずれにしても台湾のそれはGDP比から言っても大きな支援であることには間違いありません。また、一方で反日の中国や韓国からも支援をいただいていることはきちんと認識すべきことと思います(被災した自治体や募金団体から寄せられた義援金や寄付金の国内での総額は4400億円)。もちろんお金だけで全てを量ることはできません。多くの物資や救援支援をしてくれたすべての個人・団体に感謝しなければなりません。これから語る台湾に関して付け加えれば、台湾各地の消防士からなる台湾救援隊28名派遣や、総量560トンの支援物資、政府並びに民間から総額200億円の支援金を頂戴しています。

前置きが長くなってしまいましたが、日本と台湾の関係は1895~1945年の日本統治時代を抜きに語ることはできません。日清戦争で清国から台湾・澎湖諸島が日本に割譲され、日本政府は台湾総督府を設置し、いわゆる植民地統治を開始しました。欧州諸国の植民地支配と日本のそれが大きく違うのは同化政策です。欧州諸国は経済発展のために労働力や産物の搾取を行い経済を拡大していきました。日本のそれは発想の原点が「このままではアジアは欧州に乗っ取られてしまう、それには日本が中心となってアジアを守らなければ」というものだったので、「大東亜共栄圏」なる構想が生まれ、朝鮮、台湾、満州を取り込み、インフラ投資や日本語教育を施して強いアジア(拡大日本)をつくろうとしていました。当初は清国と手を組んでアジアを守ろうと意図しましたが、清国があまりにだらしない状態だったので、多くの資本家や革命思想家が中華民国設立に協力しながら共闘を画策しました。実際、農業は台湾、工業は日本という方針のもと飛躍的な生産性向上を実現し、台湾財政の独立化に成功しています。台湾は日本敗戦後、蒋介石率いる中華民国・南京国民政府の恐怖政治に統治され、台湾人(本省人)は「犬が去って、豚が来た」と嘆いたとされます(日本人はうるさくて吠えても番犬として役立つが、中国人(外省人)は貪欲で汚いだけ)。台湾における国民党独裁政治(強奪・腐敗)は1996年の台湾民主化(アメリカに移住していた台湾人が中心となって運動)まで50年続きました。そのような経緯もあって、多くの台湾人が日本統治の50年と中国統治の50年では前者の方が全然マシと考えているわけです。台湾人が日本人に比較的好感を持っているのはこのためです。

国連安保理には常任理事国が5つありますね。第二次世界大戦の戦勝国であるアメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国です。正確に言えば、戦勝国はロシアではなくソ連、中国ではなく中華民国です。言わずと知れた安保理で拒否権を持っている特別待遇国です。ソ連から議席を継承したロシアはまあ妥当としても、中華民国から議席を継承した中華人民共和国(中国)は果たして妥当と言えるのでしょうか?
1972年、時のアメリカ大統領ニクソンは突然訪中をして世界を驚かせました。ベトナム戦争からの名誉ある撤退を模索していたアメリカが中国の国際連合入り(つまり台湾に取って代わって中国が常任理事国となる)を駆け引きの材料に米中国交回復を意図したと言われます。国連総会では通称「アルバニア決議」(中国の友好国のひとつであるアルバニアが提起)によって中国が台湾に代わって代表権を得ることとなりました(日本もアメリカも反対に回りましたが、アメリカのそれは承認されることを見越してのポーズでしょう。賛成76、反対35、棄権17、無投票3で可決)。この決議で台湾は追放とされましたが、中華民国は即時脱退しました。中華人民共和国は戦勝国ではありませんから、中華民国にしてみれば大変な侮辱です。(ちなみに日本への戦後賠償を放棄したのは中華民国とインドだけです。蒋介石は大陸に日本が投資したインフラを全て手に入れましたから、賠償は不要と考えたのでしょう。200万人の日本軍民を「暴に報いるに暴を以てせず」として早期帰還を宣言しました。一方、スターリンは60万人の日本兵をシベリア抑留し、強制労働により6万人が死亡したと言われます<諸説あり>)

国際連合憲章の第53条には、「第二次世界大戦中に連合国の敵国だった国」が、戦争により確定した事項に反したり、侵略政策(ファシズム、覇権主義)を再現する行動等を起こしたりした場合、国際連合加盟国や地域安全保障機構は安保理の許可がなくとも、当該国に対して軍事的制裁を課すこと(制裁戦争)が容認され、この行為は制止できない」という敵国条項がいまだに存在しています。一般的な解釈としては日独伊や東欧の数ヵ国が対象とされます。1995年には日本やドイツの提起した削除決議案が採択されましたが、削除されませんでした。2005年にも国連首脳会合において削除の決意の確認が行われましたが、今日未だに削除はされていません。果たして国連という場は機能しているのでしょうか。日本の常任理事国入りの悲願への道のりは果てしなく遠いと感じざるを得ません。