政治体制と企業組織

2015年12月26日 at 11:44 AM

今年の暦が終わろうとしていますが、暖かい毎日が続き年末の実感が湧きません。世界に目を転じると、世界中がISの脅威にさらされる中、IS空爆の有志連合は広がりを見せ、断続的に空爆を続けていますが、アメーバのような過激派組織はゲリラ的に移動を繰り返し、未だ大きな脅威として年を越すことになりそうです。シリア紛争から4年、難民は1000万人を超え、周辺国に流出しています。国が安定していないということの恐ろしさをまざまざと見せつけるものです。
また、今年は中国の台頭が政治経済両面で際立った年とも言えます。政治的には南沙諸島への中国の「赤い舌」はまさにその象徴で、経済的には成長率鈍化が世界経済を脅かす要素となるほど無視できない存在となっています。AIIBの創設も西欧諸国中心の枠組みに対抗して世界覇権を狙う動きと捉えられるでしょう。

ロシアは実質プーチン独裁の下、ウクライナ紛争の末、クリミア併合を果たしたものの、その結果として経済制裁を受け、さらに資源安の煽りも受け、経済成長は今年に入ってマイナスになりました。エネルギー輸入国日本に秋波を送り、北方領土の解決も全く無理という状況から変化が出てきそうです。
北朝鮮も独裁国家の代表ですが、ただただ危なっかしいだけで、中国がお守役を降りてからは(交渉カードとして使えない・使う必要もないとの判断か)、日本をはじめアジア諸国にとって最も危険な国と言えるでしょう。ISは国ではないですが、ISと同等程度の脅威です。拉致問題の解決は期待できないでしょうが、進展がなくとも交渉を続け、動向を注意深く見守る必要があります。一方、軍事境界線を境に対峙する韓国はアメリカからの強力なプレッシャー(これ以上、中国寄りの外交を続けるのであれば、民主国家と認めないと恫喝されたとか)もあり、明らかに日本との関係改善を探っています。懸案の慰安婦問題も岸田外務大臣の訪韓で一挙に進みそうな気配です。
中国に話を戻すと、2049年に中華人民共和国100周年を迎えます。「China 2049」(著者M・ピルズベリー)に書かれている、長く中国の方針とされていた「韜光養晦(とうようこうかい)=能力を隠して、力を蓄える」戦略から、習近平は「強中国夢 =強い中国になるという夢」を堂々と宣言し、アメリカとの対等な関係を求めました。かつての米ソ関係にまでなるのか、アメリカにあしらわれて、最後は中国にも民主化の大きなうねりが押し寄せて、習近平が中華人民共和国最後の総書記となるのか、興味は尽きません。

来年は1月に台湾の総統選挙があり、野党・民進党の蔡英文(ツァイ・インウェン)が圧倒的な有利と伝えられています。民進党はそもそも台湾独立派ですが、中間層取り込みのために「現状維持」路線(しかし、中国とは一線を画す)を取って躍進中です。11月にはアメリカ大統領選挙があります。弱体化したと言われるものの、やはり超大国の大きな選択も注目の的です。早々に脱落するであろうと見られていた共和党候補トランプが放言暴言を繰り返しながらも4割を超える支持を集めているのは、アメリカに膨張している不平不満の表れと言えます。すっかりヒラリーは影が薄くなってしまった格好ですが、民衆の最後の審判は如何なるものになるのか。

民主国家と独裁国家のどちらがいいかと、人に問えば、ほぼ全員が前者を取るでしょう。民衆によって選ばれた為政者が国を治め、民衆の安全を確保し、最大公約数的幸福を実現する。小気味良い説明ではありますが、民衆が正しい情報に基づき為政者を選んでいるかという問題は常にあります。また民衆は全体最適を考えて投票行動をする訳では必ずしもなく、個人最適で選ぶ場合も少なくないでしょう。ここには民主主義による「衆愚政治」の危険が常に潜んでいます。選挙民のレベルが議員のレベルと言われますが、なんでこんな人が?という呆れてしまう議員がニュースを賑わすことも少なくありません、皆さんお気づきの通りです。
それでは独裁国家はどうか。最高の知恵と気配りと対人能力を持った人が為政者となれば、最適な国政が行われるでしょうが、そうなる確率はほぼゼロに近いでしょう。権力は必ず腐敗しますから、第三者チェックの働かない長期政権をずっと続けることは最適から遠のいていくことでしょうし、世襲ともなれば政治の場合は特にその人民(敢えて民衆としません)はかなり高い確率で生命と財産の危機に瀕します。数百万人粛清しても体制の安定のためと平気でいられる為政者と、送り込んだ戦場で数千人が犠牲になったら政権がひっくり返る体制との違いです。
前者の弱みは為政者が民衆によって選ばれるので、耳障りの良い選挙公約がどうしても必要になります。結果、長期的視点に立っての政治が行われにくいです。1000兆円を超える国家財政の累積赤字が問題先送りの象徴です。後者の強みは選挙民に選ばれる必要はなく、よって甘言を駆使して人民におもねる必要はなく、長期的視点に立って戦略を遂行できる点です。中華人民共和国は権力闘争を繰り返しながらも捲土重来を期して第十二次に渡る五か年計画を実行してきたわけです。しかし、長い歴史を振り返れば、民衆の知的レベルは王政や共和制の時代とは比べものにならないほど上がり、インターネットの発達により情報共有度ばかりか、民衆の発信力も格段に上がってきています。ですから独裁国家は遅かれ早かれ駆逐されていくことになるでしょう。

企業組織のトップも従業員に選ばれるわけではありません(一部、野心的なベンチャー企業は、それに挑戦しているところもあります)。密室で決まるという点では民主国家型ではなく、独裁国家型です。企業経営に際しても国家体制が孕んでいるような危険を認識する必要があります。企業の理念や綱領が企業の軸を支え、将来の方向性への指標や日常の判断の道しるべとなります。企業にとっては顧客こそ重要な第三者チェック機関と言えるでしょう。顧客の存在しない企業はあり得ませんから、偏った社内論理を是正してくれる健全な「選挙民」です。
長年、消費者擁護をしてきた活動家のラルフ・ネーダーは、アメリカでは大企業による政権支配が起きていると警鐘を鳴らしています。西側諸国の中で、米国の最低賃金は最低、消費者負債は最高、貧困率も最高。一方でものすごい億万長者や多額の利益を生む企業が存在している。これでいいのか!と。ムッソリーニはコーポラティズム(国家と私企業の共同体的協調)を思想の根幹に据え、ファシズムを先導しました。日本の政府・経団連・日銀のTrinityとも言える昨今の動き「インフレ実現の為には何でもやる」というのはミニ・コーポラティズムの片鱗に見えなくもありません。安倍さん、しっかり舵取りお願いしますね。

ストレスチェック義務化に物申す

2015年12月7日 at 5:39 PM

2014年6月改正労働安全衛生法によって、
 1.(50名以上の事業所について)全従業員へのストレスチェック実施
 2.高ストレス状態かつ申出を行った従業員への医師面接
 3.医師面接後、医師の意見を聴いた上で必要に応じた就業上の措置
の3点が、企業のメンタルヘルス対策強化の大きなポイントとされた。
1.の通称「ストレスチェック義務化」法が2015年12月1日から施行され各企業での対応が慌ただしくなっているようである。様々な企業がストレスチェック義務化対応サービスをセールスプロモーションしているが、本来は上述2.3.の質向上の重要性がもっと語られるべきであり、今改正では「出来るだけ実施することが望ましい努力義務」として定められた「ストレスチェックの集団分析※及びその結果を踏まえた職場環境改善」の後段の職場環境改善に繋げることこそが、企業の活動の重点になるべきであると私は思う。そう考えると、「ストレスチェック義務化」という言葉だけが踊っている今の状況は、非常に表層的対応であると感じると同時に、文字通り誰かに踊らされているのではないかと疑心暗鬼になる。
(※集団分析とは:個人結果がわからないように集計し、職場の一定規模の集団(部、課など)ごとに行うストレス状況の分析だが、ストレスを集団で分析しようとすること自体が正しいアプローチとは思われず、個々人の悩みや孤独感、疎外感など個別ケースにこそ処方のメスを入れなければ、意味がない。組織管理の出来の悪い上司は誰かをあぶりだす意味合いくらいしかない。)

ストレスチェックの義務化の背景として次の4点が挙げられている。
 1.年間自殺者数の増加
2013年の日本の自殺者数は27,283人であり、3万人を下回った。しかし依然高水準であり、しかも働き盛り世代の死因の1位が自殺という現状がある。(警察庁「自殺統計」、厚生労働省「人口動態統計」より)
 2.精神障害等の労災補償状況
年度により増減はあるものの、請求・認定件数ともに高水準で推移している。2012年の支給決定件数は475件(前年度比150件の増)で、過去最多となっている。(厚生労働省広報より)
 3.労働安全衛生法に「質」の視点を
労働安全衛生法では、時間外労働(1カ月あたり100時間を超える)という労働の「量」に対する過重をアセスメントしている。これに加えメンタルヘルス不調には過重労働以外の要因も考えられることから、労働の「質」に対するアセスメントを追加することが必要と考えられる。
 4.総合的なメンタルヘルス対策の促進
メンタルヘルスケアに取り組んでいる事業場の割合は増えてはいるものの依然として取組が遅れている企業も多く、総合的なメンタルヘルス対策の促進が必要であると考えられる。

1.の年間自殺者数は1997年24391人から1998年32863人と急増した。その理由は、バブル崩壊以降の企業倒産や不況が生活レベルにまで浸透し、経済的な要因で自殺者が増えたと考えられる(1997年から98年にかけての自殺者数増加率は、自営者 43.8%、被雇用者 39.7%、無職者 31.7%、主婦・主夫 22.5%増となっているのがその裏付けデータ)。上述の通り、2012年より3万人を割り、2003年の34427人をピークに1997年レベルまで漸減してきているので、今更自殺者数を理由にストレスチェック義務化の根拠にはならない。

被雇用者も自殺者増加率は高いが、2.で労災補償支給決定件数の増加は、認定率が上がった(2011年30.3%→2012年39.0%、同自殺の場合:2011年37.5%→45.8%)のが支給決定件数の増加の主な理由であって、社会的に精神障害の労災補償が認知されてきた結果と見るのが妥当ではないかと思う。ここでも過労死などが労災として認定される社会的理解が進んでいることを考えると、やはりストレスチェック義務化の今更感は否めない。

「死ぬ気でやればなんでもできる」といった精神論を振りかざすつもりはないが、グローバル化によって日本の社会も流動化せざるを得ない。終身雇用や年功序列のメリットもないわけではないが、社会の変化は不可避である。個々人が今やりきれない困難に直面しているとしても、社会には様々な可能性があり、受け皿もあるという周知を政官やマスコミももっと喧伝して、転職や新しいことへのチャレンジが可能性を広げるという施策や、その社会的価値観の醸成に力を入れる方が私には効果大と思われる。

日本人間ドック学会が発表した2014年の統計調査報告によると、基本検査の全項目で異常のない受診者は男性で5.5%、女性で8.3%しかいないという。このスーパーノーマルと言われる人たちの比率が年々下がり続けている(1984年には29.8%)原因として、受診者の高齢化や生活習慣病関連の判定基準の厳格化、食習慣の欧米化、身体活動の低下が挙げられているが、普通に仕事や生活をしている人のほとんどが正常でないとされる診断基準は果たして正しいのであろうか?

欧米との比較においても、あるいは昔のデータに依拠する診断基準には問題があると指摘する医師もいる。「第12回欧州栄養学会議」では、うつ病患者の血液データを検査した結果、受診前は高コレステロールの患者は少なかった(約33%)が、3か月以上治療して精神的に元気になってくると高コレステロールの患者が約49%まで増え、結局、治療前よりも治療後は総コレステロール値や尿酸値が上がるというデータが発表されている。うつ状態の患者の多くは疲労困憊で食欲もなく、夜も寝られない生活が続いている。初診の時に血液検査をすると、生活習慣病関連の値が全く正常の方が多いそうである。これらを鑑みると心身のデータを両方総合的に判定していかなければ、正しく個々人を把握できないということになりそうである。

私も例外ではなく、心身共に健康な中年男性として暴飲暴食を繰り返し、適当な運動もしない結果、30歳半ばにして健康診断で高コレステロールと高尿酸と診断された。その後、20数年に渡って薬を飲み続けているが、還暦をまじかに控え、毎日の服用がどれほどの意味があるのかわからなくなる時がある。まるで毎朝使わないと心配になる育毛剤・養毛剤の類と一緒である。詰まるところ究極の個人問題である。こうして考えてみるとストレスチェックのような、会社に義務付ける法律は個々人のことを心配しているというより、医師会の圧力や、製薬会社の商売の臭い、そして政治と経済の癒着を強く感じるのは私だけであろうか?

個々の遺伝子検査によって医療を行う時代を迎え、いまだに会社集団単位で個人の心身の健康を法律で管理しようというのは、個々人の甘えを増長し、金権主義の暴走の片棒を担ぐだけで健全な社会とは言えないのではないか。日本社会主義をそろそろ卒業してもいいのではないかと思うものである。