麻生さんの財政赤字心配ない理論

2015年7月27日 at 11:18 AM

「自民党麻生太郎が日本の借金について説明! コワモテな麻生先生ですが超わかりやすく聴きやすい!」なんてコメントが書き込まれています。
この動画は2010年に録画されたものですが、「そう、その通り!」「これはペテン!」とネット上で多くの議論が起こっています。

麻生さんのスピーチの要旨は、「マスコミや財務省は借金のことだけ喧伝するけれど、ギリシャなんかと違って日本は国債のほとんどを国民が円建てで持っているので、国民の資産である。政府の借金は札を刷って返せばいい」という論理です。ちょっと乱暴すぎる要約ですが、日本の財政破綻なんて心配はいらないと言いたいわけです。

麻生さんの論理は財務諸表の貸借対照表の考え方で、貸方と借方があって、右側は日本政府の借金、左側は国債という国民資産がある。ギリシャみたいに、外国の金で支えられているわけではなく、日本国内でバランスしているので、財政破綻はないということです。三橋貴明さんも日本の国家資産は5000兆円超あって、日本政府の資産は480兆円ある。日本政府の借金が1000兆円超くらいではどうってことないという論理を展開しています。しかし、日本銀行「資金循環統計」の国家資産5000兆円超のうち、大方は金融機関、家計、民間法人のもので、正確には国家の財産ではありません。共産国家でもなければ、企業も個人もいざとなれば国を出ていくことはあるわけです。政府が日本国民に安心感を与えられない状況が長く続けば、国家資産として計上されているものは砂上の楼閣となりかねません。

一般に会社経営の健全性をチェックする会計資料には貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書の財務三表があります。貸借対照表では借金は資産でもあるという論理で心配はない、キャッシュフローはお札を刷ればよいから問題はない(一国だけ札を刷り過ぎれば通貨安→インフレが起こりますが)、とここまでは企業経営と比較して国家という特殊性を認めるとして、損益計算書はどうでしょうか。企業経営で売上高や利益は非常に重要な経営指標です。また総資産との関係においては総資本回転率や総資本利益率など、資本の有効活用度を見ることも重要です。企業は年度であげた利益を自己資本に積み増しして安全性を高めたり、将来の成長の為に投資に回したりして経営を行っています。国で言えば、GDPが企業の売上にあたるでしょうか。日本の名目GDPはリーマンショック以降の1990年あたりから25年間500兆円でほぼ横ばいです。物価変動の影響を除いた実質GDPは微増といったところです。もうひとつの指標である貿易収支は毎年1000億ドルほどの黒字を計上していましたが、2011年には初めてマイナスになり、2013年は1000億ドル超の赤字に転落しています。多くの日本企業は、85年プラザ合意から始まり95年には70円台となった超円高下で、事業の海外展開を加速しました。その結果、対外純資産は2014年で367兆円(資産945兆円、負債578兆円)にまで増加しました(過去10年で平均年18兆円増)。色々な見方があるでしょうが、日本の稼ぐ力はそれほど毀損していないようにも思えます。

高度成長期で国も企業も個人も稼ぎ、相応に使うお金を増やして生活を豊かにしていった時代はそれでも良かったでしょう。しかし、年金をはじめ、その慣性の勢いでお金を使い続け、低成長下での税収減は赤字国債で補填という構造から抜け出さなければ、絶対ギリシャにはならないという確信が私には持てません。アベノミクスで声高に言われた第三の矢である成長戦略がなかなか実感できない中、成長戦略が大事であるという意見に勿論賛同するものの、世界中が成長の種を探しあぐねた挙句の低金利と通貨安競争となっている状況を鑑みると、財政再建というテーマに真正面から取り組まなければなりません。成長戦略による税収入増と同時にやはり支出を抑える施策がどうしても必要です。過去政府判断により投資と称して行われた公共事業のうち、どれほどが日本国家の成長に寄与したでしょうか? それを思うと財政破綻は心配ない、将来の投資には国債発行してでもという論理の正当性に私は与することはできません。企業でも経営者の質は最重要な要素ですが、国家を運営するにあたっては官僚組織を率いる首相や閣僚はなおのこと重要と言えるでしょう。冒頭の麻生節は到底「超わかりやすい!」とは思えないものでした。

 

大企業と中小企業

2015年7月8日 at 9:36 AM

経営再建中のシャープが1200億円弱の資本金を1億円にするというニュースが5月に駆け巡った。狙いのひとつは取り崩した資本金で累積損失を一掃し、他社との資本提携や復配(累損を解消しなければ株主に配当金を支払うことが出来ない)、新たな増資を模索すること。もうひとつは資本金を1億円以下にすることで法人税法上の「中小法人」とみなされ様々な軽減措置を受けられることである。しかし、後者に関しては私が調べたところシャープのような実質大企業(売上高3兆円弱、従業員5万人弱)で得られる措置は微々たる法人税軽減と外形標準課税の適用除外くらいなもので十億円程度の効果しかないのではないかと思われる。シャープは16年3月期も1000億円を超える赤字が見込まれるため、財務体質がこれ以上傷むのを恐れ苦肉の策を取るに至ったと思われるが、前者が主なる狙いであったと推測する。しかし、残念ながら市場はこの報道を嫌気して株価が26%も下がる事態となってしまった。結局、この件は5億円に減資するという顛末で幕を下ろしたが、一体「中小企業」という定義は何であろうかという疑問を湧き起こした。

中小企業基本法の定義では、製造業・卸売業・小売業・サービス業でそれぞれ異なる定義となるが、シャープのような製造業の場合は「資本金3億円以下または従業員300人以下」というのが「中小企業」の定義である。また、下請法上では親事業者と下請事業者との関係を資本金規模と取引内容で定義づけているので、端折って言えばシャープのような物品製造の会社の場合、資本金3億円超であれば、資本金3億円以下は下請事業者になる。つまり、シャープが資本金を1億円にすれば、資本金3億円超の会社はシャープにとっての親事業者になり、シャープに対して下請法を遵守する義務が生じてくるわけである。「資本金1億円シャープ」はそれでも資本金1000万円以下の企業を対象として下請法を遵守する立場が残る。

上述いずれの法律も、中小企業取引における公正化や中小企業の利益保護を狙って作られたものであるが、こうした盲点をついた奇策が横行しては本来の法律の目的を果たせなくなってしまう。この異例とも言えるシャープ減資の決定は、改めて「中小企業」の定義づけを見直すべきではないかという論議に火をつけたわけである(過去にもダイエーやカネボウ、セガなどの減資の例はあるが、中小企業の定義の話題には至らず。ちなみにJALは100%減資して株券が紙くずになったが、2年7か月後に再上場)。

仕事柄、多くの大企業や中小企業と接してきた。工場従事者、技術職、営業職、管理職、役員、経営者と様々な職種・職歴の人と商談や雑談をしてきた。中小企業はまさに経営者が全権を握り、良くも悪しくもエンジン役と操縦桿を握り、従業員は時に経営者に引きづられながら、時に進言し、時に愛想を尽かし、しかし力強く現実を前に突き進んでいく。大海でビジネスを行っていくことは大企業も中小企業も同じであるが、船が小さい分、中小企業は臨機応変に小回りを利かせて波を乗り越えていかなければならない。舵取りを間違えれば大波にのみ込まれ、従業員の家族もろとも海の底に沈んでしまうのだから、朝令暮改も致し方なかろう。一方、大企業は大型艦である。小回りを利かせた舵は切れない。走行安定性はあるが、状況判断や方向性を見誤ってしまうと座礁して身動きが取れなくなってしまう。最悪は浸水して艦もろとも沈没してしまう。

中小企業は経営者の個人能力に負うところ大である。創業者が会社を運営している間は起業精神に富み、創業の精神も日々創業者に接している社員全員に浸透している。二代目、三代目と経営が引き継がれていく過程で事業継続の困難さに直面する。大企業も最初から大企業であったわけではないが、創業者以降が中小企業から大企業に会社を成長させたのである。会社が大きくなると組織的な運営をしていかなければならない。組織図を書き、それぞれの部署の職務分掌を記し、その定着を図る。それぞれの部署で専門家が育ち持ち場をきちんと守る。そして時には部門間で軋轢が生じる。個別最適の部門目標同志がぶつかり始める。次にその部門間調整に上位の職責が設けられる。こうして官僚化が進み、従業員は外の顧客を観ずに、社内の上司を上目で窺うようになってしまう恐れが大である。

大企業の経営者が最も重要視し、注力し、腐心しなければならないのは、事業の方向性と風通しの良さである。前者は成長が見込めず利益も見込めない領域からの撤退、それも従業員の首切りをしないで済む段階と方法でシフトする。そして今後成長や利益を見込め、かつ自社の勝ち筋が見える分野への資金的・人的投資を行うことである。自分の世代には成果が出ないかもしれないが、その長期的視点を持ちうることが大企業の強みである。後者は、折角社内で育った専門家の能力を十分発揮させ、チームワークを醸成し攻めと守りのビジネス展開を図るための絶対必要条件である。

現在、東芝が不適切会計問題で揺れている。過去の決算にさかのぼって利益を減額修正しなければならない金額が1500億円超に拡大する可能性があるとの報道である。長期間に亘る工事案件で正しく経費を計上しなかったり、製造委託先に部品を一旦売り、見かけ利益が出たように操作したり、価値の目減りした在庫を評価損しなかったりといった疑いが生じている。経営陣が、各社内カンパニーや子会社に予算達成を強く求め、何が何でも予算を達成しなければならないといった企業風土が、ガバナンス機能を封鎖してしまった可能性が指摘されている。

中小企業の経営者は会社の実情を最も良く知る人物である半面、大企業の経営者は下から上がってくる数字で実情を把握しようとする。勿論、現場に足繁く通い、実情を探ろうとする努力は当然すべきであるが、会社の風通しが悪ければ、一時の訪問や一時の報告会で実情を知ることなど出来ないことは明らかである。