レジリエンスジャパン推進協議会

2015年6月6日 at 3:13 PM

産・学・官・民のオールジャパンで日本の国土強靭化を推進していこうという「一般社団法人レジリエンスジャパン推進協議会」の会合に出席した。国土強靭化のScopeは非常に広範囲に渡っており、インフラ・エネルギー・情報通信・金融・産業・コミュニティ・農林水産・教育・交通物流・保険医療介護福祉など国の全分野を網羅するほどの大きなものである。会の目的である「人命を守り、国家及び社会機能の致命的障害を受けず、被害を最小化し、迅速な復旧復興を可能にする」という理念からすれば、当然とも言えるScopeではあるが、却って活動の焦点がぼけてしまうのではないかとの懸念を私は持った。5月26日に行われた本会では、国土強靭化と地方創生に絞って各界のスピーカーが論壇に臨んだ。

話題のひとつは「東京一極集中からの脱皮」である。BCPの視点から企業の本社機能移転に触れていたが、公官庁機関が東京に集中している状況を放置して、企業だけ地方に行って産業を興してよという理論には無理がある。経済特区などの構想も進行しているが、その地域の強みや特徴に沿った支援策を打たねば、ただ優遇税制だけで動くほど企業は近視眼的ではない。第一次産業に企業経営マインドを注入していく規制緩和や支援施策を打てば、農業にせよ水産業にせよ林業にせよ活性化する可能性はまだまだあると思う。食住に関わる産業なだけに将来に渡って無くなることはない。六次産業的視点も加え、顧客への価値提供と産業に関わる人々の生活安定を両立することを可能にすべくベンチャーや大企業そして国地方公共団体の知恵出しが求められる。近畿大学のクロマグロ完全養殖成功はその典型であろうし、日本水産やマルハニチロなども後を追って参入し、大手スーパーでも売り出され始めた。まだ天然ものと同程度の価格で庶民の財布には優しくないが、総合商社も続々と参入してきているので、近い将来には気軽に食卓に並ぶ光景を期待したい。ウナギの完全養殖も5年前には成功し、2015年度の予算には6000万円増額の3億円強が計上された。3億円が商業化へ向けて十分な金額かどうか私は判断できないが、関係者の努力が早く実ることを一消費者として心より願っている。昔はウナギと言えば浜名湖が有名であったが、最新統計によると静岡は鹿児島・愛知・宮崎に次いで4位の位置に甘んじ、全国生産量の1割にも満たない存在となってしまった。国内のみならず海外へのビジネス展開を考えた時にブランドは重要な要素であるので、一度は確立された折角のブランドを消さぬよう(Innovationのみならず)Marketingの観点からも推進を図るべきである。林業も同様で、全国には「xx杉」など有名なブランドが存在しているので、その地域の特性を生かした効果的かつ効率的アプローチが望まれよう。

金融ビジネスやバックオフィスの仕事は場所や時間に縛られずに行える職種が少なくない。テレワークを充実させるなど、地方での就業とりわけ子育てなどで時間や場所に制約のある家庭女性を活用していくには必須の取り組みである。産学共同の取り組みは研究環境の整った地方大学からの発信により企業を巻き込むことが可能であろうし、健康年齢長期化実験都市などの構想も健康志向の年配者に移住のモチベーションを提供することになるかもしれない。

もうひとつの話題は、人口減少への対策であった。日本という国単位で人口の自然減は2011年から顕著に表れ始めている。地方に至っては市区町村の半分は消滅してしまうといった日本創生会議の発表もある。私が感ずるところ、人口減少に歯止めを掛けなければならないという主張の根本には年金制度の崩壊を食い止めようとする点に偏っているように思う。現在高齢者1人を2.6人の労働者人口で支えている。出生率がこのままで推移をすると50年後には一人で一人を支える肩車型になってしまう。これでは若者に閉塞感が蔓延し、日本の活力が失われてしまうという危機感に反論はないが、一方で世界を見渡せば、産業におけるAI化やロボット化によって今でも就業機会に恵まれない人々が増えて社会問題化している。仕事がしたいのに仕事に就けないというのは求人と求職のアンマッチによることもあるだろうが、長期的には人間の仕事をロボットや人工知能が取って代わるトレンドは更に進行するのは必至であろう。そうした環境変化のスピードと人間の環境順応性は前者の方が圧倒的に早い。順応性の高い世に言う成功者は少数で、その後方に多くの追随者、さらに多くの付いていけない後続者や停滞者がいるのである。人間にしかできない仕事を生み出せる創造性や、人間が優位なスキルを身に付けるには時間がかかる。明るい将来を想像できず子供を残さないと考える人達は果たして無視できるほどMinorな存在であろうか。

これまでの出生率から既に2030年の姿は1.7人で1人を支える姿になるのは決まっている。その先、好転させるには合計特殊出生率を2.07にしなければならいというのが政府の論調となっている。実は人口減少の主因は少子化というよりも、1941年に閣議決定された産めよ増やせよ政策から終戦後のベビーブームに至る団塊世代が死亡年齢に達しているためのもので、この先も不可避の傾向と考えるべきである。中国の一人っ子政策にしても国策での人口調整は後代の副作用は避けて通れない。東進ハイスクールで有名な永瀬氏は第3子以降に1000万円の支給を提言し、その後の教育は私どもにお任せくださいと持説を述べておられたが、これからの人口減少歯止め策の効果が現れるのは何十年も後のことである。その意味で年金制度は既に崩壊していると考えた方が現実的であり、健康年齢を延ばす、三世代家庭の復活、介護制度の充実など高齢者及びその周囲は自活の方向性に覚悟を持っていかなければならない。

そもそも合計特殊出生率とは15歳から49歳までの出産可能と思われる世代女性が一生に何人の子を産むかという数字で、2014年の数字は1.42と先日発表されました。既婚女性だけでみると1970年代から2.0台を維持しているという記事もありますが、公式な数字はありません。分母は既婚女性だけで未婚の母が入っていないのに、分子には出生児全て入っているという指摘もあり正確にはわかりません。出産費用を還付するとか、子育て家庭への税負担軽減、三世代家族への支援策や地域共同体再生などは一定の効果はあるでしょう。いずれにせよ未婚既婚どちらにせよ産みたい人が産める環境整備や、女性の社会進出と男性の家事分担のバランス、未婚の母や母子家庭への社会の偏見や容認度が不十分であると思われるので、そこに社会の成熟度を牽引する施策や意識向上のための国民的議論が中心となるべきでしょう。金銭的な支援だけでなく、子育ての不安とストレスを軽減するコミュニティやネットワーク構築にも支援の手が差し伸べられるべきです。フランスは2006年に出生率を2.0に回復した国ですが、ドイツは同様な施策を行っているにもかかわらず効果はあまり出ていません。結婚する必要がない、子供はいらないという考え方が浸透してしまうと策を施してもなかなか効果が出なくなってしまうようです。人口維持を目的にするのではなく、子供が欲しいと思っているにもかかわらず、踏み切れない人々を勇気づけ背中を押す施策や多方面からの支援を講じることで結果として人口減少に歯止めが掛かるという順序が本筋でしょう。子供を持つ持たないは個人の選択ですし、国家の為に国民がいるのではありません。憲法は前文で国民が主権者であることを明確に宣言しています。