第六回早稲田会議(日立川村改革の2000日)

2015年5月13日 at 11:38 AM

早稲田大学国際会議場 井深大記念ホールで、日立製作所前会長の川村隆氏の話を伺った。ちょうど日経新聞の私の履歴書で掲載されている川村氏は、日立が2009年に7873億円の最終赤字を計上し、子会社から呼び戻されて経営の舵取りを任されたのが69歳であった。日立は100年は当時輸入に頼っていた鉱山用掘削機を国産化したことが事業の始まりで、ベンチャー企業であったという。掘削機用のモーターや発電所、運搬用の鉄道を自力で開発し、今10兆円の大企業に成長している。しかし、同業他社と同様にバブル崩壊後の1990年頃から低迷が続き、その低迷は20年にも及んだ。川村氏によれば、その間3回立て直しのチャレンジをしたが、成功しなかったと言う。3兆円あった内部留保は1兆円に減り、今度失敗したら倒産するという危機感があったと言う。

日立が見事に事業転換を果たし、経常利益率10%を現実の目標とし得た今の姿は、①改革の意欲(尋常ならざる危機感 会社には10%ほどしかいない人材)、②外部からの視点を持った人(全く外部では困る、内部事情も知った子会社経験者~川村氏は3人の副社長を子会社から召還した)、③1年間は自身と副社長5人だけで意思決定を行った(川村氏は会長兼社長で最終決断)、によってできたものだと述べた。特に③に関しては32人いた取締役はそれぞれの事業責任を持っており、事業を守ろうとする意識が強い。仲良し共同体の意識が強かった、それが改革の足かせになっていた。今となってはなぜ景気の良い平時に改革が出来なかったのか、自身の副社長時代の反省(社長になって、副社長との違いがあまりにも大きいことを痛感。若い有望人材には小さくても早くから子会社の経験を積ませるべき。従業員に給料がきちんと払えるか、納期遅れで顧客への謝罪をする等の経験を通じて会社の全体像を知る)を込めて話をしていたが、やはり常人では好事の慢心からは逃れられない。川村氏の著書「ザ・ラストマン」にあるように「自分の後ろにはもう誰もいない」という不退転の覚悟で、海外のリストラは1年で、人事労務問題のある国内は4年掛かってやり抜いたそうである。

川村氏は「稼ぐ力」を強調した。稼ぐ力がなければ沈滞していく。日本の中にも「そこそこでいい」とする人がかなりいるようであるが、それでは日本は確実に沈滞していくと。付加価値のバロメーターが利益である。企業としては利益は大事であるが、売上高も大事。売上高は雇用を守る。経常利益率・年成長率・ROEは10%目標。でなければGlobal Competitionでは勝てない。25年前にGEやシーメンス、IBMが行ったPortfolioの転換を日立はやっと緒についたという意味においてはまだCatch Up Modeと言えるかもしれないが、多くの同業が苦境から脱していないことを考えると偉業である。しかし、一方で3Mを訪問した際の開発者との立ち話で、自分の開発した技術が売り上げでどう貢献し、利益でどれだけ貢献しているかを常日頃から認識していることに対して、日立はまだまだそこまでいっていないと語っていた。

川村氏は1時間の講演の中で、「資材調達」という言葉を何度も口にした。これからは得意分野を研ぎ澄まし、ビジネスのオリンピックに出られるように勉強しなければならない。財務でも資材調達でもと、事例を出すたびに「資材調達」という職務に触れた。私は経営者の話を沢山聞いているが、これほど「資材調達」という単語を講演の中で多用した経営者を私は知らない。経営立て直しにおいて、固定費削減・資材費低減は必須であり、それは日立も御多分にもれずということであろうが、トップと資材調達の関係性の強さを想起させる。全世界の従業員をLocal・National・Globalに分けて、職務階級もランク付けした。「資材調達で言えば、1級、2級、3級と付けられている」と事例でそう触れた。そして日本の生産性の低さ、長時間労働に触れて、外国人を管理職に登用することで、これまでのワークスタイルを変えていきたいとも語った。

川村氏は中東でのビジネス体験談として、顧客から「日本人は仕事をきちんとする。仕事が終わった後に掃除をする。掃除が終わったら掃除道具をきちんと片づける」、その精神は契約内容を忠実に守ろうとする意識、その結果として納期を守ることができる、信頼性の高いものができる、という顧客からの信頼感を得ることができ、それらが受注につながったと語った。ビジネスを行う上で、誠実さこそ最大の宝であろうと思う。日本人にはその意識が高い。

経営者が時流を押さえ、成長分野に舵を切り、売上と利益を上げて雇用を守る。従業員が小集団活動よろしくアイデアを出し合い、誠実に働くことで会社貢献する。その両輪が機能することで、ひいては社会貢献につながり、それは関係ステークホルダーが皆、胸を張って自分の仕事や関わりを誇れるPositive Spiraleを生む。

川村氏がNagativeに捉えた「共同体」は傷をなめ合う仲間ではなく、お互いに切磋琢磨する関係であるべきである。であれば、決して否定されるべきものではなく、日本企業の強さの根本にすべきものであろうと私は思う。

 

Concurrent Management

2015年5月6日 at 11:15 AM

Concurrent~という言葉はいくつもあるが、製造業に携わっている人であれば、真っ先に思い浮かぶのがConcurrent Engineering(CE)であろう。CEの始まりは1982年にDARPA(Defense Advanced Research Projects Agency/アメリカ国防高等研究計画局)が設計プロセスを向上させる研究をしたことが始まりとされている。開発の初期段階から設計・調達・生産技術・製造・品質管理さらにサプライヤーが参加して最適設計を実現しようという試みである。期待される効果は、リソースの有効活用であり、開発期間の短縮、原価低減などである。CEを日本語に無理に訳せば「同時進行技術活動」となろうか。まれに並列的(parallelly)と解説しているものもあるが、間違いである。ConcurrentもParallelも共に同時進行という意味合いはあるが、parallelではそれぞれが距離を保って交わらない活動になってしまう。これではCEの本質的意味を解していないことになる。

1990年代にはBPR(Business Process Re-engineering)という言葉が世界に広まった。企業活動における組織や業務の流れ・ビジネスルールを見直し、最適化に向けた再設計をしようという試みである。CEにしてもBPRにしても行き過ぎた業務の細分化による部分最適志向の弊害への反省から生まれている。日銭を稼ぐ商売から産業革命を経て工業化時代になると、製造と販売がまず重要になり、分離した。さらに製造から設計が独立し、そこから開発が独立し、生産技術も独立していった経緯がある。調達も品質管理も歴史的には製造から独立した組織である。しかし、大きな組織になり全体の把握が社長でも難しくなってくると、それぞれの組織が自己目的化してしまい、企業の目標や事業の目的とは離れたところで自己の存在意義を正当化することを始めてしまった。それでも企業が成長している間は問題が表面化してくることはなかったが、グローバル競争時代になって顕在化した業界が少なくないであろう。

斯様に個別最適から全体最適へという志向は少なくとも学術的には30年以上もの進展を遂げているが、企業の現場ではまだまだ個別最適の呪縛から解き放たれているとは言い難い状況が続いている。その理由を考えてみると、ひとつは需要>供給ビジネスの発想から抜け出せていない事が挙げられる。業種によってはグローバルでみても需要>供給が継続している分野があろう。ここでは供給者は皆当面生き残れる。強弱はあるであろうが、弱者でもセグメントや地域を絞って存在できる可能性が残っている。しかし、参入障壁が外れ、技術の優位性が崩れ、多くの新規参入企業が現われ、ひとたび需要<供給になった場合には、弱者はひとたまりもない。経済のグローバル化は一方で新興国の需要増というビジネス機会があるものの、何らかの強みがなければ、国境や地域のボーダーを軽々超えて強豪が迫ってくる。需要<供給の状態になったら、圧倒的な量的スケールで市場を制圧コントロールするか、質的変化を遂げて商品やサービスの差別化を図る以外に生き残れない。前者であっても常にカルテルの法制限があって、一企業の思惑通りにはいかない。

歴史を持つ全ての企業は必ず発言力の大きい部署がある。これまで企業を牽引してきた実績と自負を持つ部署である。その企業の強みと言ってよいだろう。しかし、市場が大きく変わると強みが弱みに変わってしまうことも多くの歴史が証明している。どのような組織も一旦、目標が定まると手段が目的化してしまう危険性を孕んでいる。成功体験があればなおのことである。技術革新によって日本経済を支えてきたエンジニアには、自ら何でもやるべきであるという考え方が一部に残っているようである。しかし、エンジニアがやるべき付加価値創造に時間を費やすことができなければ本末転倒である。グローバルに展開しなければならないビジネスは複雑化しており、専門家が連携しながら同時進行形で知恵を出し合い進めていかなければ、質的にも時間的にも競合に出し抜かれてしまう。その結果、企画の練り直しを繰り返し、リソースと資金と時間を無駄に費やし、最悪上市するチャンスを逃してしまう。

Concurrent Management(CM)という言葉は耳慣れている感もあるし、新鮮な感じもする。これに関連する著作を調べてみたところ20年近く前に数冊発刊されていることを知った。その後、その概念は広まることはなかったが、CEのような製品開発における最適化をさらに広げ、その対象を経営全体の最適化、さらにはステークホルダー全てを含めた全体最適を実現しようとする経営手法である。社内的には特にCE活動にMarketingを加え、①どんな製品を(商品企画開発)、②どのような方法で(製造プラン OEM/ODM)、③どのような顧客へ知らしめるかのアプローチや売り方(販売・マーケティング)、④どのような方法で顧客のもとに届けるか(物流・流通・販売)、⑤そして成功の評価(売り上げ、利益、市場シェア)の視点で全社一丸となって取り組むものである。今この概念を古い棚から引っ張り出してきたのは、昨今のICTの発展で各部署の見える化が数十年前に比べて格段に容易になっていると考えるからである。各部署の事実の見える化で、顧客にとって無価値・無意味な社内論争に時間を費やすことを排除できるのではないだろうか。なぜなら共通の事実に基づいて判断できるようになるからである。社内に勝ち負けなどない。あるべきなのは顧客志向のみである。

最近、多くの企業がCommunicationの問題を課題として挙げている。Communicationの問題がない企業はないといっても言い過ぎではないであろう。Communicationの問題の底流には企業文化の影響が必ずある。個人の自主性や創造性を尊重し、生き生きと活躍できる仕組みや組織運営といった風土が言葉だけでなく、実際に現場で根付いているか。トヨタ生産方式にしても、GEのSix Sigmaにしてもひとつのツールを長年かけてしっかり根付かせることで全社の共通基盤を強化し、部署間のCommunicationが図られる風土を作っている。そこには他の企業が形だけ真似ても継続的には成果が出せない企業文化の存在がある。形式やスローガンだけ他から持ってきても、高圧的な会議や、失敗や非難を恐れる会議が続いているようであれば、良いアイデアが出るはずもない。