観光立国日本へ(その2)

2013年8月6日 at 4:39 PM

お気に入りのTV番組のひとつにテレビ東京の「YOUは何しに日本へ?」というのがあります。日本の国際空港に居合わせた外国人に問いかけて、気になる返答をした人(番組内では性別・年齢問わず名前ではなく『YOU』と呼称)に密着取材をさせてもらうといった企画の番組です。最近は外国人がいないであろう日本の田舎にも行って、住んでいる外国人を探し出して「Why are you here?」とインタビュー行う企画もあります。

私がこの番組を好きな理由は多くの外国人に日本を好きになってもらいたいし、好きと言ってくれる外国人の人は日本のどんなところが好きなんだろうということを理解したいからです。多くの外国人が日本を好きで、住んでくれて、あるいは文化に興味を持ってくれて、旅行に来てくれて、また来たいと言ってくれて、普通の日本人以上に奥深いところまで勉強してくれていて、時にこちらの不勉強を思い知らされたりするのが楽しみです。

サラリーマン時代には他者を寄せ付けない「忙し顔」をしていたからか、あまり街中で外国人の人に話し掛けられることはなかったのですが、今はFreelanceで余裕を持って歩いているせいか、先日は御成門駅で声を掛けられました。英語ではありましたが、カタコトでしたので、英語を母国語とする方達ではないのでしょう。見た感じとアクセントから多分スペイン語系でしょうか。可愛い娘さんと夫婦ふたりの3人家族で日本に旅行に来たようです。私のImageでは彼らの質問に流暢に答えて、じゃあEnjoy in Japan!と笑顔で別れ、日本にさらに良い印象を持ってもらった満足感に浸って家路につくつもりでいました。

質問は至って簡単で「銀座に行きたい」ということでした。ところがこれが結構難題でした。今や皆SuicaやPasmoを使っているので、切符を買うことはありません。でも彼らは切符を買わなければなりません。そして御成門から銀座に行く最短ルートは都営三田線で西高島平方面に向かって日比谷に行って、そこで営団地下鉄日比谷線に乗り換えて北千住方面に向かって銀座で降りるということです(そもそも地理感覚と地名を知らないと日本人でも口で言われて一回ですんなり頭に入っては来ないですよね)。これもスマホで調べればすぐ出てくるのですが、切符を買わなきゃという意識が強く働きすぎて、券売機の上のスパゲッティのような路線図を指さして260円掛かるよと言うのが関の山。待てよ、都営と営団は別料金だっけ??券売機で乗り換え駅を間違えて押すとまずいぞ、その券売機の画面は彼らが悪戦苦闘したのを物語るかのように英語表示になっていて、駅名表示は見にくいことこの上なし。。。。

時間が掛かっている言い訳を英語で呟きながら四苦八苦していると、父は「銀座はTaxiでいくとどれくらい?」、あまり違っても迷惑になるだろうからと色々考えていると「大体でいいから」と督促される始末、「1500円くらいなかあ」と当てずっぽうで答える。じゃあタクシーで行こうと家族同士で納得し合ったらしく、目の前から消えていきました。今、Taxiサイトで調べたら980円と出ました。結論から言えば、Taxiで行くのが料金的にも時間的にも正解だったと思うのですが、自分のImageと全くかけ離れた情けない状況になってしまい、打ちひしがれてしまいました。

もっと外国人観光客に優しい鉄道にしましょうよ!とJR私鉄各社に呼びかけたいです。券売機で行きたい駅名がアルファベット順に並んでいて簡単に切符が買えて、切符には乗り換え案内が外国語表記されるとか。今は3人の家族が日本を思う存分楽しんで、良い思い出を作って帰国して欲しいと願うのみです。

Hiroshima Girls

2013年8月6日 at 3:47 PM

被爆地・広島は今日、68回目の原爆忌を迎えました。恥ずかしながら昨夕のTVで私は初めて「Hiroshima Girls」なる存在を知りました。1945年8月6日8時15分、広島に原爆が投下され顔や首や腕にケロイドや身体障害を負った少女25人が、その10年後の1955(昭和30)年5月5日、山口県の米軍岩国基地から、一機の輸送機に乗ってニューヨークへ飛び立ちました。これは米国人ジャーナリストであるノーマン・カズンズ氏らの呼びかけで彼女らに米国で最先端の医療を受けてもらう為に実現したものでした。

TVで紹介されていた笹森恵子(しげこ)さんはその一人で、皮膚移植など回復手術を何十回と受けられたそうですが、首や唇にはその痛々しい痕が残っています。笹森さんは後年ノーマン・カズンズ氏の申し出を受けて養女になる決断をし、米国で教育を受け、お子さんも授かり、看護師の仕事の傍ら、世界各地で英語による被爆体験証言活動を続け、命の大切さや平和を伝える活動に取り組んでいるそうです。

25名のHiroshima Girlsは皆さん高齢になられて既に亡くなった方も少なくないと聞いていますが、突然の想像を絶する被爆という不幸に見舞われ、一方で原爆投下した当事国アメリカのジャーナリストに手を差し伸べられて、その自らの人生を生き抜いて来られたという数奇な事実に複雑な思いが過ります。今年になって日本へ帰国されたと聞いています。

同じ過ちを繰り返してはならない事は言うまでもありませんが、人間が過ちを犯すことも逃れようのない歴史の事実です。過ちそれ自体も加害者と被害者の立場によって不可避であった、いや回避できたと意見が異なる場合もあるでしょう。過ちを劣化させることなく伝えていくこと、そして少しでも過ちと感じたならば、その罪をどういう形で償うのか、そしてそれぞれの運命と向き合い、最後には人の過ちを許せるか。

「罪を憎んで人を憎まず」という言葉は孔子の記した『孔叢子』刑論の「古之聴訟者、悪其意、不悪其人」から来ていますが、キリストの教えである聖書(ヨハネ福音書8章)にも「Hate not the person but the vice」とあります。時間は掛かることでしょうが、解かり合う道は決して暗黒ではないと信じます。

話はちょっと飛びますが、高倉健が擦り切れるほど読み込んだと言われる座右の書「男としての人生――山本周五郎のヒーローたち」(木村久邇典著、グラフ社)の中に
『ゆるすということはむずかしいが、もしゆるすとなったら
ーここまではゆるすがここから先はゆるせないということがあれば
それは初めからゆるしてはいないのだ』という一節があるそうです。